荒地抜け 枯葉にまみれ 季節越ゆ

荒れ地そばの水源すいげん人影ひとかげ複数ふくすう、見て取れた。


あたりに集落しゅうらくはないし、人間がいるには不自然な環境だ。


とするとおそらく"アレ"である。


「……も、もしかして」


距離をめると少年はギョッとした。


そこに居たのはズタボロの服を着たゾンビだったからである。


あんじょう、予感は的中てきちゅうした。


勝てる勝てないはともかく、ファイセルはゾンビが大嫌だいきらいだった。


連中れんちゅうは集まって池の水を飲んでいる。


水源すいげんからは異臭いしゅうがし、明らかに邪悪じゃあくなオーラを放っていた。


「げーっ……ゾンビじゃないか!! イヤだなぁ……。逃げたい……。」


ファイセルは眉間みけんをくしゃくしゃにして嫌悪感けんおかんを隠さなかった。


彼は細目になり、不死者アンデッドから注目ををそらした。


3人の動く死体は一斉いっせいに立ち上がってきた。


「おまえ……水、ずぁまずる。ゆづさなィ……」


「ニク……ニィグ……ィきだニンゲン」


「イキタァイ……シぢだクナイ……」


ファイセルは思わずあとずさった。


不死者アンデッドたちはむらさきがかった肌の色をしていた。


全身がくさっており、悪臭あくしゅうを放ちながら腕をだらりと下げている。


動きは緩慢かんまんで、足を引きずってこちらに、にじりよってきていた。


頭には毛がまばらに残り、眼球がんきゅうれ下がった者も居る。


他の死人も目が白濁はくだくしていたり、視点の焦点しょうてんがさだまらなかったりしている。


目玉がグリグリ動いていたり、既に眼球がんきゅうが無かったりとその様子はまるで”個性こせい”のようだった。


ゾンビ達にはわずかしか知能ちのうが残っていない。


しかし、引っかかれたりまれたりすればどく感染かんせんする。


そして、新たなゾンビを増やしながら増殖ぞうしょくする。


きやパンチなども強力で、大人を撲殺ぼくさつするのも彼らにとっては難しくはない。


更に再生力さいせいりょくとタフさは尋常じんじょうではない。


よって強力な攻撃や聖属性せいぞくせいの攻撃が使えないと簡単には倒すことは出来ない。


なにかとあなどられがちなモンスターだが、正面から当たると強い部類に入る。


「まずいな……リューンで仕留めるなら腐肉ふにくをバラバラにする気で戦わないとならない」


するとリーネが声をかけた。


「私を池にらして、チェックが終わるまで逃げ回ればいんじゃないですか? そんなに時間はかかりませんから大丈夫だと思います」


「げえええぇぇ〜〜。勘弁かんべんしてよぉ……」


少年は素早すばやく池に妖精フェアリーらした。


ゾンビは足を引きずりながら近寄ってくるが、走れば余裕よゆうくことが出来そうだ。


「うわぁ……相変わらずにおいはキッツいし、気持ち悪いしイヤだなぁ……」


顔をしかめながら、ファイセルは池の周りを走った。


いやなものに追われていたので、少年は黒髪が汗で湿しめった。


のろまな不死者アンデッドは追いかけてくる。


「おぼっ、おぼぼぉ」


くさった死体はさんいた。


かなり飛距離ひきょりがあり、ファイセルは飛び退いてかわした。


「うわっ!! あぶなっ!!」


そのままゾンビを引き付けながら池の周りを3周くらい回った頃、リーネがビンに戻ってきた。


「お待たせしました。中部に入ってからこの手の水が多いですね。きっとこういう水源すいげんからの雨が森を削り、を作る元凶げんきょうなんでしょう」


「そんな分析ぶんせきはいいから!! ささっ!! 早く逃げるよ!!」


ファイセルは脱兎だっとのごとく、その場を離脱りだつした。


言われてみればゾンビも池の水を飲んでいたからか、肉体の損傷そんしょうが激しかった。


体のあちこちがただれて溶けていたし。


いてきたさんも池の成分が関係しているのだろう。


少年たちはチェックを終えると一直線いっちょくせんけ抜けた。


途中の村で軽く昼食を取り、夜まで水質チェックを続けた。


更に南下して次の村の宿に泊まった。


宿でリーネとあれこれ話した。


凶暴きょうぼう恐竜きょうりゅうに、モンスターが蔓延はびこる荒れ地、ゾンビのいる水源すいげん。こりゃ魔法局まほうきょくの人が助けを求めるのもわかる気がするよ。南のラーグりょうはなんにもないけど、豊かな農産物のうさんぶつ治安ちあんの良さは別格べっかくだからね」


リーネが感慨深かんがいぶかそうに瞳を閉じた。


「ああ……すごく懐かしい感じですね。故郷こきょうの湖が近づいてくるの感じますよ。まぁ懐かしいと行ってもまだ半月も経ってないのですけれどね」


「今日でミナレートから旅立って10日目くらいかぁ。あと数日で故郷こきょうのシリルに着くよ。それにしても水源すいげんに寄り道したり、リーネが休眠きゅうみんしてた割にはタイムロスがなかったなぁ。すごく順調じゅんちょうだよ」


少年は前の冒険ぼうけんの苦労を思い出しているようだった。


だが、すぐに笑顔に戻った。手応えがあったのだろう。


「ん〜、でも今回は時間をゆるす限り歩いても足がいたいってことはなかったし。思わぬ能力が成長してるのかもね」


「スタミナが成長したんですか?」


ファイセルはかたすくめた。


「いやいや。僕のチームの女の子には絶対、かなわないよ。彼女が全力疾走ぜんりょくしっそうしたらモンスターを振りきって、ノンストップでシリルまで走り抜けられると思うよ」


リーネは目を見開みひらいて驚いた。


そして水面をパチャパチャねる。


「リジャントブイルは水道すいどうしか知らなかったので、どんな人達が通ってるのか知りませんでした。ファイセルさんの能力にも驚いていたのに……」


少年はワシャワシャと後頭部こうとうぶいた。


そして苦笑いを浮かべた。


「僕なんかで驚いてなんかいたらコロシアム見て心臓しんぞうが飛び出ると思うよ。あ、リーネには心臓しんぞうはないか」


妖精フェアリー複雑ふくざつそうな顔を浮かべて手を胸に当てた。


「それがですね、最近になって私も鼓動こどうみたいなものを感じるんです。確かにドキドキするんです」


まさかの変化に今度はファイセルが驚いた。


フェアリーは時に人間に近づくことがあると聞いたことがある。


彼女はだいたい少年のそばにいるので、その影響をうけているのかもしれない。


立派りっぱに成長しているね!!」


まじまじと彼女を見つめる限りは、特に外観に変化は無いようだ。


だが、彼女は人体に潜ったので、そういった変化をげても何ら不思議ふしぎはない。


「お互い、この調子でがんばっていこうね!!」


「はい!!」


2人はまた一層、冒険ぼうけんの意志を固めて眠りについた。


翌朝、2人は一面が美しく紅葉こうようしたれ葉の森、''スラジュの森''を抜けていた。


「ここがラーグりょうとの境目さかいめだよ。この森さえければあとは一気にあたたかくなって行くはずだから、旅が楽になるね」


ファイセルのく息は白く、この旅で一番の寒さを迎えていた。


この森は気候きこうの中間地点にあり、例外的れいがいてき晩年紅葉ばんねんこうようが見られる秋が続く。


美しいスポットだが自力で訪れる観光客はほとんどいない。


モンスターがあちこちにひそむ危険な森であるからだ。


「あれ、落ち葉に見えるだろ? でも、あれ実はムシなんだ。皮膚ひふにくっつくと吸血きゅうけつされちゃうんだよ。落ち葉のまりはけなきゃなのさ」


この辺りは水分不足の土地だ。


チェックする水源も無いので、寄り道せずに街道沿かいどうぞいに歩いて行く。


道すがらを行くと子供の泣き声が聞こえてきた。


「え~んえ~ん……グズッ……え~んえ~ん」


妖精ようせいは全く歩みをゆるめない少年を呼び止めた。


「ちょっと、ちょっとファイセルさん! 小さい子の泣き声がしますよ。様子を見に行かないんですか?」


「うわ~ん!! え~んえ~ん!!」


そのまますたすたと歩いて行くと一層いっそう、泣き声が大きくなった。


ファイセルは歩きながらしゃべった。


「あれは本物の子供じゃないんだ。”デコイ・アングラー”っていってね。触角しょっかくの先に人間の子供によく似た疑似餌ぎじえをぶら下げてるんだ。普段はれ葉の下に隠れひそんでるんだ」


落ち葉の上の子供と距離をとって進んでいく。


「人間の子供ソックリな鳴き声をあげて、近づいた獲物えものをパクリと食べるという恐ろしいモンスターさ。同情心どうじょうきんに負けてうっかり近づいたら終わりだよ」


妖精フェアリーは黙り込んで自分の無知むちじているようだった。


すぐにファイセルは彼女をフォローした。


「気にすることはないよ。誰だって初めは知らないもん。まぁ知らないままだとあたい目をみるんだけとね。冒険の基本はこまめな情報収集じょうほうしゅうしゅう。これ鉄則てっそくね!! さぁ、ラーグりょうに入るよ!!」


紅葉こうようの森が、ある地点をさかいに緑の森へと変わる。


その明るい紅葉こうようから緑茂みどりしげる暗い森へとうつるコントラストはとても美しかった。


しばらく歩くと早くも気候が変わり始めた。


さきほどまで白い息をいていたのが嘘のようにあたたかく、春の陽気ようきの様になった。


ファイルは思わずマントを脱いだ。


「ラーグは一年中、春の気候なんだ。季節が無いのを寂しがる人もいるけど、今まで通ってきた旅路たびじを見れば暑くも寒くもないってのがいかに恵まれてるかって話だよね」


ファイセルはまるで庭のように森の中を進んだ。


「みんなミナレートの気候にあこがれるね。でもあそこまで気候をコントロールするには都市の魔力技術まりょくぎじゅつが高く無いといけない。そんじょそこらの村や街は過ごしにくくても我慢がまんするしか無いんだけどね」


歩きながら久しぶりに感じる故郷こきょうの空気を味わう。


むせ返るような緑のにおいが彼らを出迎えた。


森の真ん中にも関わらず、モンスターの気配がほとんどしない。


今までの中央部がいかに不毛ふもうな土地だったかを思い知らされた。


「ファイセルさん、嬉しそうですね?」


ニコッっと笑いながら少年は返した。


「ああ、久しぶりの帰郷ききょうだしね。ここらへんは安全だからそりゃ気も楽になるよ。リーネだって師匠せんせいに会うのは久しぶりだろ?良い報告ほうこくができるんじゃない?」


リーネはれくさそうに髪の毛をいじりながら、モジモジとした仕草しぐさをしている。


こういうところはもうすっかり人間の女の子である。


2人はすっかりリラックスして、木漏こものさす街道を歩いていった。


水源チェックもどどこおりなく進んだ。


このあたりの水はオルバの管理下かんりかにあるためか、飲用いんようてきしたきよ水源すいげんが多かった。


オルバが成分調整せいぶんちょうせいした雲をラーグ領内りょうないに飛ばし、その雨が大地や池、川や沼をきよめているのだ。


街道沿かいどうぞいに流れているラグランデ川も美しさを更に増していた。


ファイセル達は着実ちゃくじつに歩みを進め、間もなく故郷のシリルへ到着しようとしていた。

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