第30話

 バスは案の定、渋滞に巻き込まれていた。


「これだと、到着は何時くらいかな?」


「んー? 午後三時には着くと思うぞ?

 そこから宿に入って、すぐに飯だな。

 そのあとは温泉にでも入って寝ればいい」


「どんな宿なの?」


「湖畔のコテージだよ。

 クソ爺の別荘地だ。

 女子三人と俺、小金井こがねいさんで一つ。

 クソ爺と秘書で一つ。

 あとは朝陽あさひの親と早苗さなえの親、歩美あゆみの親で一つずつ。

 五つのコテージに分かれるぞ」


 お母さん、一人でコテージ貸し切り……?


 大丈夫かな、舞い上がってドジらないといいんだけど。


 歩美あゆみが不満げに告げる。


「なんで孝弘さんが一緒なのかしら。

 私たちとマスターだけでいいじゃない」


「んー? お前らがそうしたいなら、俺はクソ爺の方に移るが。

 急に街に遊びに行きたくなっても、お前らだけでいくなよ?」


「なんでよ?!」


小金井こがねいさんだけじゃあぶねーし、浜崎家のコネが使えないだろ。

 無駄に金を使うことになる。大人しく俺を連れていけ」


 私はきょとんとして孝弘さんに尋ねる。


「なんでマスターだけじゃ危ないの?」


小金井こがねいさんは神社から離れて移動してる。

 普段より力が弱まってるんだよ。

 だからお前ら、無理をさせるんじゃねーぞ」


 私はあわてて、前の席に座るマスターに尋ねる。


「ねぇマスター! それほんと?!」


 マスターはこちらに振り返り、困ったように微笑んだ。


「まぁ、嘘ではないね。

 でも君たちは必ず僕が守るから。

 そこは安心していいよ」


 歩美あゆみがしゅんとして応える。


「そういうことなら、同じコテージに孝弘さんが居た方が良いわね。

 使いっ走りぐらいにはなるでしょうし、そこは我慢するわ」


 孝弘さんが楽し気に笑った。


「ハハハ! まぁそういうことだ!

 我慢できなくなったら素直に言っていいぞ。

 俺もそん時は素直にクソ爺のところに移るから」


 ふと私は気が付いて、マスターに尋ねる。


「ねぇマスター、辰霧たつぎりにも『あやかし』っているの?」


「もちろんいるとも。

 あそこは僕の同類が取り仕切ってる土地だ。

 それなりに力の強いのが居るから、特に朝陽あさひさんは気を付けてね」


「マスターの『同類』?」


 マスターが私にニコリと微笑んだ。


「竜神が住んでるんだよ、あの湖は。

 朝陽あさひさんは巫力ふりょくが高いから、吸い寄せられる『あやかし』が出るかもしれない。

 だからなるだけ僕から離れないで」


 もしかして、わりと危ないところなのかな?


 私が眉をひそめていると、マスターが優しく微笑んだ。


「僕のそばにいれば大丈夫。

 心配はいらないよ」


 私はおずおずとマスターに頷いた。





****


 お昼が近くなると、孝弘さんがみんなにお弁当とお茶を配っていった。


「大したもんじゃないが、浜崎の仕出し弁当だ。

 クソ爺が食うもんだから不味くはないはずだぞ」


 おそるおそるふたを開けてみると、ご飯の上に厚めのステーキが乗っていた。


 他には煮物と揚げ物、卵焼きかな?


 歩美あゆみが不満げに告げる。


「ちょっと、カロリーが高いんじゃないの?!」


 孝弘さんがニヤリと微笑んだ。


「気になるなら温泉で長風呂すりゃーいーだろ。

 それにこの五日間、もっと美味い物も食える。

 この程度で気にしてたら疲れるぞ?」」


 マスターが穏やかな声で告げる。


「無理に食べ切らなくても大丈夫だよ。

 残してもきちんと処分されるから」


 私たちはおずおずと頷いたけど、口に含むと美味しくて、ついつい食べてしまう。


 結局私たちはお弁当を完食して、罪悪感に苛まれていた。


 ……この満足感、間違いなく高カロリー!


 孝弘さんが楽しそうに笑った。


「ハハハ! 散策でカロリーを燃やさないとな!」


「誰のせいよ!」


 歩美あゆみが怒りの声を上げていた。


 早苗も苦笑しながら告げる。


「こりゃ、太るのは諦めた方が良さそうだね……」


 それは! 困る!


 女子三人は、どこか憂鬱になりながら食後の時間を過ごしていった。





****


 午後になると、それぞれが思い思いに時間をつぶし始めた。


 歩美あゆみはロマンス映画を見てるみたい。


 早苗はカーテンも引かずにお昼寝してる。


 孝弘さんも、どうやら寝てるみたいだ。


 マスターは……静かに窓の外を眺めていた。


「マスター? どうしたんですか?」


「ん? 大したことじゃないよ。

 朝陽あさひさんも、今のうちに少し寝ておくといい」


「寝ておいた方がいいの?」


 食後に寝てたら、太りそうなんだけど。


「旅行が楽しみで、睡眠時間が削れてるんだろう?

 寝不足はお勧めできないからね」


 ……ばれてた。


「はーい、わかりましたー」


 私はカーテンを引いて、シートに身体を倒した。





****


朝陽あさひ、着いたわよ」


 私は、なんだかふわふわしている感覚でその言葉を聞いていた。


「ん~、あと五分……」


 カシャッというシャッター音とフラッシュで、思わず目が覚める。


 目を開けると、私はマスターに抱えられて湖畔にいた。


「え?! ここどこ?!」


 マスターがクスリと笑って私に応える。


「葛城湖、辰霧たつぎりに着いたんだよ」


 辺りを見回すと、遠くにバスが見える。


「私の荷物は?!」


「孝弘が持ってるよ」


 マスターのそばで、孝弘さんがニッと笑った。


「よくお眠りだったな、お姫様」


 ――お姫様抱っこされてる?!


「ちょ?! マスター! 下ろして!」


 私は全身に汗をかきながら暴れた。


「危ない! 暴れないで、朝陽あさひさん」


 そっと地面に下ろされた私は、急いで早苗の背中に隠れた。


 周囲からクスクスと笑う声が聞こえてくる。


「もう遅いよ、歩美あゆみがさっき写真撮ってたし」


「撮るなー?! すぐに消して!」


 歩美あゆみがニヤニヤと私に応える。


「あら、消してもいいの?

 マスターに抱き上げられてる自分、見たくない?」


「――それは! ぐっ、とにかく消して!」


 歩美あゆみがクスクスと笑いながらスマホを操作していった。


「はいはい……ほら、消したわよ」


「もう! どういういたずらよ?!」


「だって、いくら起こしても起きないんですもの。

 せっかくの旅行だし、記念に最初の一枚を撮ってもいいかなって」


「よーくーなーいー!」


 笑いが起こる中、浜崎のお爺さんが告げる。


「割り当てはさっき言った通りだ。

 荷物を置いて、一息ついたら街に出よう。

 午後五時にここに集まって欲しい」


 スマホを取り出して時計を見る――午後四時か。


 ってことは一時間くらいゆっくりできるのかな。


 私は孝弘さんに告げる。


「荷物ありがとうございます。

 自分で持ちますから返してください」


「同じコテージだろ? そこまで運ぶよ」


「いや、大丈夫ですってば!」


「渡すのがめんどくせー。俺に任せとけ」


 そう言ってスタスタと先に行ってしまった。


「ちょ?! 私の荷物ー!」


 私は孝弘さんの背中を追いかけて駆け出した。





****


 結局孝弘さんは、コテージのエントランスまで私の荷物を手放さなかった。


「ほれ、ここに置くぞ」


 私は抱きかかえるように荷物を奪い返し、孝弘さんを睨み付けた。


「なんで無意味な意地悪するんですか!」


「めんどくせーな、結果は一緒なんだからいーじゃねーか」


「よくないです! 乙女の私物ですよ!」


 背後でマスターの楽しそうな笑いが聞こえる。


「ハハハ! 孝弘なりの優しさなんだよ、それが。

 素直に『荷物を運ばせてほしい』と言えないだけさ」


「え? 優しさなんですか?」


 孝弘さんの顔を見ると、照れたように頬を染めて顔を背けていた。


「そんなんじゃねーっつーの!

 ともかく、女子の部屋は二階! 俺と小金井こがねいさんは一階だから!」


 そう言い残し、ドスドスと部屋の中に入っていった。


 早苗が私の肩を叩いて告げる。


「私たちも、部屋に行こう!」


「――うん!」


 私たち女子三人も、軽い足取りで階段を上がって部屋の扉を開けた。

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