屋敷のお庭に植えられた一本の桜。
「彼女」には意思があり、お家にやってくる人間たちを優しく見守っています。これだけでもほっこりするお話なのですが、あくまでも彼女は樹。感情は豊かでも動けず喋れず、ただただ黙すだけの存在です。
しかしそんな彼女の意思を汲み取ってくれる優しき男性が現れた瞬間、彼女――いえ、「小百合」の毎日が色づいていくのです。
病弱ながらやさしい男性と小百合。しかし運命や時代が、穏やかな時を無情に奪っていきます。
それでもただそこに在り続けるしかない一本の桜。彼女の長い長い運命の果てには……?
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短編とは思えないあらすじ紹介になりましたが、本当です。寿命の長い桜の樹である主人公に合わせて綴られるこの美しいお話から得られる満足感は、まるで1冊の文庫本を読み終わったかのよう。はあ……ええもん読んだ……////としみじみ感じ入ること間違いなしです。
動けない植物でありながら、上品で可愛らしい「小百合」の感情表現はお見事。それゆえに、優しい彼女の視点で語られる人間の儚さや歴史のやるせなさが心に刺さります。しかしそういう辛さに耐えてこその……おっと、この続きを話すわけにはいきませんね。
耐えて信じ抜く愛の強さ、美しさに惚れ惚れとしてしまう素晴らしいお話。
読めばきっと、今年の桜が違う姿に見えてくるはずです。
時間というものは流れゆく。ある一本の桜の樹が、その流れを見つめていた。
激動の時代といえば、その通りなのだろう。その中で考えればほんの少し、それでも桜と人とが心を通わせた。
人の世はうつろう。人は去る。けれど変わらないものもある。
人と桜であるのだから、そこに名前をつけることは無粋なのかもしれない。けれどこれは愛にも恋にも似た、そういうものなのだろうと思う。
そしてそれはきっと、奇跡のような実を結ぶ。
流れてゆき、ゆきて戻る。その最後にたどり着き、「ああ、美しいな」と、そんなことを思ったりした。
あなたは、どのような名前をつけるだろう。もちろんつけることが無粋ならば、名前のないままでも構わない。
ただこの美しい一遍の御伽噺を堪能して貰いたいものである。
ぜひ、ご一読ください。