対屍部隊編成

ザティスがバレンにボコボコにされた同日‥…。


チームメイトであるアイネは清々すがすがしい朝を迎えた。


美しい栗毛色くりげいよの髪をかきあげる。


おっとりした茶色の瞳には学院の浮島うきしまうつる。


彼女の家はルーネス通りからは少し遠い、閑静かんせいな住宅街にあった。


朝の風を浴びようと窓枠に手をかけると、手元に何かいるのが見えた。


目をらすとピンクのカエルが張り付いている。


誰かの使い魔に違いない。


それはゲコゲコとのどを鳴らしながら喋った。


「ゲコ。アイネ・クラヴェール。リジャントブイル魔術学院から緊急招集きんきゅうしょうしゅうゲコ。ヒーラーとして課外活動が課されているケロ。至急しきゅう、学院に向かい、掲示板で内容を確認ゲコゲコ」


そう言い終えるとカエルはすぐに破裂はれつして跡形もなくなった。


緊急招集きんきゅうしょうしゅうとはなんだろうとのんびり考えながら、彼女は朝食をり家を出た。


アイネの場合、スローペースなせいで学院まで15分はかかる。


えっちらおっちらと学院にたどり着いて掲示板を見た。


「え~っと、下記のヒーラー専攻の学生は302号のミーティングルームに集合?」


自分の名前が掲示されていた。


ミーティングルームに入ると30人ほど学生が集まっていた。


制服の色から各学年から選ばれた面々だ。


研究生エルダーまでもが参加するとは大事が起こっていると予想がついた。


腰ほどまである長い髪の男性教師が壇上だんじょうに立った。


「私は今回の課外活動の責任者のスヴェインだ。よろしく頼む」


この教授は学院屈指がくいんくっしの調査、探索系のエキスパートだ。


人気のある教授なのだが、うでっぷし第一の学院では何かと冷遇れいぐうされがちだ。


特にバレン教授との仲が悪く、彼を野蛮人やばんじんと呼ぶ。


そんな彼は手元の資料を元に情報を発表していった。


「え~、早速だが南のトーベこくの鉱山で、大規模な落盤事故があってな。鉱山で働いていた500人以上が行方不明者だ。死者200名以上という情報も上がってきている」


それを聞いてミーティングルームがどよめいた。


想像以上に事態は深刻である。その場の面々は思わず息を呑んだ。


「知っての通り、トーベこくは我が国の友好国だ。我が国にも救援要請があった。それに応じて国は軍隊を派遣して援助するそうだ。それに我々も加わることとなった。これが課外活動の内容だ」


緊急招集きんきゅうしょうしゅうかつ危険な鉱山での活動とあって、多くの生徒が不安を口にしだした。


その様子を見かねてスヴェインは手を叩いて私語を止めた。


そして神経質に黒い前髪をいじった。


「ほらほら、落ち着け。なんのための研究生エルダーだ。お前らもう少し先輩を信頼しろ。しっかりバックアップさせる。お前らの実力ならやれるはずだ。私も引率いんそつとして着いていく」


教室を見渡す限りは全員がヒーラーというわけでは無いようで、武器を持っている生徒も混ざっている。


「君らの任務は行方不明者の救出やけが人の治療だけじゃない。大量の死者は強力な不死者アンデッドを産む。だからトーベだけでは対処できんのだ」


長髪の教授はミーティング・ボードに書き足した。


「正直、鉱山の崩落ほうらくの危険性よりアンデッドの危険性の方がずっと高い。だから、ただのヒーラーでは無く、不死者アンデット戦を得意とする生徒を集めたのだ」


スヴェインは教室を見渡して満足げにそう言った。


「一応、我が国軍こくぐんも協力してくれるが、不死者アンデッドの対処に関しては我々が全てけ負うことになっている。一騎当千いっきとうせんとまではいかんが、ここまで練度れんどの高い特殊部隊が組めるのはウチくらいしかないからな」


映写機えいしゃきを使って教授はボードに鉱山の図を写した。


「坑道への進入路は十数か所ある。1チーム3人の7チーム編成の少数部隊でこの進入路を手分けて探索する。坑道は狭いから大人数だとかえってやりににくくなるからな」


鉱山の下部へ指し棒が移動する。


「最下層のあたりにまだ大勢人が取り残されている。地表から浅いところは国軍こくぐんにまかせて、諸君らは最下層の脱出経路を切り開いていってほしい。ではチーム分けを発表する」


クラス全体がスヴェインの指示通りチーム分けされた。


アイネ達のチームは研究生エルダー中等科ミドル初等科エレメンタリィの3学年で構成された。


「命を預ける仲間だ。互いの能力を把握しあい、チームとして最高のパフォーマンスが発揮出来るようにしてくれ。では、30分後、学院裏の浜辺から学院のワイバーンを使って一気にトーベまで向かう。各自準備を怠らないように!!」


生徒全員が返事をして、ミーティングは解散となった。


「初めましてッス。今回リーダーを務めさせていただく研究生エルダー2年目のアンナベリー・リーゼスッス。よろしくお願いするッス!!」


えんじ色をした制服の小さな女子がお辞儀じぎしてきた。


腰ほどまである桃色の美しい髪がれる。


黒い目がくりくりっとして愛らしかった。


身の丈の2倍はあるかという大剣を背負っているが、かなり身長が低い。


リーリンカと同じくらいで140cmちょいといったところだろうか。


ひどく幼く見えるが、よくよく考えればエルダー2年である。


最年少だとしても22歳にはなっている。


最初は思わず少女だと思ったが立派な大人のレディである。


だがどっからどう見ても年下にしか見えない。


「あ……あの、本当にエルダー2年さんなんですか……」


思わずアイネは口に出した。


素朴そぼくな疑問をつい聞いてしまうのは天然ゆえだった。


それを聞いたアンナベリーはがっくりと肩を落とした。


彼女の反応を見てからアイネはやってしまったなと思うのだった。


「みんなから同じようにいわれるッス。個人的にその点は若干じゃっかんコンプレックスでもあるので、突っ込まないでやってほしいッス……」


微妙な空気になってしまったが、すぐにアンナベリーは立て直した。


「で、見て分かる通り、得意なのは大剣だいけんでの接近戦ッス。ガードもできるので相手の攻撃を一手に引き受けて頑張るッス!! 私がみんなを守るので、安心してついて来てほしいッス!! 一応ルーンティア教の神殿守護騎士テンプルナイトも務めさせてもらってるので、不死者アンデッドもどんと来いッス!!」


彼女は指出しグローブをギュウギュウいわせながらはめ直し、ニコリと笑った。


頼りになるセリフだが、見てくれからは正直とても戦えるようには思えない。


もっとも、リジャントブイルには、こういう見た目と実力のギャップが激しい生徒がゴロゴロいるのだが。


次は中等科ミドルの先輩が名乗りだした。


「ミドル2年目のリンチェ・ティンバーです」


深緑ふかみどりの制服の上から白いローブを羽織はおった女生徒が前に出た。


大きなフードがついており、それを防具にするのだろう。


背中に長弓を背負っている。


黒髪のショートカットでクール系の印象を受けた。


「ここにいる皆さん方と同じく、治療系ヒーラーの魔法を勉強してきました。弓は中等科ミドルに入ってからですが、エンチャントした弓で一撃浄化ができます。今回は前衛のアンナベリーさんが居るので安定して戦えると思います」


そう言って彼女は微笑んだ。


第一印象とは異なり、温もりを感じられた。


心優しい人物であるのが自然と伝わってくる。


アンナベリーが任せろとばかりに首を縦に振った。


最後に残ったアイネが自己紹介を始めた。


「私は初等科エレメンタリィ4年目のアイネ・クラヴェールです。治癒魔法と対アンデッドの心得こころえがあります。まだ攻撃手段がない為、守っていただく形になると思います。よろしくお願いします!!」


おっとりとした彼女が一礼すると、チームメイト達は互いに視線をかわしてうなづいた。


「ん~、にしてもみんな女の子ッスねぇ。集まったのは男女半々くらいだったんッスけどね。なんか女子会みたいッスね……」


アンナベリーが冗談を言って場をなごませた。


「さて、おちゃらけも程々にして、戦闘の作戦とか、フォーメーション、立ち回りの打ち合わせを出発するまでにるッス。ここで手を抜くと後で痛い目をみかねないッスからね」


3人はお互いがベストを尽くせる戦い方を何度もシミューレートした。


準備が終わると出撃メンバーは学院の飛行場に移動した。


そして、翼竜であるワイバーンのゴンドラに一同は乗り込み、トーベを目指した。


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