第18話:家事だ! いや火事だ!!!
結論から言うと、我が家は無事でした。
何が問題かというと、火事があったのが目と鼻の先のお向かいさんのその向こうだったということだ。
わたくしは何もとらずに猫とモンプチバッグをケージに入れて外へ。
公園に行っても、小中学生のやじうまに遭うだけ。
あたりはどんどん冷えていくだろう。
凍るくらいなら、助けを求めていいんじゃないか? わたくしはコミュニティハウスへのがれた。
◆◇◆
近所で男の子の叫び声が聞こえた。
複数名だ。
女子だったら発さない言葉を使っていたような気がする。
さああ……と小雨のような音。
雨ならば洗濯物をこまなくては、と思いベランダへ身を乗り出したけれど雨ではない。
はて。
ボンッと音がした。
間をそうおかず、何回も爆発音がしたように思う。
ご飯を時間通りに摂ろうと思って、和室に皿を移動させていたら、障子が開いていてなにかの破片が降ってる。
窓に近づいたら、オレンジの炎が天を突くように、めらめらと燃え盛っていた。
窓を開けると、道路を人が行き来し、危機は遠いように思えた。
そしてわたくしはその人たちに叫んだ。
「消防車は呼ばれましたか!?」
彼らは、マンションの外階段を使い、中に誰かいないか確認作業をしていました。
モナカの皮のような白っぽい灰が手元まで飛んでくるので、とても対岸の火事とは思えず、でもまだやれることはあるのではないか? 思い雨戸を閉めて回り、洗濯物を取り込み、モンプチバッグを手に持って一階へ駆けおり、猫のケージを玄関に出し、猫のいる部屋へ行って座布団をとってきて、ケージにいれました。
猫はそろりと二階へあがって行ってしまったので、名を必死で呼んでつかまえて、モンプチバッグと座布団の入ったケージへ入れたのでした。
猫は一日部屋でくつろいでいたせいか、ポーッとしており、おとなしくしていました。
もし、家が燃えてしまったら、避難生活を余儀なくされます。
そのとき、猫が犠牲になることだけは避けなければ。
エサはある。
クッション材も入れた。
寒さ除けの毛布もかけた。
さあ! 外へ逃げるんだ!!!
そのとき、わたくしはスマホを持ち出すとか、お金やカードをカバンにいれるとか、家に鍵をかけるとか、一切しませんでした。
この子を無事に避難させなければ、とそれだけ。
◆◇◆
「近くで火事があったんです」
というと、「知ってます」という反応。
「猫と一緒ですが、かごに入れているので中にいさせてくださいませんか」
コミュニティハウスへ入ると、日ごろわたくしを見かけていたという職員さんが承諾してくれました。
イスにかけ、猫のケージを床に置くと、机の上においてもいいですよと女の方が。
でも。
そこまで甘えてはいけない。
断わって、息が整うのを震えながら待ちました。
「だいじょうぶだからね」
と猫に声をかけて中をのぞきこむと、猫はどっしりとこちらを見ていました。
安心しました。
お騒がせするには値しないと。
しばらくしてコミュニティハウスにも、避難者が来るかもしれないという話題になった。
男の職員さんが仰るには、まだ小学校の体育館は開いていない、と言う事でした。
カーテンが引かれ、「今日は6時過ぎても開けておこうか」という声に、あ、ここは6時までなんだと悟りました。
外はもう暗くなっていたのですが、家に帰ろうと思いました。
でも、猫を連れてはいけません。
女の職員さんに付き添われて、KEEP OUTの黄色い規制線をくぐり、家まで行きました。
だいじょうぶ、燃えてない。
スマホとカバンをとってきて、母に伝言を書けばいい。
規制線のおかげで母の車は車庫入りできないのがわかっていましたから、空の駐車場には納得し、赤ペンで伝言を書き、そのOA用紙をポストに入れました。
しかし、その時、母はとっくに家の中をのぞいて、近くの公園まで移動、待機してました。
そうとは知らず、懐中電灯の灯りを頼りにコミュニティハウスへ戻ったわたくし。
紺色の制服みたいな女の人が眼鏡越しに、「ミニバスですが」と言って入ってきました。
どうやら、小学校にミニバスを入れるらしいけれど、北門が開かないので給食室の横の東門から、ということでした。
◆◇◆
なれないスマホに四苦八苦して、母に連絡を入れようとしたのに、通話中で3回とも通じませんでした。
まあ、通話中なら生きているんだろうと安心し。
メールも入れたけれど、あとで聞いたら母は気づいていませんでした。
4回目でやっと通じたのでコミュニティハウスにいる旨を告げたら、公園前にいるから来いと言われてでて行くことに。
職員さんにお名前を聞いて、お礼を言うと「おかしは持っていってね」と。
お茶とおかしをふるまってくれていたんです。
改めてお礼を述べて、女性職員さんに付き添ってもらってケージを持ちました。
途中、人かげが見えたので、母かな? 見えないけれど、そうだろう。
思って「お母さん!」と迷わず声をかけました。
母でした。
職員さんにはよくよくお礼を述べ、ずっしりとしたケージを持って規制線をくぐりました。
車は駐車ランプを点滅させていましたけど、正面には真っ黒な高級車が停まっています。
こうなると、車の車種とか、値段とか関係ありません。
みんな被害者です。
大なり小なり、怖い思いをした仲間でしょう。
わたくしは、母の話を聞いて、母にあげたはずのおかしを口に入れ、またどしっとしたケージを抱えて家に。
車は公園前に置き去り。
しかたないですもんね。
消防士さんがホースを撤去し始めたので、鎮火したのでしょう。
蛍光色のラインの入った、銀色の消防服の方々がぞろぞろと引き取っていく。
「お世話様です。ありがとうございます」
と半ば叫ぶようにくり返しながら家へ入りました。
玄関に入りながら、震えが止まらなかった。
あたりは、焼け焦げた匂いと、冷えた空気がわだかまっていました。
家の中は無事。
臭いもしない。
猫も、のんびりケージから出てきます。
帰ってきたんだ……
母の話によると、叔母さんが火事のニュースを見て、即、連絡してきたそうです。
それを受けて母は、妹のところと父のところへ連絡を入れ、無事を伝えて。
でも、一回家へ行って中を見てきたのでわたくしのことは、たぶんコミュニティハウスにいるのだろうと思って後回しにしたそうです。
正解ですが、ちょっと寂しい想いをした長女でした。
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