第31話
部屋は洋室のフローリングでベッドが四つ。
大きな窓の外には木製のバルコニーが見える。
「私このベッドー!」
「じゃあ私はここね。
「んー、じゃあ私も窓際にしようかな」
荷物をベッドサイドに置き、ベッドに腰かけて息をついた。
「……きちゃったねぇ、
観光名所のひとつ、葛城湖の湖畔とか、一等地じゃないのかな。
そんなところに五つもコテージがあるのか。
「近くに別の人のコテージもあるから、間違えないようにって言ってたよ」
「あ、はーい」
さすがに周辺を買い占めたりはしてないのか。
まぁそりゃそうだよね。
「まだ明るいわね。ちょっとバルコニーに出てみましょうよ」
カラカラと窓を開け、さっさと一人で外に出てしまった。
「ちょ?! 抜け駆けはずるくない?!」
私と
冷たい空気が頬を撫で、夕焼けが湖面を照らしていた。
遠くに見える山も赤く染まって、『旅行に来たなー!』と実感する。
「ここって霧が出るんだっけ?」
「早朝には出ることもあるみたいよ」
ほー、霧かー。
見たことないんだよなぁ。
ふと湖畔を見ると、誰かがこちらを見上げているみたいだ。
すらっと背が高くて、髪の毛が長い……男性?
紫色の髪をしたその人は、じーっとこちらを見つめている気がした。
うーん、何で見てるんだろう?
背後で扉をノックする音が聞こえた。
「
マスターの声だ。
私は振り返って部屋に戻り、扉を開ける。
「どうしたんですか?」
「孝弘がコテージ内を案内するって。
一緒に見て回ろう」
私はバルコニーに向かって声を上げる。
「
二人もこちらに振り返り、バルコニーから部屋に戻った。
****
孝弘さんは一階から案内をしてくれた。
少し大きめのダイニングキッチン、フローリングのリビング。洗面台やトイレにお風呂。
「これって今回使うんですか?」
「ほとんど使わねーだろうな。
温泉に行くのが面倒ならここで風呂に入っても良いけど。
キッチンで料理がしたければ、街で買い出しして来ないとな」
なるほど、今回は外食で済ませるつもりなのか。
となると朝、顔を洗う時に洗面台を使うくらいかな。
二階は客室が他にもあるらしいけど、今回は鍵がかかってるそうだ。
スマホを見る――まだ午後四時半。
「ちょっと外を見て来てもいいですか?」
孝弘さんが「ん?」と応える。
「どこに行くつもりだ? もうじき集合時刻だぞ」
「ちょっと湖畔に行ってみようかなって」
マスターが私に告げる。
「じゃあ僕が付いて行こう。
孝弘は
私たちは二手に分かれて、エントランスから外に出た。
****
湖のほとりまで歩きながら、さっき見かけた背の高い男性を探してみる――見当たらないか。
誰だったんだろうな。
「わー、湖も波があるんだね!」
マスターがクスリと笑った。
「そりゃああるさ。波は海だけのものじゃないからね」
小さな波が、ほとりでちゃぷちゃぷと音を立てていた。
私も
「海より可愛らしい波ですね」
「水面の大きさが影響するからね。
ここぐらい大きな湖でも、このぐらいが限界だよ」
ふと視線を感じて振り返る――誰もいない?
「どうしたの?
「……いえ、なんでもないです」
遠くから孝弘さんの声が聞こえる。
「そろそろ集合だぞー!」
マスターが孝弘さんに大きく手を振った。
「――
私たちはうなずくと、マスターと一緒にコテージに戻った。
****
コテージ前に全員が集合し、浜崎のお爺さんが告げる。
「では、それぞれ別れて車で街まで移動しよう。
だいたい三十分ぐらいで目的地だ」
浜崎のお爺さんと秘書さん、お母さんが一台のリムジンに乗った。
私たちは五人で一台のリムジンに乗りこむ。
私は思わずつぶやく。
「え、旅行先でもリムジンで移動なの?」
孝弘さんが楽しそうに応える。
「なんだ? 歩きたいのか?
徒歩だと二時間近く歩くぞ?」
「いやいやいや! そうじゃなくて!」
「晩飯ぐらい、豪勢なものを食べたいだろ。
朝飯は近くのホテルに発注してある。
昼飯は近くの店に適当に入るんじゃねーかな」
――これは、確実に太る?!
私たちはまだ見ぬ
****
辿り着いた先は、和食のお店みたいだった。
浜崎のお爺さんが先に行き、「予約していた浜崎だが」と伝えると、店員さんが個室へと案内してくれる。
お座敷に上がった私は座りながらテーブルの上のメニューを眺めてみた。
「……湯葉料理?」
浜崎のお爺さんが楽し気に告げる。
「カロリーが気になるのだろう?
儂ももう、こってりしたものは食えなくなってきてる。
ここは豆腐料理や湯葉が名物だ。
刺身も美味いぞ?」
店員さんがやってきて、次々と料理を運び込んでくる。
冷ややっこに湯葉の刺身、マグロの山掛け、あげ豆腐などなど。
――これは、
浜崎のお爺さんが告げる。
「それじゃあ、頂くとするか」
「いっただっきまーす!」
パキリと割り箸を割って、湯葉を口に含む。
んー! とろける!
お出汁が効いてて美味しい!
パクパクとお箸が進んで行く。
ふと横を見ると、マスターは静かにお茶だけを飲んでいた。
料理に手を付けるどころか、お箸さえ触れていない。
「あー、マスターは食べないんでしたっけ」
「食べる振りはできるけど、意味がないからね。
――孝弘、お前がこれを食べてくれないか」
「あいよ」
すでに食べ終わってしまった孝弘さんが、自分のお盆とマスターのお盆を交換した。
もっしゃもっしゃ食べてるけど……いくらほとんど大豆でも、二人分は高カロリーでは?
浜崎のお爺さんはお母さんとお酒を味わってるみたいだった。
孝弘さんが軽く舌打ちをする。
「チッ! クソ爺たちだけ酒飲んで、ずるいぞ!」
「お前は
酔っぱらって面倒を見れると思っとるのか」
「はいはいそうですね! チッ!」
すねた孝弘さんは、ふたたびもっしゃもっしゃと豆腐料理をかき込んでいた。
マスターがクスリと笑う。
「別に、孝弘もお酒を飲んで構わないぞ?
――ただし、酔っぱらったら置いて行くけどな」
「
軽い笑いが起こったあと、浜崎のお爺さんが孝弘さんに告げる。
「仕方のない奴だな、じゃあお前もついてこい。
これから
――
マスターがニコリと微笑んだ。
「ああ、大丈夫。任せておけ源三」
食べ終わった私たちは、お酒を飲みに行く大人と、私たち子供で別れて別行動することになった。
リムジンに乗りこんだ私たちは、一足先にコテージへと戻った。
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