第2話
いつもの通学路を通って学校に付き、友達の
「イケメンなの?! 年上のイケメン?!」
私は気圧されながら応える。
「あー、たぶんそうなんじゃないかなーと……」
「一人で楽しもうってのは良くないわ。
それに、一人きりだと危ないかもしれないのでしょう?
今日は私たちも一緒に行ってあげるわよ」
それ、単に『マスターを見に行きたい』ってだけだよね……。
「わかった、じゃあ
でも仕事の邪魔はしないでよね!」
「それはしないけど、紅茶一杯でどれくらい居ていいのかしら」
「お小遣いの中じゃ、一杯飲むのが限界ね」
「あはは……無理はしなくてもいいよ。
それにもしかしたら、お願いすれば長居させてくれるかもしれないし」
お客さんが居なければ、たぶん迷惑にはならない……と、思う。
「決まりね!
じゃあ放課後、一緒にそのお店に行きましょう!」
「はいはい――あ、ほら! 先生来たよ!」
****
女子三人で『カフェ・ド・ビジュー・セレニテ』の扉をくぐる。
「あら、素敵な喫茶店じゃない」
「でも、こんなところに喫茶店なんてあったのね。
商店街から離れてる住宅街よ?」
カウンターにはマスターが居て、私たちに笑顔を向けてきた。
「いらっしゃい、
一緒に居るのは友達かな?」
私も笑顔でマスターに応える。
「はい、そうです!
『心配だから』って、今日は一緒に来てくれました!」
背後の二人が、マスターの顔を見て息を飲んだのがわかった。
「やだ……どこの芸能人?」
「話に聞いていた以上ね……」
マスターがニコリと微笑んで告げる。
「友達は好きな席に座っていて。
店員用の制服に着替えてもらいたいんだ」
「あ、はい! わかりました!
――じゃあ
私はマスターの手招きに応じて、カウンター奥の扉に向かった。
****
「ここがスタッフルームだよ」
マスターに案内されたのは、ソファとテーブル、ロッカーに事務机が置いてある部屋だった。
事務机に上には書類が積み重なっていて、なんだか崩れそうだ。
トイレと流し台、電子レンジに電子ポット、それにいくつかの扉がある。
マスターがロッカーのひとつを指さして告げる。
「そこのロッカーを使って。
中に店員用のシャツとスカート、それにエプロンが入れてあるから。
シャツやスカートは学校制服のままでもいいけど、エプロンだけはしておいてね」
「はい、わかりました……あっちの扉はなんなんですか?」
「あれがストックルームで、あれが従業員用のトイレ。
もう一つは勝手口だよ。
勝手口は施錠してあるから、緊急時以外は使わないで。
――じゃあ僕は、カウンターに戻ってるから」
「はい!」
マスターがスタッフルームから出ていくのを確認してから、ロッカーの扉を開けてみる。
中にはマロンブラウンのスカートとエプロン、白いシャツがかけてあった。
うーん、『制服でもいい』って言われたけど、せっかくだから着替えてみようかな。
私は鞄をロッカーに入れると、スカートのファスナーに手をかけた。
****
スタッフルームから出た私を、
「わー、ここの制服かわいーじゃん!」
「ほんとだ、
「ちょっと! それはどういう意味?!」
クスクスと笑うマスターが私に近づいてきて胸元のリボンを直してくれた。
「よく似合ってるね。
でも、リボンはもう少し綺麗に結べるよう練習をしておいて」
「あ……はい、すいません」
私は赤くなりながら、謝っていた。
「友達の飲み物ができてるから、それを彼女たちのテーブルに運んでみて。
カップを置くときは、なるだけ静かに、音を立てないようにね」
ええ?! 急にそんな事言われても?!
「わ、わかりました……」
私は渡されたトレイを手に持って、紅茶をこぼさないように慎重に歩いて行った。
テーブルに付くと、
「そんなにおっかなびっくり運ばなくてもいいんじゃない?」
「だって! こぼしたら怖いじゃない!」
あきれたように
「初めての練習なんでしょ? こぼしたら謝ればいいだけよ」
他人事だと思ってー!
私はトレイを片手で支え、慎重に二人の前にカップを置く。
「えーと、で、ではごゆっくりどうぞ?」
「なんで疑問形なのよ……」
「しょーがないじゃん! 初めてなんだから!」
「はいはい、涙目になってないで、マスターのところに戻ったら?」
私はマスターに振り向いて尋ねる。
「こんな感じでいいんですか?」
マスターはニコニコと微笑んでいた。
「うん、大丈夫。
もっとリラックスできれば、さらに良いけどね」
うう、マスターにまで言われた……。
私はとぼとぼとカウンターに戻り、
二人は紅茶を口にすると、少し首をかしげていた。
「別に……普通の紅茶よね」
「特にフルーティーではないわね」
え? 昨日と違うの?
マスターに振り向くと、彼はニコリと微笑んだ。
「だから言っただろう?
『メニューの味がわかること』も、大切な条件なんだ。
普通の人には、あれはどこにでもある紅茶の味にしか感じないのさ」
どういう意味だろう……。
それって、私が普通じゃないってこと?
マスターを見つめていると、彼はカウンターの下からケーキを二つ取り出し、トレイの乗せて
「これは僕からのサービスだ。
どうぞ召し上がれ」
「ほんとですか! やったー!」
喜ぶ二人がケーキにフォークを入れる。
そして一口食べて、やっぱり首をかしげていた。
「なんか、微妙な味だね」
「『とろける』って言ってたけど、普通のスポンジよね……」
私はあわてて二人のテーブルに駆け寄って「ちょっと分けて?!」と言って一口食べてみた。
――とろける甘さ! 昨日と同じ味わいだ!
私が甘さでにやけてると、
「え、この味をそんなに喜ぶの?」
「
「――そんなことないよ?!」
マスターが私の背後でクスクスと笑っていた。
「この店のメニューはね、『わかる人にしかわからない味』なんだ。
普通の人にも、決して美味しくない訳じゃないんだけどね。
だから、このお店に普通の人はあんまり立ち寄らないのさ」
「そんな料理、あるんですか?
それで経営が成り立つんですか?」
マスターはニコリと微笑んで応える。
「ここは趣味でやってるお店だからね。
利益度外視なんだよ。
この味を求めて来てくれる人にメニューを提供する、そういうお店なんだ」
****
二時間ほどお客の来ない時間が過ぎると、紅茶を飲み飽きたのか二人が席を立った。
「イケメンマスターの顔は見れたし、変な店じゃないっぽいのはわかったよ」
「これ以上、紅茶一杯でお邪魔するのも悪いし。
そろそろ私たちは帰るわね」
マスターが私に告げる。
「レジの打ち方も教えるから、そばで良く見ていて」
「はい!」
私は初めてレジ打ちを見ながら、
「それじゃ二人とも! また来週ー!」
「あんたもガンバんなよー!」
手を振ってくれる二人に手を振り返し、私は店内に戻った。
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