第47話

 映画館に行って上映時間を確認してみる。


 上映タイトルはアニメ映画とロマンスもの、ハリウッドアクションか。


 どれも一時間くらい待ち時間がある。


「うーん、どれを見ようか」


朝陽あさひの見たいものでいいよ」


 マスター、それは丸投げというのでは?


 アニメ映画は……内容知らないし。ムードが無い。


 ロマンスものは、さすがにまだ早い気がする。


 ハリウッドアクションは……これもムードがないなぁ。


 私が頭を悩ませていると、桜ちゃんがため息をついた。


「あのねー? デートなんでしょ? 素直にロマンスものでいいじゃん。

 これ別に過激な奴じゃないし、大丈夫だよ。子供でも見れる奴」


 お子様扱いされた……。


 マスターが私に優しい声で尋ねる。


「じゃあ、これでいい? いいならチケット買ってくるよ」


「……うん、それでいい」


 マスターはロマンスもの映画のチケットを三人分買った。


 そのまま「カフェに行こうか」と、私の手を引いて歩きだした。





****


 カフェで紅茶を飲みながら、マスターに尋ねる。


「なんでお母さんの化粧品ブランドを知ってたの?」


 マスターがニコリと微笑んだ。


「神様だからね。ちょっと頑張れば、このくらいはわかるよ」


「頑張っちゃったんだ……」


 それって、『無理に力を使った』って言わない?


 私は小さくため息をついた。


「そこまでしなくても良かったのに」


朝陽あさひが心を込めるプレゼントだから、手伝いたかったんだ」


 マスターは嬉しそうにコーヒーを口にしていた。


 桜ちゃんはメロンソーダを飲みながら唇を尖らせる。


「まったくさー、辰巳たつみは人が良すぎるんだよ。

 そんなことだから、そんなに弱くなっちゃうんじゃない?」


 ――え?


「桜ちゃん、それってどういうこと?」


 マスターが鋭く告げる。


「桜、やめないか。

 これは俺が好きでやってることで、朝陽あさひは関係ない」


 私はそれでも桜ちゃんに尋ねる。


「ねぇ、桜ちゃん! 教えて?」


 桜ちゃんが私を見てニンマリと微笑んだ。


辰巳たつみの『ストップ』が入ったから、教えてあげな~い」


 こんの~?! 子憎たらしいなぁ?!


 ふと、昼間の視線を思い出して辺りを見回してみた。


 今は……視線を感じないな。


 桜ちゃんが私に尋ねる。


「どうしたの? かっこいい男でも見つけた?」


「――そんなわけないでしょ!

 なんでもない、気にしないで」


 桜ちゃんがまたニンマリと笑った。


「大丈夫だよ、僕がそばにいれば守ってあげるから」


「え? それってどういう――」


 マスターが急に立ち上がって告げる。


「そろそろ時間だよ。行こうか朝陽あさひ


「――え? あ、はい」


 桜ちゃんがマスターの腕に飛びつき、反対側の手を私とつなぎながら、私たちはカフェをあとにした。





****


 映画館はまぁまぁの客入りで、席は自由に選べるみたいだった。


 桜ちゃんがマスターの腕を引っ張って先に進む。


「映画館は中央中段が一番いいんだよ!」


「え、一番前じゃないの?」


 私の声に、桜ちゃんがプスーと笑った。


「一番前は一番見づらいんだよ?

 舞台あいさつでもなきゃ、普通は選ばないよ」


 ほんっと子憎たらしい?!


 中央中段に三人で並ぶと、桜ちゃんが立ち上がった。


「ポップコーンと飲み物買ってくるね」


 トントンと軽快な足取りで階段を上っていく桜ちゃんを見送り、私は前を向いた。


 ――二人きり! いや、他のお客さんはいるけど!


 椅子の肘置きに乗せた左手の上に、マスターの手が重なる。


 ……手汗が! 待って手汗拭かせて?!


 もちろんそんなことを言える訳もなく、私は汗をかきながらうつむいて待っていた。


 マスターが私に告げる。


「ネックレス、つけて来てくれたんだね」


 私は右手で、ブラウスの下に隠してあるネックスレスを触った。


「だって……デート、だし」


「良かった、その気持ちが嬉しいよ」


 マスターの顔が見れなくて、うつむいて桜ちゃんが戻ってくるのを待った。



 桜ちゃんは戻ってくると、私にポップコーンとコーラを押し付けて告げる。


「はい、これ。両手が塞がってれば、手なんてつなげないでしょ」


 う、そうきたか?!


 私はドリンクホルダーにコーラを置いて、ポリポリとポップコーンをつまみ始めた。


 桜ちゃんがクスリと笑う。


「あー、やっぱり朝陽あさひは『色気より食い気』かー。

 そういう顔してるもんねー」


「どういう顔?!」


「なんでもなーい」


 とことん子憎たらしい!


 マスターが微笑みながら、自分のポップコーンをつまんでいた。


「別にいいじゃないか、上映までもうちょっとだし」


 私はマスターと、仲良く並んでポップコーンをつまんでいた。


 桜ちゃんはマスターのポップコーンに手をのばし、パクパクと頬張っていた。


 ……桜ちゃんだって食べてるじゃん!


 館内アナウンスが鳴り響き、場内が暗くなっていった。


 私はポップコーンをかじりながら、スクリーンに映し出される映像を見つめた。





****


 この映画は純愛ものらしい。


 喫茶店で知り合った男女が、少しずつ距離を縮めていく。


 二人がお互いの気持ちを打ち明けあおうと心に決めた頃、女性の親が縁談を持ち込んでくる。


 親の都合で引き裂かれた二人は、『それでも二人で居たい』と駆け落ちをしていく。


 見知らぬ街で喫茶店を始めた二人の男女は、そのまま仲睦まじく老後を送る。


 最後は女性が今わの際に『幸せだった』と告げて息を引き取る。


 男性は女性の思い出を胸に、喫茶店を営み続けた。



 なんだか、『マスターと私』の未来を見せられてる気分だった。


 神様のマスターより、間違いなく私が先に死んでしまう。


 一緒にいたくても私は人間。そこは変えられない。


 私も最後は、映画の中の女性みたいに息を引き取るのかな。


朝陽あさひ、どうしたの?」


 マスターの声でハッと我に返る。


「――ううん、なんでもない」


 マスターが腕時計を確認した。


「短い映画だったし、ご飯を食べる時間はあるよ。

 どこか行きたいところある?」


「ん~~~~、じゃあファミレス行こうか!」


 桜ちゃんがクスリと笑った。


「なんだ、ムードぶち壊しじゃん。

 そこはレストランでいいんじゃない?」


「いーの! 学生服でレストランなんて、浮いちゃうでしょ!」


 マスターが私の手を握って告げる。


「はいはい、それじゃあ行くよ朝陽あさひ


 私たちはシートの隙間を抜けて、映画館をあとにした。





****


 チーズの入ったハンバーグをもっぐもっぐと口に入れる。


 そんな私を桜ちゃんがあきれた顔で見てきた。


「デートでそんなに食べる女子、初めて見たかも」


「お腹がすくんだから、しょーがないじゃん。

 ――あ、チキンドリアも頼んでいい?」


 マスターが笑顔で店員さんを呼び、チキンドリアを注文した。


 桜ちゃんはメロンソーダを飲みながら、まだマスターの腕に張り付いている。


 私は思わずつぶやく。


「いつまでくっついてるんだろ」


 桜ちゃんがニンマリと微笑む。


「そりゃあ朝陽あさひが帰るまで、ずっとだよ」


「え? 何か意味があるの?」


「ないしょ~。

 知りたかったら辰巳たつみに聞いてみたら?」


 私はマスターを見て尋ねる。


「ねぇ、どういう意味があるの?」


朝陽あさひは気にしないで。

 ――あ、ほら。チキンドリアが来たよ」


 店員さんが私の前にチキンドリアを置いて去っていく。


 その背中を確認してから、もう一度マスターに尋ねる。


「はぐらかさないで。

 何かが起きてるんでしょ?

 私が感じる視線と、何か関係があるの?」


 マスターは困ったような笑みを浮かべて応える。


「今日は知らなくても大丈夫。

 必要になったら教えるから。

 ――それより、今日の感想はどうだった?」


 私はむー、と唇を尖らせた。


「桜ちゃんがお邪魔虫!」


 桜ちゃんが楽しそうに笑った。


「あはは! だって邪魔しに来てるんだもん」


 どこまで子憎たらしいの?!



 私は食事を終えると、紅茶で一息ついた。


 スマホをタップして、お母さんに『そろそろ帰るね』とメッセージを送る。


「――ふぅ。初デートだけど、あんまりデートらしくならなかったな」


 マスターが私の頭を優しく撫でて告げる。


「ごめんね。こんど休日に店を閉めて、どこか遊びに行こうか」


「私はお店もお客さんも好きだから、そういうのは嫌です!

 いいじゃないですか、また水曜日にデートすれば」


 マスターが寂し気に微笑んだ。


「そうだね……うん、そのとおりだ。

 ――そろそろ帰ろうか」


「はーい」



 ファミレスを出た私はマスターに見送られ、笑顔で改札を通った。





****


 朝陽あさひが改札の奥に消えたあと、辰巳たつみが告げる。


「首尾はどうだ」


 桜がニンマリと笑った。


「万事上々だよ。

 今あの女は、北関東で『幻』を追いかけてさまよってる。

 そろそろ気づくかもだけどね」


「今日は助かった、礼を言う」


 桜は辰巳たつみの腕に頬ずりをしながら応える。


辰巳たつみのお願いなら、いくらでも聞くよー」


 小さく息をついた辰巳たつみは、遠くを見るように空を眺めた。


「面倒な女だな、あれは」


 駅に背中を向けた辰巳たつみは、桜を連れてその場を離れていった。

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