闇に嗤う者、既に人に非ず

アイネ達はトーベこくの鉱山のある街に到着していた。


貧しいトーベ国の数少ない資源としてこの手の鉱山は重宝されている。


その裏には低賃金で危険な場所で働かざるを得ない住民の苦悩があるのだが。


今回は大規模な事故だったが故に国外の新聞にも載った。


しかし、小規模な崩落事故は誰にも注目されないという厳しい事情もある。


スヴェインが先行して鉱山に降りたち、生徒はチーム別に整列した。


教授は長い黒髪をかきあげ、ヘアバンドで止めた。彼は本気になると決まって髪を留める。


きりりとした目、整った鼻だち、すきとおるようなくちびるなどなかなかの美形である。


「よし各チーム、このポジショニング・ジェムを持ってくれ」


教授は光る小ぶりな宝石をリーダー達に配った。


これはレコーディング・ジェムと呼ばれるマジックアイテムで、念じると双方向の会話が可能だ。


ただし、スヴェインの魔力があってこそ使えるもので、彼が居ないと交信はできない。


学院生は急ごしらえの対策本部に合流した。


そしてスヴェインは机に鉱山の見取り図を広げた。


彼がダウジング・ペンデュラムを垂らすとそれは鉱山入口付近を指した。


「これで君らの場所がわかる。ジェムに向かってこまめに状況報告をするように頼む。君らの位置を確認しつつ、ふさがっている道や、崩落しそうな地点を避けて下層に進んでいけるようにマークを出そう」


生徒たちは不安を浮かべつつも口元を引き締め、きりりとした。


こういった実習で傷を負うのは迷いによるものが多い。


ゆえにどれだけ困難なミッションでも達成する気で挑むのが原則だ。


教授はグッと拳を握ると、改めて編成されたチームに発破はっぱをかけた。


「いいな。訓練を思い出せ!! いつも通りにやれば恐れるに足らない!! 指示に従い、下層への侵入を試みてくれ!! では、各隊解散! 健闘けんとうを祈る!!」


そしてアイネ達はぽっかりと口を開けた坑道から進入した。


そこには漆黒しっこくの闇が広がっていた。


一行はランタンであたりを照らした。


しばらく歩いていくと国軍2名が警備にあたっていた。


剣で武装していて、ヘルメットにカーキの野戦服といった出で立ちだ。


腰にはパックが下げられている。おそらくそこに貴重品やレーションが入っているのだろう。


これは国軍の正式採用装備だ。


「ご苦労様ッス。この先はどんな感じッスかね?」


アンナベリーは柔和にゅうわな物腰で兵士に接した。


こういった場所ではちょっとした不信感がトラブルに繋がりかねない。


ましてや別の組織なのだから気を使うべきだ。


「ハッ。この近辺の怪我人などは救出しました。これより深い部分の安全が確保できない為、我々はここで警備を行っている次第であります」


チームリーダーは敬礼のポーズをとった。リンチェ、アイネもそれに続く。


「ご苦労様ッス。お二方も身に危険を感じたら逃げてくださいッス」


国軍2名は敬礼けいれいし、アンナベリー達を見送った。


その地点からかなり進んでも、一向に坑道が下に降りていく様子はない。


アンナベリーがジェムに話しかける。


「スヴェイン先生、下ってる気配がないッス。今、私等はどんな感じなんッスか?」


すぐにジェムからスヴェインの声が聞こえてきた。


音声はかなりクリアで距離もあるのに、ノイズが入らない。


さすがこの教授の通信技術といったところだろうか。


「もう少し進むと、なだらかな下り坂になるはずだ。そのルートはゆるやかな螺旋らせん構造のような道になっている。少し長く感じるかもしれんがそのまま直進してみてくれ」


「……2人とも聞いたッスね?この道は割と長……」


アンナベリーが急にしゃべるのをやめた。


くちひるに人差し指を当てる。


全員が坑道の闇の向こうに、何かがうごめくのを確認した。


目をらすと人影が近づいてきているように見える。


しかしどこかがおかしい。


人影の片手と片足は有り得ない方向にじれていた。


そして足を引きずりながらこちらへ近づいてくる。


3人は不死者アンデッド特有の嫌悪感を感じ取って身構えた。


「イダイ……ダズゲ……グハッ、ダズゲ……イタイイダイ、ゲハハハハハ!!」


狂ったように大声を上げて笑い出した。疑いは確信に変わる。


「リンチェさん!! 頼むッス!!」


彼女はフードをかぶると声掛けに応じて素早く矢を構えた。


「ラグバンだ!! クバンだぁぁ!! ニグェ、ニグェオロオロオ……」


リンチェは不気味に笑いながら近づいてくる人影に向けて矢の照準を合わせた。


安寧あんねいの女神たちよ。我が呼びかけに答え、生ける者にも死せる者にもその深い慈愛じひを与えたまえ!! ブレッシング・アロー!!」


矢がまばゆく銀色に発光しだした。


出来る限り引きつけてから撃とうと、彼女は弓を引き絞った。


「イダイ……アハハカナシィ、ゴフッ。イキルシナナイ……」


やがてその姿がはっきりと見えた。


やはりゾンビだ。


肌の色はむらさきがかっていて、体のあちこちに大きな傷がある。


無残な犠牲者ぎせいしゃの成れの果てだ。


その直後、矢はゾンビを貫き、坑道を銀色に照らしながら飛んで行った。


「ヴォヴォアー!! ヴォヴォヴォエアアッ!!」


ゾンビは転げまわって苦しんだが、絶叫すると動かなくなった。


「これなら多分、再生はしないッスね。リンチェさんバッチリッス!!」


アンナベリーが親指を立ててリンチェをめた。


められたほうの少女は照れくさそうに笑った。


3人は人間だったモノのわきを通り抜け、更に坑道の奥に進んでいった。


その場の全員が不死者アンデッドとの戦闘経験がある。


そのため、多少のことでは取り乱したりはしない。


それでも不気味だったり気持ち悪いという嫌悪感けんおかんは抑えられない。


彼らの放つ言葉には生きていた時のそれが強く現れる。


やるせなさを感ずにはいられなかった。


やがて、トロッコのレールを見つけた。レールは坑道沿いに続いている。


「こっち側にトロッコが無いってことは下層に残ってるかもしれないッスね。欲を言えばここから一気に下れればよかったんッスが……」


引き続き坑道を進むが、未だに平坦な道が続いている。


レールをまたぐようにしながら進んでいくとまた何か音がした。


ギィギィという金属同士の擦れるような鈍い音だ。


「2人共!! なぜかトロッコが迫ってくるッス!! 早く壁に張りつくッス!!」


アンナベリーは緊迫した顔で呼びかけた。


切迫した状況だったが、リーダーの冷静な号令にメンバーは応じた。


アイネとリンチェは素早くレールの軌道上から飛び退いて、坑道の岩壁に張り付いた。


一方のアンナベリーは素早く幅の広い大剣だいけんを抜いた。


その刃をトロッコの進路を塞ぐように構えた。


すぐにゴォーっと音を立て、トロッコがやってきた。


遠目に人影が見え、4人ほど乗っているように見えた。


チーム全員が先ほどと同じ嫌悪感けんおかんを感じ取った。


乗員が何やら叫びわめきながら高速で突っ込んでくる。


「ヒヒヒ……トロッコ、トロッグォ!! クルシイ、イタイイタイハヤイ!!」


「ヴァアアアアアーーーーーーッッ!!」


「ハラ、ヘル。クウニクタスゲ。ハ、ハヤ、ニゲニゲール、ダダズゲテ!!」


案の定、ゾンビしか乗っていないようだった。


「連中をこっから先を通すわけにはいかないッス!!」


上級生は美しい桃色の髪をなびかせて、思いっきり大剣だいけんを振りかぶった。


ランタンに浮かぶ少女のような幼い顔には余裕が見て取れた。


トロッコが目の前を横切る瞬間、フルスイングで大剣の刃をゾンビ達に直撃させた。


強烈な一太刀でゾンビ達は真っ二つに分断された。


そして下半身を乗せたトロッコは闇に消えた。




ゾンビ達は上半身だけになっても、なおもがき呻うめいていた。




「我が信ずるはルーンティアのみちびき。ゆえに我がうもまたルーンティアのみちびき、我、不浄なる流れを断つみちびききを欲す者也ものなり。今この時、我に道を示したまえ!! ソード・ベネディクション!!」


アンナベリーが呪文を詠唱えいしょうすると大剣だいけんあわ黄金色こんじきいろに輝き始めた。


手際よく地面を転げまわっているゾンビにドメをさしていく。


斬られたり、突かれたりしたゾンビはドロドロと溶けて土に還かえっていった。


彼女の身体はとても小さいのに、大剣だいけんを軽々と振り回した。


ゾンビをほうむったのもあっという間の出来事だった。


「ゾンビが出たということはこの近辺には生存者がいないッス。いよいよ先生が言っていた危険地帯に入るッス。2人共、用心するッス」


するとまた暗い坑道の奥から音がする。


カラカラという乾いた何かが転がるような音だ。


音は足元からしていて、徐々に近づいてくる。


やがて音が止まり、地中から骸骨がいこつのモンスターであるスケルトンが現れた。


骨と骨のこすれる音を立てながらい出してきた。


乾いた音の正体はこの骨の音だったようだ。


すかさずリンチェが弓を引き絞り、スケルトンめがけて放つ。


この近距離なら一発で仕留められると彼女は思っていた。少しだけ顔がゆるむ。


「ガンッ!!」


しかし、スケルトンは持っていた骨の盾で飛んできた弓を弾き飛ばした。


その片腕には骨の剣が握られている。


弓使いは反射的に後退して、不死者か(アンデッド)と距離を取った。


「くっ…!! 強い!!」


思わずリンチェは歯をくいしばった。


神経質にフードをいじっている。


彼女は本番には弱いタイプだとアンナベリーもアイネも感じ取った。


その直後、暗闇からキラリと何かが光ったように見えた。


抜刀ばっとうしたアンナベリーはすぐに大剣の刃を上に向けて構えた。


「カンッ!! カンカンッ!!」


平面を盾にして、敵の弓矢からリルチェを守ったのだ。


「2体くらいスケルトン・スナイパーがいるッス!! 反撃できそうッスか!?」


アンナベリーが走りながら向かってくるスケルトンに備えながら聞いた。


「相手の弓の軌道きどう逆探知ぎゃくたんちして打ち返します!! 出来る限り相手の弓攻撃から守ってもらうようお願いします!!」


リンチェは弓を引いたまま目をつむり、相手の位置を探り出した。


アイネはその場に立ちつくし、何もできずに己の未熟さをやんだ。


「カンカン!! カカン!!」


複数回、大剣が矢を弾く音がした。


スケルトンはアンナベリーに迫っていた。


彼女は弧を描くようにして得物えものを振りかぶり、接近するスケルトンを撃破した。


リンチェも弓を引き放つ。


「やっ……やった⁉」


闇の奥で姿は見えないが、手ごたえがあった。


どうやら場にこなれてきたらしい。


全力の一撃を食らったスケルトンはつぶやいた。


「ナゼ……はやく、たすケて、れなかッタのか……」


すぐに内側からはじけるようにして不死者アンデッドは粉々になった。


アンナベリーは大剣をひるがえし、残り1体のスナイパーからの狙撃を防いだ。




「2体目、とらえました!! 行けます!!」



リンチェの弓から解き放たれた矢は輝きながら闇の中に消えていった。


今度も確かな手ごたえがあった。かなり正確な射撃である。


「ふぅ……アンナベリーさんありがとうございます。貴女あなたが守って下さらねば危ない所でした。私、取り乱してしまって」


リンチェは気まずそうだ。


「気にすることはないっす。私も最近までそんなもんだったスよ」


同時にバツが悪そうにしているアイネも気遣って声をかけてきた。


「アイネちゃん、戦闘に参加できていないからって、そんなに気にすることは無いッスよ。いざと言うときに一人くらいは魔力を満タンに保ってる人がいた方がいいッスからね。負傷者の治療も立派な役割ッス!!」


アイネはそれを聞いて、自分がどう行動すべきかを考えていた。


気づくと栗毛色くりげいろの髪の毛を指でくるくる巻いていた。


リーダーは再びジェムを取り出した。


「あ~、こちらアンナベリー班。この近辺でアンデッド数体と交戦。全員無傷ッス。他のチ-ムはどうッスか?」


すぐに宝石からスヴェインの状況報告が聞こえてきた。


「この調子で行くと君らのチームは他の2チームと合流するルートになり、最深部に到達することになる。それ以外のチームは探索・救助に回ってもらっている。というわけで君らは更に深部に向かってくれ」


先輩はジェムをしまって歩き出した。


3人は手堅く不死者アンデッドたちをを蹴散けちらしながら下って行った。


鉱道の途中で横穴を見つけた。


ゾンビが何体も転がっており、交戦の跡が生々しく残っている。


「もう他の2チームは最下層に着いたみたいッスね。私らも急ぐッスよ」


アンナベリー、リンチェ、アイネたちは最下層へと降りていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る