第31話

 部屋は洋室のフローリングでベッドが四つ。


 大きな窓の外には木製のバルコニーが見える。


 早苗さなえが窓際のベッドに飛び乗って声を上げる。


「私このベッドー!」


 歩美あゆみは廊下側を選んで座った。


「じゃあ私はここね。

 朝陽あさひはどっちにする?」


「んー、じゃあ私も窓際にしようかな」


 荷物をベッドサイドに置き、ベッドに腰かけて息をついた。


「……きちゃったねぇ、辰霧たつぎり


 観光名所のひとつ、葛城湖の湖畔とか、一等地じゃないのかな。


 そんなところに五つもコテージがあるのか。


 早苗さなえが私に告げる。


「近くに別の人のコテージもあるから、間違えないようにって言ってたよ」


「あ、はーい」


 さすがに周辺を買い占めたりはしてないのか。


 まぁそりゃそうだよね。


 歩美あゆみが立ち上がって窓際に行き、外を眺めていた。


「まだ明るいわね。ちょっとバルコニーに出てみましょうよ」


 カラカラと窓を開け、さっさと一人で外に出てしまった。


「ちょ?! 抜け駆けはずるくない?!」


 私と早苗さなえも、歩美あゆみの後を追いかけてバルコニーに出る。


 冷たい空気が頬を撫で、夕焼けが湖面を照らしていた。


 遠くに見える山も赤く染まって、『旅行に来たなー!』と実感する。


 早苗さなえが湖を見ながら告げる。


「ここって霧が出るんだっけ?」


 歩美あゆみがうなずいて応える。


「早朝には出ることもあるみたいよ」


 ほー、霧かー。


 見たことないんだよなぁ。


 ふと湖畔を見ると、誰かがこちらを見上げているみたいだ。


 すらっと背が高くて、髪の毛が長い……男性?


 紫色の髪をしたその人は、じーっとこちらを見つめている気がした。


 うーん、何で見てるんだろう?


 背後で扉をノックする音が聞こえた。


朝陽あさひさん、早苗さなえさん、歩美あゆみさん。入っても大丈夫かな」


 マスターの声だ。


 私は振り返って部屋に戻り、扉を開ける。


「どうしたんですか?」


「孝弘がコテージ内を案内するって。

 一緒に見て回ろう」


 私はバルコニーに向かって声を上げる。


早苗さなえー! 歩美あゆみー!」


 二人もこちらに振り返り、バルコニーから部屋に戻った。





****


 孝弘さんは一階から案内をしてくれた。


 少し大きめのダイニングキッチン、フローリングのリビング。洗面台やトイレにお風呂。


「これって今回使うんですか?」


「ほとんど使わねーだろうな。

 温泉に行くのが面倒ならここで風呂に入っても良いけど。

 キッチンで料理がしたければ、街で買い出しして来ないとな」


 なるほど、今回は外食で済ませるつもりなのか。


 となると朝、顔を洗う時に洗面台を使うくらいかな。


 二階は客室が他にもあるらしいけど、今回は鍵がかかってるそうだ。


 スマホを見る――まだ午後四時半。


「ちょっと外を見て来てもいいですか?」


 孝弘さんが「ん?」と応える。


「どこに行くつもりだ? もうじき集合時刻だぞ」


「ちょっと湖畔に行ってみようかなって」


 早苗さなえが「あ、私も行く!」と告げた。


 歩美あゆみは「私はリビングにいるわ」と応えた。


 マスターが私に告げる。


「じゃあ僕が付いて行こう。

 孝弘は歩美あゆみさんと一緒にいてあげて」



 私たちは二手に分かれて、エントランスから外に出た。





****


 湖のほとりまで歩きながら、さっき見かけた背の高い男性を探してみる――見当たらないか。


 誰だったんだろうな。


 早苗さなえが水際まで近寄って興奮していた。


「わー、湖も波があるんだね!」


 マスターがクスリと笑った。


「そりゃああるさ。波は海だけのものじゃないからね」


 小さな波が、ほとりでちゃぷちゃぷと音を立てていた。


 私も早苗さなえの背中から波を観察する。


「海より可愛らしい波ですね」


「水面の大きさが影響するからね。

 ここぐらい大きな湖でも、このぐらいが限界だよ」


 ふと視線を感じて振り返る――誰もいない?


「どうしたの? 朝陽あさひさん」


「……いえ、なんでもないです」


 遠くから孝弘さんの声が聞こえる。


「そろそろ集合だぞー!」


 マスターが孝弘さんに大きく手を振った。


「――朝陽あさひさん、早苗さなえさん、戻ろうか」


 私たちはうなずくと、マスターと一緒にコテージに戻った。





****


 コテージ前に全員が集合し、浜崎のお爺さんが告げる。


「では、それぞれ別れて車で街まで移動しよう。

 だいたい三十分ぐらいで目的地だ」


 浜崎のお爺さんと秘書さん、お母さんが一台のリムジンに乗った。


 私たちは五人で一台のリムジンに乗りこむ。


 私は思わずつぶやく。


「え、旅行先でもリムジンで移動なの?」


 孝弘さんが楽しそうに応える。


「なんだ? 歩きたいのか?

 徒歩だと二時間近く歩くぞ?」


「いやいやいや! そうじゃなくて!」


「晩飯ぐらい、豪勢なものを食べたいだろ。

 朝飯は近くのホテルに発注してある。

 昼飯は近くの店に適当に入るんじゃねーかな」


 ――これは、確実に太る?!


 早苗さなえ歩美あゆみも、手が密かにお腹に回っていた。


 私たちはまだ見ぬカロリーに怯えながら、車に揺られていた。





****


 辿り着いた先は、和食のお店みたいだった。


 浜崎のお爺さんが先に行き、「予約していた浜崎だが」と伝えると、店員さんが個室へと案内してくれる。


 お座敷に上がった私は座りながらテーブルの上のメニューを眺めてみた。


「……湯葉料理?」


 浜崎のお爺さんが楽し気に告げる。


「カロリーが気になるのだろう?

 儂ももう、こってりしたものは食えなくなってきてる。

 ここは豆腐料理や湯葉が名物だ。

 刺身も美味いぞ?」


 店員さんがやってきて、次々と料理を運び込んでくる。


 冷ややっこに湯葉の刺身、マグロの山掛け、あげ豆腐などなど。


 ――これは、神の恵みローカロリー


 浜崎のお爺さんが告げる。


「それじゃあ、頂くとするか」


「いっただっきまーす!」


 パキリと割り箸を割って、湯葉を口に含む。


 んー! とろける!


 お出汁が効いてて美味しい!


 パクパクとお箸が進んで行く。


 ふと横を見ると、マスターは静かにお茶だけを飲んでいた。


 料理に手を付けるどころか、お箸さえ触れていない。


「あー、マスターは食べないんでしたっけ」


「食べる振りはできるけど、意味がないからね。

 ――孝弘、お前がこれを食べてくれないか」


「あいよ」


 すでに食べ終わってしまった孝弘さんが、自分のお盆とマスターのお盆を交換した。


 もっしゃもっしゃ食べてるけど……いくらほとんど大豆でも、二人分は高カロリーでは?


 浜崎のお爺さんはお母さんとお酒を味わってるみたいだった。


 孝弘さんが軽く舌打ちをする。


「チッ! クソ爺たちだけ酒飲んで、ずるいぞ!」


「お前は朝陽あさひさんたちの面倒があるだろうが。

 酔っぱらって面倒を見れると思っとるのか」


「はいはいそうですね! チッ!」


 すねた孝弘さんは、ふたたびもっしゃもっしゃと豆腐料理をかき込んでいた。


 マスターがクスリと笑う。


「別に、孝弘もお酒を飲んで構わないぞ?

 ――ただし、酔っぱらったら置いて行くけどな」


小金井こがねいさーん! そりゃないよー!」


 軽い笑いが起こったあと、浜崎のお爺さんが孝弘さんに告げる。


「仕方のない奴だな、じゃあお前もついてこい。

 これから伊勢佐木いせざきさんと、料亭で飲み直す。

 ――辰巳たつみ、あとは任せて構わないな?」


 マスターがニコリと微笑んだ。


「ああ、大丈夫。任せておけ源三」



 食べ終わった私たちは、お酒を飲みに行く大人と、私たち子供で別れて別行動することになった。


 リムジンに乗りこんだ私たちは、一足先にコテージへと戻った。

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