第32話
コテージに戻った私たちは、リビングで一息ついていた。
「湯葉美味しかったね~」
「お刺身も美味しかったよー」
「あれでローカロリーなんだから、今日は差し引きゼロくらいよね」
私は向かいに座るマスターと、その両隣に座る
「……なんで引っついてるの」
「え?
あの女に負けっぱなしは許せないわ」
「
なんだその理不尽?!
さては二人とも、大人の目がないからってやりたい放題し放題する気か?!
マスターが困ったように微笑んだ。
「
あまり遅くなると危ないからね。
すぐそこに温泉があるから、そこに行くよ」
「はーい」
私も立ち上がり、女子三人で部屋に戻り、お風呂の支度を始めた。
****
私たちは部屋に置いてあった旅館浴衣に着替え、お風呂セットを手にリビングに戻ってきた。
マスターも着流し姿になって、お風呂セットを手にしている。
「神様も、お風呂入るの?!」
マスターが楽しそうに応える。
「僕は水の神様だからね。
水につかれるなら、喜んでつかるよ。
――さぁ、行こうか」
マスターを中心に私たちが歩きだし、コテージを出る。
すっかり夜になった湖畔は真っ暗で、何も見えない。
「夜の湖って寂しいんですね」
「なにも見えないからね。
夜間に湖に近づいたらだめだよ? 危ないからね」
「いくらドジな
私は思わず
「ちょっと?! それどういう意味?!」
マスターが明るい声で笑った。
「ハハハ! そんなことを心配してるんじゃないよ。
――夜の湖には『あやかし』が集まりやすい。
だから近づかないようにってことさ」
私はきょとんとマスターを見上げた。
「そうなの? 夜って危ないの?」
マスターが穏やかな顔で頷いた。
「水のある場所は、古来から『異界への入り口』とされてきた。
『人ならざるもの』が集まってくる場所なんだ。
僕が守ってるから変なのは寄ってこないけど、なるだけ近寄らないで」
「はーい」
私たちはマスターの後ろをついて、道路の反対側にある道へと進んでいった。
****
山に向かう道を少し登っていくと、独特な匂いが鼻についた。
「なんか臭いけど、これは何の匂い?」
「温泉だよ。硫黄の匂いだ。
ほら、向こうに小さな建物が見えるでしょ。
あそこが脱衣所。
入り口で男女に別れて入るから、帰りは勝手に帰らないで入り口で合流ね」
「はーい」
木造の建物の入り口でマスターと別れ、少し奥に進んだところで靴を脱いだ。
下駄箱に靴を入れ、脱衣所を見回してみる。
「誰もいないんだね」
「ラッキーじゃない?」
十数人が入れそうな脱衣所には木の棚の上に平たい籠が置いてあった。
ここに荷物を預けるのかな。
「ここに着替えを置いておくの、なんか少し怖いね」
「大丈夫よ。入り口に防犯カメラが置いてあったもの。
浜崎家が利用する施設よ?
たぶん二十四時間体制で監視されてるわ」
さすが
服を脱いで脱衣所から洗い場に出ると、思ったよりこじんまりとしていた。
小さな洗い場と隣接するように、質素な檜風呂が並んでる。
お風呂の大きさは二十人がお湯につかったら溢れるくらいかな。
壁から伸びた竹の先から、湯気を出したお湯がジャバジャバと注ぎ込まれていた。
私が湯船に入ろうとすると、
「ちょっと! こういう所では先に体を洗いなさいよ!」
「え? そうなの?」
「でも誰も見てないよ?」
「それでもよ! マナーは守りなさい!」
「こういう場所でも、蛇口やシャワーは付いてるんだね」
「話に聞いた銭湯っていうのも、こんな感じなのかしら」
「スパ銭なら行ったことあるけど、こんな感じだったよ」
「銭湯に行ったことがあるのに、なんで湯船に先に入るのよ!」
「えーだって本物の温泉だから、つい興奮しちゃって」
いやー、スーパー銭湯だって本物の温泉って聞いたけどな……。
体と髪を洗い終わった私たちは、タオルで髪を止めてゆっくりと湯船につかる。
「あっつーい! それに臭い!」
「あはは、温泉が臭いのはしょうがないよー」
湯船に肩までつかると、ふわっと檜の香りが漂ってきた。
温泉の匂いと木の香りが混じり合い、静かな夜の空気を楽しみながら周囲を見回してみる。
高い木製の壁で仕切られた空間、天井はなく空が見えていて、不思議な解放感があった。
夜空を見上げて星を見つめていると、
「マスター! そっちはどんな感じー?!」
男湯の方からマスターの声が返ってくる。
「あまり大きな声は出さないで!」
私はきょとんとして
「ねぇ、大声を出しちゃいけないの?」
「若い女子が居るってわかったら、変なのが寄ってくるかもしれないでしょ。
周囲に民家がなくても、静かにしておいた方が良いわよ」
なるほど、防犯上の都合なのか。
のんびりとお湯を楽しんでいて、ふと疑問が頭をよぎった。
「あれ? 二人ともマスターの声は聞こえたんだっけ?」
「今の注意されたことでしょ? 聞こえたけど?」
「でも二人とも、今はお守り持ってないよね」
「そういえば不思議ね。
お守りが無いと、マスターの声が聞こえないはずなのに」
男湯の方からマスターの声が聞こえる。
「
「……なんで私たちの会話がわかったのかしら。
聞こえる大きさで話してた?」
私は「あはは……」と笑いながら告げる。
「マスター、私たちの心が読めるみたいだからね。
――ほら、健二さんの心も読んでたでしょ。
このくらいの距離なら、私たちの考えてることがわかるんじゃない?」
「なにそれ?! 本当なの?!」
「
――ちゃんと、『私たちのプライバシーは守ってくれる』って。
『隠したいと思うことは読まない』って言ってたよ」
「あはは……やっぱり神様なんだねぇ。
あんなにかっこいいお兄さんなのに神様かぁ。
もったいないなぁ。彼氏にできたら、友達に自慢できるのに」
「私は高校生の間、あの美貌を楽しめればそれで満足よ。
卒業後にあの喫茶店に就職できたら、もっと楽しいでしょうけどね」
就職か……。
「
「あら、
高一の四月から大学を目指して勉強してるのに」
「いやー、それを言われると……。
実はまだ、具体的な大学も決めてないんだよね。
だから就職も『その時選べる一番条件がいいところ』ってイメージしかないかな」
「いっそ、三人であの喫茶店に就職できたらいいかもね。
大学に通いながらバイトして、大学を出たらあそこに就職するの。
そしたらいつまでもマスターと一緒だよ」
いつまでも一緒、かぁ。
そんな道も、ありなのかなぁ。
私は宝くじが当たって、進学費用の問題が無くなった。
だから今バイトしてるのも、『ただ仕事が楽しいから』だ。
そのまま職業にできたら、きっと人生が楽しくなるだろう。
私は数年後の自分を思い浮かべながら、湯船を見つめて思いを馳せた。
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