窮犬、鉄拳を噛む
ゴングが鳴って、ザティスとバレンは距離を保ったまま見合った。
闘技場に吹いた風で、ザティスの暗い茶髪はワイルドになびいた。
バレンの黒髪アフロもざわざわと揺れた。
「さて、ザティス選手も背が高いですが、バレン先生は2mを越える身長で、
バレンは
一気に走り出して加速し、ザティスとの間合いをつめた。その様は
筋肉質だが、恐ろしい
「おーっと! さっそくバレン先生仕掛ける!! 対するザティス選手は
ザティスは深呼吸をして茶色の瞳を見開いた。
そのまま素早く呪文を
そして彼は腕をX字に構えて肉体強化して、メリメリと全身の筋肉を締めた。
「アブソーバー・エクステ・プロテクション!! アジリティセカンド!! リフレックス・バーストッ!!」
パンチを繰り出しながら、バレンは目を見開き、その洗練された
「ん~
あっという間にバレンの
パンチの衝撃で
戦場の様子がうかがい知れなくなる。
「あーーーーっとォ!! バレン先生の高威力ナックルが直撃してしまったぁ!! 呪文で衝撃に備えるが、これは一発KOかぁーー!?」
さきほど張った
すぐに体勢を立て直すも、左腕は折れてだらりと
だが、青年は不敵にニヤリと笑った。ゲジゲジ眉毛にも余裕がある。
「あ
ラーシェはゾッとしながら自分を抱えて身震いした。
あまりの痛々しい様子に指の隙間から観戦している
観客もその様をみて思わず黙り込んだ。
すかさずザティスは折れた左腕に右手を当て、
「レイピード・オウンヒール!!」
拳の魔術師は徐々に痛みが引いていくのを感じた。
「おっ、耐えたなぁ。退屈させんなよ? お次の行くぜ!!」
バレンはザティスの方向を向いてラリアットで一直線に突っ込んできた。
さきほどかけた呪文の中にあった、反射神経を向上させる呪文が生きてくる。
狂犬はラリアットを斜めにしゃがんでかわした。
ダークブラウンの毛が何本か宙に舞った。
反射神経がアップしたザティスにはその攻撃がややゆっくりに見えた。
しかし、観客には高速で突っ込んだバレンをザティスが鮮やかにかわしたように見える。
会場全体が再び震えるような歓声で湧きだした。
「おおっとこれはすごい!! バレン先生の攻撃を耐えただけではなく、かわした~!! 狂犬ザティス、かなり善戦しているーーーーッ!! しかし、しかし! 防戦一方で
アナウンサーの手に
壁際で止まったバレンは振り向くとザティスを指差し、ニヤリと笑いながら言った。
口は笑っていたが、眉間は敵意をあらわにしている。
そして彼は手ぐしでアフロを整え直した。
「こりゃ愛のお仕置き、マシンガン
余裕の技名宣言をかまして、バレンが歩み寄ってくる。
彼の拳からはものすごい圧が感じられた。
ザティスはじっとその場を動かない。
「これは~まるでヘビににらまれたカエルのようだ~!! ザティス選手、動けない!!」
再びバレンが走り出してパンチの連打を繰り出し始めた。
(速い!! リフレックス・エクステンドじゃ間に合わねぇ!! あれを使うしかねぇな!!)
パンチの
その瞬間にザティスは
「ストレングス・バースト!! アクセラレイト・シングル!!」
ザティスにはコロシアムの歓声や
そして見えるもの全てがセピア色になった。
聞こえるのは自分の
ゆっくり、ゆっくり心臓がが脈打つ。
バレンのマシンガン
いや、遅く見えるのではない、こちらが加速しているのだ。
加速しているとはいっても、それは他人から見た場合である。
アクセラレイトを唱えた術者自身は、自分が遅くなっているように感じる。
(加速してもこの速度かよ。バケモンだな)
デンプシーロールのように、
シャッシャッと頭のギリギリで避けていき、またもやダークブラウンの髪がパラパラと散った。
マシンガンというだけあって数発では止まらない。
急激にザティスの
そろそろ限界が近づいているのを感じる。
(このパンチの軌道、今ならジャストで一発お見舞いできるぜ!!)
回復して動くようになった左腕で相手のパンチを弾いた。
そしてガラ空きになった正面に右アッパーを打ち込んだ。
「うらぁ!!」
次の瞬間、ザティスの呪文が切れて元の速度に戻った。
アッパーはバレンの
「ぬぅっ⁉」
教授は思わずのけぞった、
これは完全に不意打ちとなり、避ける時間が無かった。
攻撃が決まると同時にアクセラレイトの呪文の負荷で、ザティスの全身に激痛が走った。
全員が
「おおおおおおおおおーーー!!! ザティス選手、パンチを器用に全発避け、バレン先生に一発いれたー!!」
だがバレンはニタニタ笑いながらすぐに体勢を持ち直した。
軽くあごを触っているだけだ。全く手応えがない。
ダメージはほぼ0だ。学院の教授は伊達ではない。
お返しとばかりに鉄拳の続きを繰り出した。隙が全く無い。
「まぁ良くやった方だが愛の
バレンは高速のパンチを情け容赦なく連打した。
先ほどのラリアットとは速度も威力も段違いで、ザティスには為す術がない、
あっという間に狂犬はボロ
「カンカンカン!!」
急いでゴングが鳴らされた。
「ザティス選手、KO!! この試合、バレン先生の勝利です!! ですがザティス選手、予想以上のアツい戦いを見せてくれましたーーー!! バレン先生相手にここまで渡り合うとは誰も想像して無かったのではないでしょうか~!?」
コロシアム全体が
ラーシェは荷物をまとめると、すぐに医務室に様子を見に行った。
グレーの坊主頭でめちゃくちゃ険しい顔をしているのがニルムだ。
タバコをイラつきながら吸っていて、とても救護担当には見えない。
「先生、内臓がいくつか破裂、あと全身の骨が複雑骨折してます。これどうしたらいいんですか!!」
監督はものすごい
「うるせぇなぁ!! お前らアセりすぎなんだよ!! いつになったら慣れんだ!! 大概にしろよ!? あぁ!?」
実習生が重症者に
そして医務室のイスを
額には青筋が立ちまくっている。
「あー、お前ら分担してまずは内臓を再構築させろ。骨はあとでいい。4人だから~そうだな。4時間でなんとかしろ。それ以上かかったら課外活動の点はやらん。とっとと始めろ‼」
教員は口に含んだタバコの煙を吐き出した。
実習生たちは焦りながら内蔵の
激しい魔力の消耗にどの実習生もじっとり汗を書いていた。
「ザティス!!」
ラーシェがベッドに近づくと治療監督の教師に制止された。
「あー、コイツのオンナか? 治療の邪魔になるから、出てけ。そのうちなんとかなんだろ」
ニルムがラーシェを追い払らおうとした時、バレンが医務室にやってきた。
「まぁまぁ、
バレンはラーシェの入室を許可した。
「バレン先生!! なにもここまですることは無かったんじゃないですか!?」
その
バレンはさすがに気まずくなって
教授はフォローするように、両手を広げながら答えた。
「急所は外したから安心しろい。コロシアムに参加する悪ガキはこのくらいの傷は覚悟してもらわねぇとな。実戦で死にかけた場合のシミュレートにもなる」
そして彼は治療に当たる学院生を指さした。
「あとは実習生の勉強ってのがデカいな。ここまでの大けがを治療する経験はあんまりねぇし。やっときゃ必ず後に生きてくるしな。ザティスには悪いが、この
治療監督役はバレンに言い放った。
「おいおい、さすがに実習生のキャパがあるんだからあと2人くらいにしとけよ? 3人目が来たらわざわざ俺が治療しなきゃなんねーからな」
バレンはOKサインを出した。
「了解だ。あと2人くらいボコボコにして、それ以降は手加減するぜ」
コロシアムの方から、アナウンサーの悲鳴にも似た叫びが聞こえる。
「あああああーーーー!! ラッツィオ選手、ファネリ先生のブレイズ・ストームの上でお手玉のように転がされてどんどん
控えている実習生達がざわめき始めた。
「だからおめーら、重傷人が来るたびビビってんじゃねーつってんだろ!! てめぇらがビビったら大事な命が助からねェかもしれねぇんだぞ!? 次は
再びニルムは声を荒げて、ヒステリックに指示を出した。
そしてダンッダンッと床を蹴り始めた。
ラーシェは開いた口がふさがらなかった。
普段見る事のないコロシアムの医務室では、こんな事が起こっているとは。
「バレン先生、すいません。私――」
少女が言葉に
「いいってことよ。ニルムはヒーラーだったんだが、チームメイトを助けられなかった。奴の言葉に重みがあるのはそういうわけだ。まぁすぐに怒りだすし、荒っぽいし、口も悪いんだけどな。最悪だぜ?」
そう話していると
バレンはそれをかわし、器具は壁に当たって砕け散った。
二ルムは完全にキレて爆発した。既にキレているような気もするが。
「てめ~、余計な事ペラペラしゃべりやがって!! やっぱり
結局、バレンもラーシェも医務室から追い出されてしまった。
「ほいじゃ、俺はもう少しコロシアムで遊んで帰るから。ラーシェも今日のところは寮に帰るといいぞ。ザティスなら心配いらん。まぁ、アクセラレイトの反動の痛みは治せねぇから数日は
バレンは嬉しそうに笑いながら鼻をこすり、ザティスの戦いっぷりについて振り返った。
「かなり高度な呪文詠唱、詠唱省略にまさかアクセラレイトの魔術まで習得しているとは思わなかったぜ。久しぶりに一発くらっちまったよ」
教授はシャドウボクシングをした。
「威力はともかく良いアッパーだった。やっぱハングリー精神がある奴とは戦ってて楽しいもんだ。ザティスもあんなんにはなったものの、きっと俺とのバトルを楽しんでたはずだぜ」
彼は教え子の成長に
そして新たなライバル誕生の予感を感じているようだ。
心なしか目元が
(あ~、バレン先生こういう感動系に弱いもんなぁ……)
男同士のぶつかり合いってこういう事なのかなと、ラーシェは漠然と思った。
「と、いうわけでだ! ザティスには課外活動の得点に加点しといてやる。バレンが褒めてたって後で伝えておいてくれ」
そう言って教授は再びコロシアムへ戻って行った。
「あ~あ、しょうがないな。寮に帰って課題の続きをやろうっと」
ラーシェはザティスを気にかけつつコロシアムを後にして女子寮に戻って行った。
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