蘇りし古代龍

アンナベリーたちは最下層に到着した。


光源こうげん魔法であたりは明るく照らされている。


暗闇の中に大勢の遭難者や負傷者が見て取れた。


おおきく息を吸う者、虫の息になっている者と大小の呼吸音が漏れる。


「アンナベリーか。今、負傷者の手当てをしてるところだ。最下層の生存者は約80名、半数以上が怪我をしている。お前のチームも治療を手伝ってくれ」


指揮役である眼鏡めがねの研究生エルダーの青年はそう指示した。


神経質に眼鏡をいじっている。


重要な役割を任せられているからか気を張っているようだ。


アイネとリンチェはすぐに怪我人の元に駆け寄って、手をかざし治癒呪文ヒーリングスペルをを唱え始めた。


上級生たちは今後の方針について話し合っていた。


「全員を治療していたら魔力が足りん!! トリアージだ。助かりそうにない者は後回しにしろ!!」


厳しい判断が下される。


アイネ達は重症者と軽傷者をわけて治療を再開した。


「ああぁ……もう一度、お天道様てんとうさまおがみたかったぜ……」


瀕死ひんしの男性がそういいながら息を引き取った。


多くの人々が治療の甲斐かいなく命を落としていった。


アンデッドにならないように聖水を振りかけ、迷える魂に祈りを捧げる。


必死の治療で、学院生たちは生き残った者の生命を繋ぎ止めた。


次の瞬間、急に地面が揺れ始めたのだ。


落盤らくばんか!? せろーッ!!」


指揮役はすぐに大声を張り上げて警戒指示を出した。


すると一同は混乱しながらもうずくまって落盤らくばんに備えた。


しかし、岩盤がんばんが降ってくる気配はない。


しばらくあたりは静寂せいじゃくに満ちた。


それを破りドシャっという音と共に泥のようなものが落下してきた。


その中から真っ赤なモノがうごめいて見え隠れする。


すぐに何かを形どるようにそれは立ち上がり始めた。


「こ……これは!! まさか、エンシェント・ドラゴンか!!」


リーダーの男子が呆然ぼうぜんとしながらつぶやいた。


アンナベリーもとても厳しい顔をしている。


降ってきたのはどうやらドラゴンの化石かせきだったらしい。


それが亡者もうじゃの魂に惹かれて蘇ったのだ。


体高はざっと2m半で、2足歩行タイプのスケルトンだ。


大きな角の生えた頭に肋骨あばらぼねの胴体、両腕の先には鋭い爪。


下半身はどっしりとした骨盤こつばんがあり、安定感があった。


羽の生えていない陸上タイプだ。


目覚めて間もないからか、動きが緩慢かんまんだった。


「全員集合ッ!! 迎撃のフォーメーションだッ!!」


指揮役の青年が叫んだ。


そしてアンナベリーが注意をうながした。


「アイツの攻撃力はハンパなく高いッス。よほどの耐久力が無いと、瞬殺しゅんさつッス。吐いてくるブレスも即死級そくしきゅうッス!!」


アンナベリーは指あきグローブをはめなおした。


ギュムギュムとしっかりと指をねじ込んでいく。


幼い顔をしていたが、剣士らしい勇ましい顔つきになった。


「この場で接近戦を仕掛けて盾になれるのは私しかいないッス。だからみんなの出来る限りの強化呪文エンチャントスペルを私に唱えてほしいッス!!」


すぐさま生徒たちは各々の強化魔法をアンナベリーにかけていく。


彼女はおびただしいオーラを受け、身体が光りだした。


そして美しい桃色の髪はふわふわと浮きながらきらめいた。


「アンナベリー、お前ひとりに危険を押しつけてしまってすまない!!」


近距離戦を仕掛けられない研究生エルダー2人の表情がくもる。


「なーに水臭い事言ってるッスか!! 学院生が集まればなんでも出来るッス!! リジャントブイル魂、見せつけてやるッスよ!!」


激励げきれいをうけ、学院生たちは希望を抱いた。


そして大剣の剣士に揃ってエールを送った。


「それじゃあ行くッスよ!!」


彼女は強く地面を蹴り、ドラゴンとの距離を一気に詰めた。


「いいな!! 弓や魔法などの攻撃が出来るものは中衛を、特に攻撃方法を持たない者は後方からアンナベリーを治癒するんだ!! 各員配置につけ!!」


学院生達は統率とうそつのとれた隊列を組んだ。


アンナベリーが接近して一太刀ひとたちを浴びせようとした時、ドラゴンが完全に目覚めた。


「ゴアアアアアァァァ!!!!」


激しい咆哮ほうこうがビリビリと大気を振動させる。


あまりの迫力にアンナベリーは、つい守りの姿勢に入ってしまった。


鋭く、強烈な爪の斬撃を大剣で受ける。


「ガチィン!!」


片腕のクローが彼女に襲い掛かるが、体をよじってすんでのところでかわした。


その時、彼女がバランスを崩したのを古代龍は見逃さなかった。


思いっきり空気を吸い、超高温ちょうこうおんの火炎を吐き出す。


今度ばかりは完全に避けきれない。


「あちちちちち!!! これは耐炎呪文がなかったら死んでるッス!!」


数秒の間、ブレスに耐えた後に、アンナベリーはバックステップで距離を取った。


このままではジワジワ壁際に追いやられ全滅してしまう。


踏ん張らねばと思い、大剣だいけん使いは突きの体勢で突っ込んだ。


「グゴゴ……ゴアアァァ!!」


ドラゴンは剣を両手で受け止めたが、反動で後ろに押し込まれた。


「今だ!! 中衛は攻撃を集中!!」


アンナベリーは味方の援護に被弾しないようにサイドステップした。


飛び退きざまの横振りでモンスターのアバラが数本折れる。


正面が開いた後、各々のメンバーが中距離攻撃から攻撃を繰り出した。


リンチェも矢を放つが、あっさり弾かれてしまってた。


他の術者の攻撃も手応えがない。


すると再び古代龍が大きく息を吸った。


アンナベリーは大剣を盾にして灼熱しゃくねつのブレスを受けた。


エンシェント・ドラゴンの炎で、大剣の表面が溶け始めていた。


ブレスが途絶とだえてすきが出来たので、彼女は攻撃に転じようとした。


だが、それはドラゴンのフェイントだった。


ここぞとばかりに振り上げられた鋭い爪が、アンナベリーのよこぱらに直撃する。


「うぐうッ!!」


彼女は地面に大剣を突き立てながら、吹き飛ばされていった。


だが、痛みをこらえながら剣士はすぐに立ち上がった。


脇腹からは大量出血している。


それでもおくすることなく、再び相手の横っ腹に向けて突進していく。


だが、ドラゴンはまたもや大剣だいけんをガードした。


もはやアンナベリーに攻撃を仕掛ける力は残っていなかった。


打ち合うのがやっとといったところである。


(このままではアンナベリーさんが死んでしまう!! なんとかならないの!?)


アイネは思わず前に出た。ブレスの射程範囲内に入った。


この相手でその距離は自殺行為にひとしい。


しかし彼女は聖水を取り出して祈り始めた。


「不浄なる常闇とこやみの者よ。我はそなたらに光の道を示す者也ものなり。今、光の旅路たびじに誘わん!! セイクリッド・ミスト!!」


すると聖水からキラキラ輝く霧きりが吹きだして、洞窟内を包んだ。


それに当てられて古代龍の動きがわずかに鈍くなった。


「無茶をしてくれる!! 総員、アンナベリーを援護しろ!!」


ブレスを吐かれたら全滅する。


そんな危険をおかしてでも、アンナベリーを救おうと皆が必死だった。


仲間全員から魔力を注いでもらった剣士はますますまばゆく輝いた。


身体の傷や火傷が治癒していく。


10人近い魔術師の魔力によってアンナベリーには力がみなぎってきていた。


剣士は再び突進をかけた。桁外けたはずれのスピードで片腕を切り落とす。


そのままぎ払って脚を粉砕した。


「ガアアァァァ!! グゴアアァァァ!!」


バランスの保てなくなったドラゴンは体勢を崩しながら激しく咆哮ほうこうした。


時間が経過するとどんどん援護魔法の効果が薄れる。


アンナベリーはとどめを刺すなら一気にやるしかないと思っていた。


彼女はダッシュすると魔物に大剣での連撃を浴びせだした。


鮮やかな乱れ切りにあちこちの部位の骨がはじけ飛ぶ。


最後にジャンプし、大剣だいけんの平面で思いっきり叩きつけた。


アンナベリーの美しい髪がなびく。


「クラッシュ・スタンプッス!!」


打撃をモロに食らったエンシェント・ドラゴンは粉々になった。


そして、パラパラと土にかえっていった。


「あちちち……。正直、死ぬかと思ったッス……」


アンナベリーは大剣だいけんにしがみつきながら立膝たてひざをついた。


治療班がすぐに駆け寄って治療を始める。


眼鏡のリーダーはそれを見てぼやいた。


「まったくどいつもこいつも無茶しやがって……。スヴェイン先生、最深部でエンシェント・ドラゴンを撃破。ええ、はい。ミッションコンプリートです!!」


彼はそうジェムに報告した。


大人数で治療したこともあって、アンナベリーはすぐに回復した。


アイネとリンチェは涙を浮かべながら先輩に抱き着いた。


アイネは茶の髪を剣士の肩にうずめた。


「私、私! 先輩が死んじゃうんじゃないかと思いました!! あの時前に出ておいて本当に良かった……」


リンチェはフードを外し、同じように黒髪をアンナベリーに擦り付けた。


「私も!! いくらなんでも無理しすぎですよ……。私がもう少しうまく狙えていれば……」


アンナベリーは顔をぐちゃぐちゃにする2人の背を抱いた。


「大丈夫ッス。私は簡単には死なないッスよ。それより二人ともナイスアシストでしたッス。アイネちゃんもリンチェちゃんも!! 2人と皆が私を救ってくれたんッスよ」


女子生徒たちは皆、もらい泣きしていた。


緊張から解き放たれ、地べたに座り込んでいる者も居た。


とにかく生命の危機から脱したという安堵感あんどかんがあった。


通信していたジェムからスヴェインの返事が聞こえる。


「諸君、災難だったが、良く乗り越えてくれた。しばらくしたら国軍が遭難者を救出しにそこへ到着するはずだ。それまでに負傷者の回復に務めてくれ」


監督の教授もホッとしたようだった。


だが、エンシェント・ドラゴンが襲ってくるパターンを読めなかったことを反省した。


同時にそれを打ち破ってくれた生徒たちに、心から感謝と称賛しょうさんの念を送るのだった。


その後、アイネ達は負傷者の治療を続けた。


日没が近づいたため、不死者アンデッドが強力になる夜間の捜索活動は中止された。


そして翌日以降に生き残りの捜索そうさくをする事となった。


その日の夜、学院生たちは鉱員小屋で男女分かれて雑魚寝ざこねした。


翌朝の捜索に向け、しばしの休息である。


アイネは天井を見ながら、今日の戦いを思い出していた。


アンナベリーの戦いっぷりや、頼れる姿が浮かんでくる。


「攻撃は大剣だいけん使いとかいいかもしれないなぁ……。かっこいいなぁ……」


彼女は独り言を小さくつぶやいて瞳を閉じた。

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後悔の残る決断なんて僕はしたくないから しらたぬき @siratanuki

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