第18話
浜崎さんがテーブルに着くと、浜崎のお爺さんが口を開く。
「待たせたな。それじゃあ本題に入ろうか。
健二――私の息子は、神社と
あいつは
私は隣に座るマスターにこっそり尋ねる。
「その『
マスターがニコリと微笑んで応えてくれる。
「神に仕える人が持つ力だよ。
その力を持っていないと、僕の姿や声を知ることもできないんだ。
僕が敢えて『見せている』ときは別だけどね」
「それだけ?
それなら別に、健二さんに神社のことを教えてもよかったんじゃ?」
「姿を『見せる』ことはできるけど、声を『聞かせる』ことはできないんだ。
少なくとも今、お守りを持たずに声を聴いている源三や孝弘は、その程度の
なるほど、伝えたいことがあっても伝え辛いのか。
それはお店の経営をする上で、とっても問題が大きそうだなぁ。
「あれ? でもお守りを持つ前の
「あの時は君がそばにいただろう?
君のそばでなら、声を『聞かせる』こともできる。
だけど普通は聞こえないものなんだよ」
浜崎のお爺さんがうなずいた。
「それで諦めていたんだが、孝弘という孫が生まれ、事情が変わった。
こいつは我が家では一番、
それでも、神職を務められるほどじゃないがね」
私は浜崎さんを見る。
この普通のお兄さんが、そんな力を持ってるのか。
「へぇ、人は見かけによらないんですね」
浜崎のお爺さんが楽しそうに笑った。
「ハハハ! この中で飛び切りの
話を聞いたら、自力であの喫茶店に辿り着き、求人広告まで見つけたという。
そんな人間、本職の巫女でも早々は居ないはずだ』
私は驚いてマスターを見上げた。
「そうなの?!」
マスターが嬉しそうにうなずいた。
「あれは
その上、あの店のメニューを美味しいと感じられるほどの力だ。
そんな人、出雲にでも行かないと居ないんじゃないかな」
私は小首をかしげた。
「出雲? どこでしたっけ?」
「島根県よ! 出雲大社とか知らないの?!」
「あー、あの有名な?」
マスターがクスクスと笑った。
「そう、その出雲大社だ。
あそこは神道の総本山みたいなところだからね。
強い
僕は別に神道の神じゃないけど、出雲になら君ぐらい力の強い子はいるかもしれない」
ほぇ~、そんなこと言われても、そんな力があるなんて知らなかったんだけど。
お店に来るまで、幽霊とか見えた経験もないし。
浜崎のお爺さんが私に告げる。
「そんな家柄、出雲でも滅多にいるもんじゃない。
外部に巫女を送り出すなんてことも、望めやしないだろう。
それでも必死にこの辺りで、巫女の力を持つ人間を探したものさ。
――そして、君が現れた」
私はきょとんとして浜崎のお爺さんを見つめた。
「私ですか? なんでそこで私が?」
「
――その瞬間、外で大きな雷が庭に落ちた。
****
驚いて音のする方を見ると、障子の向こう側にある窓の外で、大粒の雨が降ってるようだった。
「……びっくりしたぁ。
今ので怪我人、でなかったかな」
私も気が付いたら、マスターに抱き着いている。
……おっと、思わず。
いそいそと姿勢を正し、お茶を飲んでごまかした。
浜崎のお爺さんが困ったように笑った。
「ははは、そう怒らないでくれ、
マスターが怒ってる?
見上げてみると、とっても怖い顔でマスターは浜崎のお爺さんを睨み付けていた。
「源三、今日の話というのはそれか」
「ああ、そうだよ。
その子供たちも、きっと強い
孝弘さんも驚いた様子でお爺さんに食って掛かる。
「ちょっと待て爺! なんで俺の結婚の話になるんだ?!」
浜崎のお爺さんが浜崎さんを睨み付けながら告げる。
「お前が遊び歩かず、まともに仕事ができれば、まだ道はあった。
適当な大学に入り、フリーターなぞしおって。
家業を継ぐのがそんなに嫌か」
「俺に親父みたいな社長になれってのか?!
そんな能力がないのは、あんただって知ってるだろ?!」
「お前は頭が悪い訳じゃない。
きちんと勉強していれば問題はなかった。
それを嫌がって遊びほうけおって。
その性根は、誰に似たのやら」
浜崎さんが反論しようとしたところで、マスターがスッと立ち上がった。
「話がそれだけなら、俺は帰らせてもらうぞ」
――俺?! マスターが『僕』って言わないの、初めて聞いたかも?!
浜崎のお爺ちゃんがニコリと微笑んだ。
「ああ、
止める力も持ってないしな。
――だが、
また外で、大きな雷が鳴り始めた。
落ちてはいないけど、いつ落雷が起きても不思議じゃないぐらいに雷鳴が鳴り響いてる。
「なにこれ、ゲリラ豪雨?!
今日の天気予報、雨だなんて言ってなかったのに!」
浜崎のお爺さんが深いため息をついた。
「……わかった。わかったから怒りを鎮めてくれないか。
この雷じゃ、事情を説明することもできやしない」
マスターがジロリと浜崎のお爺さんを睨み付けた。
「本当に理解したのか?」
「したとも。決して無理強いをする訳じゃない。
だが話だけは聞いておいて欲しいんだ」
マスターがため息をついて、畳に座り込んだ。
それと同時に外の雷が収まり、雨音も聞こえなくなっていった。
浜崎さんが障子を見ながらつぶやく。
「小金井さんが竜神って、ほんとだったんだな……。
こうして見ると、改めて実感するよ」
私は小首をかしげて浜崎さんに尋ねる。
「それ、どういう意味ですか?」
浜崎さんはニヤッと笑った。
「竜神ってのは、水の神様だ。
昔から落雷は『竜神の怒り』と言われたりもした。
小金井さんが怒ると、大雨が降って雷が落ちるのさ」
「え?! そんなことできるの?!
――ねぇマスター、本当に?!」
マスターが困ったように微笑んで応える。
「ごめんね、
怖がらせちゃったね」
……本当なのか。
凄いんだなぁマスターって。
浜崎のお爺さんがふぅとため息をついた。
「では、どうしてこんな話をしたのか、釈明させてほしい」
マスターが浜崎のお爺さんを見つめてうなずいた。
「手短に話せよ源三。あまり長く我慢は出来んぞ」
「実はな、健二の奴が神社の敷地を再開発しようと考えてるらしい。
今は儂の権限で止めているが、儂が居なくなれば躊躇はしないだろう。
『朽ちた神社に何の価値があるのか』とな。
現実主義者の健二らしい発想だ」
私はあわてて声を上げる。
「神社が無くなっちゃうってことですか?!」
浜崎のお爺さんがうなずいた。
「儂が亡きあと、健二を止める手段はないだろう。
神社が残ったとしても、儂ら浜崎家の支援がなければ
浜崎さんが声を上げる。
「それはしょうがねぇじゃねぇか!
だとしても、そこでどうして俺の名前が出てくるんだよ?!」
浜崎のお爺さんが私を見た。
「
神社を再建し、宗教法人を起こし、健二に対抗することができる。
あの神社を残すため、伊勢佐木さんには考えてもらえないだろうか」
そんなこと、急に言われても……。
私は何も言えず、浜崎のお爺さんの視線を受け止めていた。
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