第40話
お母さんたち保護者組は私たちの後ろを歩き、孝弘さんが先導してくれた。
私の左右は、言うまでもなくマスターと秀一さんだ。
その左右を
どうやら二人とも、秀一さんにはすっかり慣れたみたい。
熱帯魚に囲まれた空間をのんびり歩きながら、ふと思い出した。
「――あ、秀一さんって『私に触れない』って言わなかった?!」
なんで朝、抱き着けたの?!
秀一さんがニヤリと笑った。
「俺は『なるだけ触れない』と言ったんだ。
だから約束は破っちゃいない」
「ずるいよそれ?! 約束の意味がないじゃん!」
孝弘さんが振り返って私に告げる。
「
「――あっと、ごめんなさい」
なんでここで、私が謝らなきゃいけない訳?!
私がむくれていると、マスターが私の頭を優しく撫でてきた。
「気にしないで
悪いのはすべて秀一だから」
うむ、くるしゅうない。
火照る顔を隠しながら歩いていると、私の左手を秀一さんが掴んだ。
「下を向いてると転ぶぞ?
俺がエスコートしてやろう」
「余計なお世話だから!
手を放して!」
「
「~~~~っ?! とにかく、手を放してよ」
「そうだな、水族館を出たら放してやろう」
「なにそれ?!」
今度は私の右手が誰かに掴まれた――マスター?!
マスターが私にニコリと微笑む。
「秀一のように荒っぽい男じゃ、逆に転んでしまうよ。
「マスター、急にどうしたの?!」
「なんでもないよ、
両手を背の高い男性に握られた私は、さながら『捕獲された宇宙人』の気分だった。
両隣の二人は水槽に近づくと、張り切ったように魚の解説をしてくれる。
……ああそうか、二人とも『竜神』で『水の神様』だからか。
水族館なんて、ホームグラウンドみたいなもんなんだな。
私は手を放してくれない二人に振り回されながら水族館を回っていった。
「今回の
「いくらゴールデンウィークだからって、ご褒美があり過ぎるよね」
代われるものなら、代わって欲しいんだけど……。
結局マスターと秀一さんは、水族館を出るまでを放してくれなかった。
****
ようやく手を放してくれた秀一さんが、私に告げる。
「ちょっと用事を思い出した。
俺はここで一度別れることにする」
私は思わず声を上げる。
「ほんとに?!」
秀一さんがニヤリと笑った。
「そう嬉しそうな声を出すな。
思わず丸飲みしたくなるだろう?」
ぞわっと背筋を寒気が走り、あわててマスターの背中に隠れた。
秀一さんが楽し気な笑い声をあげる。
「ハハハ! じゃあまた会おう!
あとは二人で楽しんでおけ」
そう言い残し、秀一さんは霞のように消えてしまった。
「……こういうの見ると、本当に神様だったんだなって思うね」
「それでマスター、いつまで
ハッとしたマスターが、あわてて私の手を放した。
「ご、ごめん
つい秀一に対抗してしまって……」
「いや、大丈夫。わかってるから、ホント」
孝弘さんがつまらなそうに告げる。
「
「そういうこと言わないで!」
私は火照った顔を持て余しながら、孝弘さんに噛みついていた。
****
その後は美術館を回り、女子三人で平和な時間を過ごした。
「はぁ~~~。ようやく落ち着けたよ」
「なにがよ。あれだけのボーナスタイムを満喫しておいて」
「マスターの残り香、ついてないかなー!」
「残ってるわけないでしょ?!」
孝弘さんが後ろから笑いかけてくる。
「ハハハ! トラブルメーカーがようやく帰ったな!」
ちらっとマスターを盗み見ると、どうやらいつもの穏やかな微笑みを浮かべてるらしい。
すっかりいつものペースを取り戻したみたいだ。
「もしかして、秀一さんってマスターの天敵?」
マスターが困ったように微笑んだ。
「そうかもしれないね。
あいつといると、どうしても振り回される。
それで昔は喧嘩が絶えなかったんだ。
だから僕は
なるほど、知られざる竜神の歴史……っ!
美術館を見終わると、浜崎のお爺さんがみんなに告げる。
「一度喫茶店で休憩したあと、ホテルに移動する。
今夜はそこの展望レストランで夕食を取ろう」
私たちはうなずくと、リムジンに乗りこんで喫茶店に向かった。
****
夜の展望レストランでは、『ここでくらい家族で食事をしよう』ということになった。
四つのテーブルに四家族が散らばる。
フレンチのレストランらしく、コース料理が運ばれてきては、店員さんが食べ方を教えてくれた。
お母さんがふぅ、とため息をつく。
「信じられないわね、この旅行が無料だなんて」
「あはは……私もちょっと信じられないかも」
お母さんがワインを一口飲んでから、私の目を見て告げる。
「ねぇ
「ん? なにを?」
「……
私は思わず飲んでいたオレンジジュースを吹きだしかけて、盛大にむせていた。
「ゲホッ! ――何を突然言い出すの?!」
「だって……水族館では仲良く二人で手をつないでたじゃない?」
――そうか、お母さんたちは秀一さんを認識できないんだっけ?!
実際には『囚われた宇宙人』だけど、お母さんたちから見ると……ただのカップルっ!
私は頭から蒸気が出るほどのぼせながら、言葉を必死に探す。
「えっとその、あれは暗かったから!」
「……足元、きちんと照らされてたわよ?」
ぐっ、他の言い訳! 何か、何かないかなぁ?!
お母さんがため息をついた。
「私は別に、『付き合うな』とは言わないけど。
でもあなたは高校生なんだから、きちんと節度あるお付き合いをしなさいよ?」
「ご、誤解だってばー!」
お母さんがまた、ため息をついた。
「……
――まさかそれって?!
お母さんがスマホに映して見せてくれたのは、酔ったマスターに抱き着かれた私だった。
私が絶句していると、お母さんがスマホをしまって私に告げる。
「
だけど、こういうことはよくないと思うの」
「はい……」
私はそれ以上何も言えず、押し黙ってしまった。
「あとで
「はい……」
そのあと、私はもそもそとフレンチのメニューを口に運んだ。
……そうか、
隠しきれなかったのか。
味がしない夕食を終えた私たちは、リムジンに乗ってコテージに戻っていった。
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