第30話
バスは案の定、渋滞に巻き込まれていた。
「これだと、到着は何時くらいかな?」
「んー? 午後三時には着くと思うぞ?
そこから宿に入って、すぐに飯だな。
そのあとは温泉にでも入って寝ればいい」
「どんな宿なの?」
「湖畔のコテージだよ。
クソ爺の別荘地だ。
女子三人と俺、
クソ爺と秘書で一つ。
あとは
五つのコテージに分かれるぞ」
お母さん、一人でコテージ貸し切り……?
大丈夫かな、舞い上がってドジらないといいんだけど。
「なんで孝弘さんが一緒なのかしら。
私たちとマスターだけでいいじゃない」
「んー? お前らがそうしたいなら、俺はクソ爺の方に移るが。
急に街に遊びに行きたくなっても、お前らだけでいくなよ?」
「なんでよ?!」
「
無駄に金を使うことになる。大人しく俺を連れていけ」
私はきょとんとして孝弘さんに尋ねる。
「なんでマスターだけじゃ危ないの?」
「
普段より力が弱まってるんだよ。
だからお前ら、無理をさせるんじゃねーぞ」
私はあわてて、前の席に座るマスターに尋ねる。
「ねぇマスター! それほんと?!」
マスターはこちらに振り返り、困ったように微笑んだ。
「まぁ、嘘ではないね。
でも君たちは必ず僕が守るから。
そこは安心していいよ」
「そういうことなら、同じコテージに孝弘さんが居た方が良いわね。
使いっ走りぐらいにはなるでしょうし、そこは我慢するわ」
孝弘さんが楽し気に笑った。
「ハハハ! まぁそういうことだ!
我慢できなくなったら素直に言っていいぞ。
俺もそん時は素直にクソ爺のところに移るから」
ふと私は気が付いて、マスターに尋ねる。
「ねぇマスター、
「もちろんいるとも。
あそこは僕の同類が取り仕切ってる土地だ。
それなりに力の強いのが居るから、特に
「マスターの『同類』?」
マスターが私にニコリと微笑んだ。
「竜神が住んでるんだよ、あの湖は。
だからなるだけ僕から離れないで」
もしかして、わりと危ないところなのかな?
私が眉をひそめていると、マスターが優しく微笑んだ。
「僕のそばにいれば大丈夫。
心配はいらないよ」
私はおずおずとマスターに頷いた。
****
お昼が近くなると、孝弘さんがみんなにお弁当とお茶を配っていった。
「大したもんじゃないが、浜崎の仕出し弁当だ。
クソ爺が食うもんだから不味くはないはずだぞ」
おそるおそるふたを開けてみると、ご飯の上に厚めのステーキが乗っていた。
他には煮物と揚げ物、卵焼きかな?
「ちょっと、カロリーが高いんじゃないの?!」
孝弘さんがニヤリと微笑んだ。
「気になるなら温泉で長風呂すりゃーいーだろ。
それにこの五日間、もっと美味い物も食える。
この程度で気にしてたら疲れるぞ?」」
マスターが穏やかな声で告げる。
「無理に食べ切らなくても大丈夫だよ。
残してもきちんと処分されるから」
私たちはおずおずと頷いたけど、口に含むと美味しくて、ついつい食べてしまう。
結局私たちはお弁当を完食して、罪悪感に苛まれていた。
……この満足感、間違いなく高カロリー!
孝弘さんが楽しそうに笑った。
「ハハハ! 散策でカロリーを燃やさないとな!」
「誰のせいよ!」
早苗も苦笑しながら告げる。
「こりゃ、太るのは諦めた方が良さそうだね……」
それは! 困る!
女子三人は、どこか憂鬱になりながら食後の時間を過ごしていった。
****
午後になると、それぞれが思い思いに時間をつぶし始めた。
早苗はカーテンも引かずにお昼寝してる。
孝弘さんも、どうやら寝てるみたいだ。
マスターは……静かに窓の外を眺めていた。
「マスター? どうしたんですか?」
「ん? 大したことじゃないよ。
「寝ておいた方がいいの?」
食後に寝てたら、太りそうなんだけど。
「旅行が楽しみで、睡眠時間が削れてるんだろう?
寝不足はお勧めできないからね」
……ばれてた。
「はーい、わかりましたー」
私はカーテンを引いて、シートに身体を倒した。
****
「
私は、なんだかふわふわしている感覚でその言葉を聞いていた。
「ん~、あと五分……」
カシャッというシャッター音とフラッシュで、思わず目が覚める。
目を開けると、私はマスターに抱えられて湖畔にいた。
「え?! ここどこ?!」
マスターがクスリと笑って私に応える。
「葛城湖、
辺りを見回すと、遠くにバスが見える。
「私の荷物は?!」
「孝弘が持ってるよ」
マスターのそばで、孝弘さんがニッと笑った。
「よくお眠りだったな、お姫様」
――お姫様抱っこされてる?!
「ちょ?! マスター! 下ろして!」
私は全身に汗をかきながら暴れた。
「危ない! 暴れないで、
そっと地面に下ろされた私は、急いで早苗の背中に隠れた。
周囲からクスクスと笑う声が聞こえてくる。
「もう遅いよ、
「撮るなー?! すぐに消して!」
「あら、消してもいいの?
マスターに抱き上げられてる自分、見たくない?」
「――それは! ぐっ、とにかく消して!」
「はいはい……ほら、消したわよ」
「もう! どういういたずらよ?!」
「だって、いくら起こしても起きないんですもの。
せっかくの旅行だし、記念に最初の一枚を撮ってもいいかなって」
「よーくーなーいー!」
笑いが起こる中、浜崎のお爺さんが告げる。
「割り当てはさっき言った通りだ。
荷物を置いて、一息ついたら街に出よう。
午後五時にここに集まって欲しい」
スマホを取り出して時計を見る――午後四時か。
ってことは一時間くらいゆっくりできるのかな。
私は孝弘さんに告げる。
「荷物ありがとうございます。
自分で持ちますから返してください」
「同じコテージだろ? そこまで運ぶよ」
「いや、大丈夫ですってば!」
「渡すのがめんどくせー。俺に任せとけ」
そう言ってスタスタと先に行ってしまった。
「ちょ?! 私の荷物ー!」
私は孝弘さんの背中を追いかけて駆け出した。
****
結局孝弘さんは、コテージのエントランスまで私の荷物を手放さなかった。
「ほれ、ここに置くぞ」
私は抱きかかえるように荷物を奪い返し、孝弘さんを睨み付けた。
「なんで無意味な意地悪するんですか!」
「めんどくせーな、結果は一緒なんだからいーじゃねーか」
「よくないです! 乙女の私物ですよ!」
背後でマスターの楽しそうな笑いが聞こえる。
「ハハハ! 孝弘なりの優しさなんだよ、それが。
素直に『荷物を運ばせてほしい』と言えないだけさ」
「え? 優しさなんですか?」
孝弘さんの顔を見ると、照れたように頬を染めて顔を背けていた。
「そんなんじゃねーっつーの!
ともかく、女子の部屋は二階! 俺と
そう言い残し、ドスドスと部屋の中に入っていった。
早苗が私の肩を叩いて告げる。
「私たちも、部屋に行こう!」
「――うん!」
私たち女子三人も、軽い足取りで階段を上がって部屋の扉を開けた。
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