第4章:長期休暇旅行

第28話

 カランコロンとドアベルが鳴り、孝弘さんが入店してきた。


「よっす! 今日は――暇そうだな」


 私はカウンター席を飛び降り、パタパタと孝弘さんへと近づいて行く。


「いらっしゃいませ!

 お一人様ですか?」


「あーいや、今日はどちらかというと、浜崎の人間として来てる。

 ――カウンター席、空いてるか?」


 どういう意味だろう?


「お好きな場所へどうぞ」


 孝弘さんはカウンターの隅、マスターの前の席に座った。


 私はお水を用意して、孝弘さんの席に置く。


 マスターが私に穏やかに告げる。


「孝弘の相手は僕がするから、朝陽あさひさんは戻って良いよ」


「そうですか? じゃあお言葉に甘えて」


 私はカウンターの端の席に戻り、学校の予習を再開する。


 孝弘さんがマスターに告げる。


「俺もお守りを分けてもらったおかげでこうして入店できる。

 今回は親父のおかげで役得だったな」


 早苗さなえが楽しそうに孝弘さんに告げる。


「よかったねー? これでいつでも好きな時に朝陽あさひに会いに来れて」


「う、うるせー! それとこれとは関係ねーだろ?!」


 マスターがクスクスと笑みをこぼした。


「それで、『浜崎の人間として』何をしに来たんだい?」


「あー、もうゴールデンウィークになるだろ?

 この店はどうなるんだ?」


 今年のゴールデンウィークは五月三日が月曜日――つまり、一日と二日が土日になる。


 なんと! 五連休が確定するのだ!


 明日は平日だけど、明後日からは五連休になる。


 私が顔を上げると、マスターが穏やかな顔で孝弘さんに応える。


「五月一日から店を閉めるよ。

 朝陽あさひさんたちにも、連休くらいは休んでもらおうと思ってね」


 私は思わず声を上げる。


「えー! 五連休の間、働けるんじゃないんですか?!」


 マスターが困ったように笑った。


「それだと働き過ぎになっちゃうでしょ。

 一週間に働ける時間にも制限があるから、ずっと入るのは無理だよ」


 そうなのか、高校生って不便だなぁ。


 孝弘さんがニヤリと微笑んだ。


「そこで提案なんだが、連休を利用して旅行しないか?

 浜崎家が旅行の足を手配するよ。

 必要なものも言ってくれれば、うちが用意する。

 ま、五日程度じゃ国内の近場にしか行けないだろうけどな。

 この時期じゃまだ、沖縄に行っても面白くねーし」


 マスターが思案しながら応える。


「随分と急な提案だけど、朝陽あさひさんたちはどう思う?」


「え?! いきなり言われてもわかりませんよ?!」


 早苗さなえ歩美あゆみも、困惑してるみたいだ。


「明後日から旅行なの?」


「親が納得するかなぁ……」


 孝弘さんがニッと笑った。


「親も連れていけばいいさ。

 あとから浜崎の人間が親を案内する。

 俺たちは一足先に、旅行先に入る。

 これでどうだ?

 保護者は爺が来るから、それで説得できるだろ」


 私はおずおずと孝弘さんに尋ねる。


「その口ぶり、行き先の候補があるの?」


「温泉なんてどうだ?

 近くには湖もあるし、散策する場所も豊富だぞ。

 これなら三泊五日で遊びに行ける」


 三泊旅行か~。ちょっと心惹かれるな。


 私は早苗さなえたちと頭を突き合わせた。


「どうする?」


「悪くないわね。三泊ぐらいなら、短すぎず長すぎずだし」


「浜崎家がサポートしてくれるなら、贅沢できそうだね」


 背後で孝弘さんが声を上げる。


朝陽あさひたちは乗り気でいいな?

 ――小金井こがねいさんはどうする?

 あんたも別に、ここから移動できない訳じゃないだろ?」


 私たちはあわててマスターの顔を見た。


 マスターは顎に手を当てて考えてるみたいだった。


「孝弘が言ってるのは辰霧たつぎりのことかな?

 それならまぁ、問題ない範囲だけど。

 そこに朝陽あさひさんが行くなら、僕も同行すべきだろうね」


 孝弘さんがニヤリと笑った。


「決まりだな。さっそく打ち合わせと行こうぜ」



 その後、コーヒーを飲みながら孝弘さんを交え、辰霧たつぎり旅行計画を練っていった。





****


 帰宅して、早速お母さんに報告した。


「――というわけで、辰霧たつぎりにみんなで行こうって話になったんだけど」


 お母さんは眉をひそめて困惑していた。


「急な話ね。それに親も同伴して構わないの?

 それで、いくらかかるの?」


「費用は全部、浜崎家が出してくれるって。

 明日、浜崎のお爺さんが説明に来てくれるよ」


 お母さんは腕を組んで、顎に手を当てて悩んでた。


「うーん、その説明を聞いてから判断しても良いかしら」


「うん、それでいいよ。

 でも準備だけはさせてね」



 私は旅行鞄を押し入れから取り出して、荷物を詰めていった。


 三泊五日だと、着替えだけでもちょっとした量になる。


 中学の修学旅行以来かな、こんなの。


 お母さんがダイニングから声を上げる。


朝陽あさひ、先にご飯を食べなさい!」


「はーい!」


 私はにやける頬を手でほぐしながら、ダイニングに急いで向かった。





****


 朝のホームルーム前、早苗さなえ歩美あゆみと報告をしあう。


「うちは今夜、許可が下りるかも」


 歩美あゆみはニコリと微笑んだ。


「うちはもう許可が下りたわ。

 念のために今夜、話を聞くって」


 早苗さなえは暗い表情だ。


「お母さんが反対してるから、私は駄目かも……」


「大丈夫だよ、きっと浜崎のお爺さんがなんとかしてくれるって!」


 私の慰めに、早苗さなえは「うん、そうだね」と応えていた。


 やっぱり、いきなり旅行なんて言われてもすぐに『はいどうぞ』とはならないよね。


 でもせっかくのゴールデンウィークだし、お母さんを温泉に入れてあげるチャンス!


 みんなもいっしょに行けたらいいんだけどな!





****


 バイトを終え、家でご飯を食べて待っていると玄関のインターホンが鳴った。


 お母さんがモニターを確認すると、浜崎のお爺さんがスーツ姿の女性と立っていた。


『浜崎源三というものだが、伊勢佐木いせざきさんのお母さんは御在宅かな』


 お母さんがインターホン越しに応える。


「はい、少々おまちください」


 そう言ってお母さんがパタパタと玄関に向かっていった。


 私もその後を追って、玄関に向かう。


 お母さんがチェーンとロックを外して扉を開けると、浜崎のお爺さんがニコリと微笑んだ。


夜分やぶ遅くにすまないね。

 荒川あらかわさんの説得に時間がかかってしまった。

 お邪魔しても構わないかな?」


 お母さんがおずおずと頷き、浜崎のお爺さんたちをリビングに招いた。



 リビングのソファに座る浜崎さんが、お母さんに告げる。


「まずは自己紹介をしておこう。

 儂が朝陽あさひさんの雇用主、浜崎源三だ。

 潮原しおはらグループで会長職を務めておる。

 ――おい、あれを出しなさい」


 隣に座っていたスーツ姿の女性が、トートバッグの中から何かの箱を取り出した。


 箱をテーブルの上に置き、その上に名刺が乗せられる。


 お母さんが眉をひそめて箱を眺める。


「なんですか? これは」


「なに、あいさつ代わりの手土産だよ。

 大したものじゃないが、受け取って欲しい」


 お母さんは名刺を確認したあと、箱を開けた。


 中には品の良い包み紙に『最中もなか』と書いてあるものが並んでいた。


 お母さんが困惑した様子で一つ手に取り、包み紙を確認していた。


 浜崎のお爺さんが楽しそうに告げる。


「ただの最中もなかだよ。

 東京老舗店の和菓子だ。

 口に合うと良いんだが」


 私はお母さんに小声で聞いてみる。


「ねぇお母さん、有名店なの?」


「そんなの、わかるわけないじゃない。

 聞いたことないわ、こんなお店」


 浜崎のお爺さんが楽しそうに笑った。


「ハハハ! 一般人には売っていないからね!

 常連客の紹介が無いと、買うことができない店だ。

 知名度という意味でなら、無名の店だよ」


 お母さんが最中もなかを箱に戻してふたを閉めた。


「それで、今日はどういったご用件ですか」


「話は聞いてると思うが、明日から朝陽あさひさんが辰霧たつぎり旅行に行く。

 わしが初日から引率として同行する。

 もちろん、横にいる秘書も同伴だ。

 親御さんは突然すぎて、準備が間に合わないだろう。

 一日か二日遅れで、うちの者が現地に案内しよう。

 ――その許可をもらいたい」


 お母さんは浜崎のお爺さんを舐めるように眺めてから応える。


「私も初日から同行してはいけませんか」


「それでも構わんが、子供たちだけで羽を伸ばす時間を約束してやって欲しい。

 その場合、伊勢佐木いせざきさんはわしらと一緒に辰霧たつぎりを回るとしようか」


 お母さんが眉をひそめた。


「子供たちだけですか? 危なくないんですか?」


辰巳たつみ――喫茶店のマスターと、儂の孫が同伴する。

 トラブルになっても、朝陽あさひさんたちには怪我一つ許しはしないさ」


 お母さんはしばらく悩んでいたみたいだけど、ゆっくりと頭を下げた。


「では、それでよろしくお願いします」


 ――決まった!


 私はお母さんの横で、小さくガッツポーズを取った。

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