狂犬には愛のちゃぶ台返しを
ファイセル達がゴーレムに送り出された日の朝…。
ザティスは伸びをしながら起き上がった。
「ふぁ〜あ。そうだ、ラーシェの奴の課題を手伝ってやるんだったな」
ザティスはダークブラウンの髪をかきあげた。
そしてざざっと制服を着て、その上に古びたウィザーズローブを
だいぶ前に買ったものであるから、
それでも
リジャントブイルは個性を尊重する校風である。
そのため制服を着てさえいればどんな物を身に着けてもかまわない。
青年は寮を出ると本校舎隣りのコロシアムに入った。
円形のコロッセオと呼ばれる伝説の
休暇中という事もあってか、多くの学生が観戦や
色とりどりの制服をした生徒たちで観客席は彩り鮮やかだ。
制服の色は
学院生のアナウンサーが次の対戦カードについてアナウンスしはじめる。
「え~、次は6連勝中の
学生たちは手を振りながら歓声を上げた。
「なお、繰り返しになりますが、コロシアムの収益金は学院の運営費に充てられます。非公式の賭け事は禁止されており、校則違反ですのでご注意ください」
勝利数が近い者同士が当てられて連勝数を競う。
それがコロシアムの基本ルールだ。
オッズを聞いて学院生たちは学生証をなぞって賭ける金を決め始めた。
公式の賭けならば学生証で行うこともできる。
「お~い、ザティス~。ここだよここ!!」
ラーシェが笑顔を浮かべ、大きな声で手を振ってきた。
普段から彼女の声はでかい。
おまけにそのルックスは人混みの中でも目立った。
健康的な日焼け、よく似合ったポニーテール。犬のような無邪気な可愛さ。
眉はよく動き、高めの鼻、
改めてコイツはハイスペックだななどと思いながらザティスは声をかけた。
「おう、待たせたな。そんで、ホッジスとアリア、どっちに賭けんだ?」
ラーシェは
ザティスはコロシアムの観客席にどっかりと座ると、学生証をいじった。
「ホッジスに5000シエールっと」
賭け終わるとラーシェの面倒を見た。
こういうところから、ザティスは兄貴分だと頼られているのだ。
「ここから文法が滅茶苦茶でさ~。どうしていきなりこんなに崩れるわけ?」
講義でやるはずの内容に
青年は暗い茶色の髪をワシャワシャと
「お前な~、文法崩壊の文法って習っただろうが。そういう場合はな、グリモアを逆さから読んで、崩壊してないとこだけ拾ってあとは捨てるんだよ。捨て字があんの捨て字が!」
そうこうしていると、観客たちの声援が盛り上がりだした。
試合が開始したようだ。こんな騒がしい場所で勉強しているのはラーシェだけだろう。
いくら気兼ねが無いからとはいえ、コロシアムは勉強に向かなかったなとザティスは反省し、思わず鼻頭をこすった。
「お~っと!! どう考えても不利に思えた格下のホッジス選手、粘る粘る!! 対するアリア選手、
アナウンサーが盛り上がるのを聞いて、青年はすぐにコロシアム中央に目線を移した。
「おっ!おおっ!!」
太い眉を上下させ、思わず声が出る。
コロシアムの舞台で連続で放たれる氷のつぶてを、青いヘッドギアのホッジスが剣で弾き落としていく。
「ザティス~、ここもわからないんだけど。
彼女には悪いがこの試合は見過ごせない。
聞こえていないふりをして観戦を続ける。
「ホッジス!! 距離をつめるホッジス!! アリア、押され気味だアリアーッ!!」
ホッジスの剣の間合いが後衛のアリアに迫る
アリアはさほど近距離戦を得意としていないようだ。
長い金髪を振り乱している。
「お~っ、これはイケるぜ!!」
ホッジスは左右にステップを踏み、攻撃魔法を回避した。
そして対戦相手めがけて突きを放った。
これは当たる。そう誰もが思った時だった。
ホッジスの足元が光り、電撃の柱がホッジスを包んだ。
バリバリバリという激しい音を立てながら
「おーーーっと!! アリア選手、押されているように見せかけて設置型呪文、ボルテイク・ピラーを仕掛けていた~!! ホッジス選手立ち上がれるか?」
雷撃をモロに食らったホッジスは倒れ、体からはプスプスと煙が立ちあがっていた。
「カンカンカン!!!」
乾いたゴングの音が鳴り響く。
「KO!! アリア選手が中等科ミドルの余裕を見せ、10連勝の大台に乗りました~!!」
会場は悲喜こもごもの叫びに包まれた。
勝利を手にした女生徒が笑顔で観客席に手を降っている。
ザティスはそれを見て思い切り
「チッ!! アリアに賭けとくんだったぜ。頭に来た。ケンカを売りにいってくるぜ」
ザティスは立ち上がり、受付の方へ行ってしまった。
ラーシェは困った様子で顔をしかめた。
「あ、あ~。あ~あ~。ちょっとまっ……しょうがないなぁ。応援してやるかぁ」
彼女は
「――え~、次のマッチングが決まりました。
会場中から歓声とブーイングが上がった。
彼は闘技場では有名で、悪名だったころの
「え~っと、対戦相手はですね……あ、待ってください。緊急の連絡です」
学院生たちがアナウンス席に注目した。
マイクの前にバレン先生が現れたのである。
アフロでバキバキマッチョな色黒先生は呼びかけた。
「お前ら~、休暇に入ったってのにケンカや賭博とばくにあけくれてるこの悪ガキどもが~。お前らお待ちかねの”ちゃぶ台返し”の時間だ」
連勝記録をストップさせるために、定期的に教師がコロシアムに乱入してくることがある。
これは”ちゃぶ台返し”と呼ばれ、恐れられている。
バレンは拳をボキボキと鳴らした。
「愛の
教授はわざとらしく顔を拭うジェスチャーをしてみせた。
そしてマッスルポーズをとると筋肉が弾けそうな勢いだ。
これは予告されないイベントなので、連勝数を折られるのを回避することはまず出来ない。
駆けつけたのは彼だけではなかった。
「あ、あと、バレンは
白髭しろひげで昔ながらの魔法使い帽をかぶった老人が席を入れ替わる。
ニヤニヤ笑っていて、とても嬉しそうだ。
「え~、そういうわけじゃから、物理・近距離攻撃が苦手な選手はバレン先生が担当し、魔法・遠距離攻撃が苦手な選手にはわしが相手してやるから安心してくれという事じゃ」
予想外の乱入にコロシアム全体がブーイングした。
賭ける側にとってもたまったものではない。
これでまた誰が勝つか全くわからなくなる暗黒時代に戻るためだ。
「ちなみに今日は連勝数の多い選手を指名して片っ端から俺らでツブしていくからな。拒否権やギブアップする権利はない。せいぜい
バレンが指で首を横に
あまりにも慈悲の無いちゃぶ台返し宣言に会場は騒然とした。
ラーシェは目をパチクリとして唇を震わせた。
「うわ~、あれって
一方、戦場のザティスは
「ちゃぶ台返し上等!! バレン先生の鼻をへし折ってやるぜ!!」
アナウンス席に放送部の学生が戻った。
「ちゃぶ台返しの場合は教師に賭ける事は出来ません。挑戦する生徒側のみに賭ける事が可能です。バレン先生と戦うザティス選手のオッズは……16.7です!! では皆さん、気を取り直していきましょーーー!!」
再びコロシアムが熱気を帯びてきた。
まれに弱い教師などが連れてこられて生徒側が勝つこともある。
だが、今回はバレンとファネリはバリバリの
まずちゃぶ台返し返しはありえない。
それでも
「それではッ!! バレン先生 VS ザティス選手の対決開始です!!」
ザティスは不敵に笑うと両サイドの茶髪をあらっぽくおっ立てた。
そして、バレンに張り合うように立派なガタイをウォームアップさせた。
ゴングがけたたましく鳴り響き、2人の戦いの始まりを告げた。
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