かえってきたフェアリー

ファイセルは村から出てしばらく南に歩いた。


深夜に出発したのでランタンのあかりだけが頼りだ。


ただ、何の変哲へんてつもない品なので、視認しにんできるのは進む方向のわずか先だけだった。


(ここらへんはきっと野良のらゾンビとかスケルトンが出る。うう……気味きみが悪いし、連中れんちゅうには会いたくないなぁ。確かリーリンカのカバンに聖水せいすいがあったはず……)


少年はリーリンカのカバンを漁った。


ほとんど薬品は使ってしまい、カバンはだいぶ軽くなっていた。


聖水せいすいを取り出したのはいいものの、ファイセルはアイネのようにうまくあつかう事ができなかった。




仕方なく擬態香水ぎたいこうすいの時のように頭からじかに被った。


寒い中、頭から聖水せいすいを被ったので一気に体が冷えてしまった。


ファイセルは夜道をとぼとぼ歩き出した。


ふとビンに入れておいた水がれていることに気づいた。


(そうか……復活にも水分を消費するのか。待てよ、もしかして魔力回復薬マナポットを補充すれば休眠の時間がちぢまるかもしれないぞ)


ファイセルは薬カバンから魔力回復剤を出してビンに移し入れた。


緑色の粘着質ねんちゃくしつの液で容器が満ちる。


いかにも栄養のありそうな薬である。


(これでよし。次の村でリーネが元通りになるまで待機しよう)


少年は周辺の水源すいげんチェックをあきらめ、半日かけて次の村へたどりついた。


かなり疲労していたので、彼は宿に転がり込んだ。


そして夜が明ける頃に眠ってしまった。


次に起きたのは昼ごろ、宿屋の主が昼食を告げに来た時だった。


ファイセルは激しい頭痛と倦怠感けんたいかんに襲われた。


「こ……これは……カゼか……」


すると宿屋の主が朝食を告げに来た。


「お客さん。朝食になります。食堂へどうぞ」


少年はせきごみながら体調不良を訴えた。


「ゴホッ……カゼをひいてしまって‥‥。ゴホゴホ……他の方に感染うつると困るので食堂へはいけません……」


なんとかベッドからい出すと、リーリンカの風邪薬かぜぐすりを飲んだ。


死ぬほど辛くてファイセルは転げ回った。悶絶もんぜつ一歩手前いっぽてまえだ。


とびらの向こうの主人は体調をあんじてくれ、草粥くさがゆを作ってきてくれた。


恐ろしいほどに薬が効き、夜になると熱はすっかりひいた。


(寒いのに聖水せいすいを頭からかぶったのがマズかったのかなぁ……。でも、アンデッドには会わなかったわけだし)


とても情けない気分になったが、仕方なかったと割り切った。


水を飲みに起きるとリーネのビンが空になっている。


あれだけ魔力回復液を入れたのにあっという間に消費しょうひしてしまったようだった。


再び普通の水をビン一杯にんで、そのまま眠った。


3日ほど経っただろうか。ビンの中の水に反応があった。


減りかけた水の表面が激しく泡立あわだった。


ゴボゴボと鈍い水音みずおとがする。そして水面に妖精フェアリーが現れた。


「ふぇ~~。もう眠ったままかとおもいましたよ~」


それほど日数は経っていないのだが、ひどくなつかしく感じるこの声。


まぎれも無くリーネだ。


「あ~、良かった。なかなか戻らないから心配したんだよ?」


ファイセルは安堵あんどの表情で微笑ほほえんだ。


それを見るなりフェアリーは顔をぐしゃぐしゃにした。


「ふぁ〜い〜ぜるじゃあ〜〜ん!!」


フェアリーは号泣ごうきゅうしながらピョコピョコと水面すいめんねている。


ちょっとられそうになりつつも、ファイセルは顔をほころばせた。


「注いでくださった薬がなければ、こんなに早く復帰できませんでした!! なんだかとっても苦くてどくかと思っちゃいましたよォ!!」


良薬口りょうやくくちにがし。どうやらリーリンカの薬は効いたらしい。


うっかり魔力薬を飲まなくてよかったとファイセルは心から思った。


「それで、ヨーグの森は無事抜けられたんですか?」


「ああ、なんとかね」


少年は親指をぐっと立てた。


「それは良かったです。さぁ、早速また明日から水質すいしつチェックを再開しましょう!!」


彼は相棒の復活を喜び、今までの出来事を夜遅くまで報告しあった。


リーネもとても喜んでいるようで、目をキラキラさせていた。


こうして互いの信頼度しんらいどはさらに深まったのだのだった。


翌日の朝、宿の主人に代金を渡した。


「すっかり元気になられたようで何よりです。旅のご無事をお祈りしています」


宿屋の主人はニッコリ笑って送り出してくれた。


やっぱり旅の宿というのはこうでなくてはと、少年は痛感した。


宿屋のおじさんがくれた草粥くさがゆ素朴そぼくな味がいまわたっている。


同時にファイセルはオウガーホテルの接客に憤慨ふんがいした。


村を出るとき、リーネはファイセルが大きめの袋をかついでいるのに気付いた。


袋からはジャラジャラ音がしている。


「お金ですか……?」


両替りょうがえしてもらった小銭こせにの袋を引き上げてつつ、少年は答えた。




「この一帯の森にはね、キツネみたいな顔をしたツネッギィってモンスターが住んでるんだ。木の上に住んでて、生意気なまいきな事に人間のお金を欲しがるんだよ」


ファイセルは樹上じゅじょうしながら解説した。


の上には謎の眼光がんこうがキラリキラリと光っている。


「こいつらは武装ぶそうして旅人たびびとからお金をうばうんだ。でもね、こうやって細かいコインをばらきながらあるくと、お金に夢中むちゅうになって、危害きがいくわえてこないんだよ。もちろん袋の中身は全部1シエール硬貨こうかだけどね」


少年は意地悪いじわるそうに笑いながら袋をジャラジャラと振った。


「結構頭のいいモンスターで、偵察役ていさつやく頭脳派ブレインとか役割分担やくわりぶんたんをしながら貴金属ききんぞくや光り物をねらってるんだ」


しばらく歩くとまた街道かいどうは森林におおわれた。


「ウヒヒヒヒ!!」


「イィエーーーイ!!」


「ケタケタケタケタ……」


不気味ふきみき声がが頭上からひびく。


「ほら、ヘンな鳴き声が聞こえるだろ? あれがツネッギィ。強そうな人とか、ツネッギィを警戒けいかんしてる人は襲わないんだ。本当にずるかしこい奴らだよ。僕らはよそ者の旅人扱たびびとあついだろうからこのままだとおどしにってくるね」


すかさずファイセルは手に持っていた袋に手をっ込んだ。


そして1シエール硬貨こうかをばらまき始めた。


「まぁ3000シエールくらいあるからりるでしょ」


少年がチャリチャリと小銭をき始めるとリーネが不思議ふしぎそうに聞いた。


「そんなたくさんの硬貨こうか両替りょうがえしててよく銀行の小銭がなくなりませんねぇ?」


しばらく歩いて距離を置くと木の上から魔物モンスターが降りてきた。


毛むくじゃらで、こきミノの様なものをまとったモンスターだ。


ケタケタと笑いながら一心不乱いっしんふらんにコインをひろっている。


「それがね、こいつら人間に化けるのもうまくて、拾ったコインを使っていっちょ前に買い物なんかするんだよ。だからこうやっていたお金は最終的さいしゅうてきに近所の村に流れていくんだ」


背後ではツネッギィがきながらコインをかき集めている。


「変な話だけど、モンスターもお金を持ってくればお客さんだからね。持ちつ持たれつってとこかな。だから、ここら辺の村は旅人から巻き上げた小銭こぜにうるおっているわけ。このお金も村に還元かんげんされるのさ」


リーネはモンスターを観察している。


見てくれや色はキツネに似ている。


だが、二本足で立ち、耳が大きい。


そして目はギョロっと飛び出していて、血走ちばしっていた。


姿形すがたかたちはともかくかなり気持ち悪い顔をしていた。


脇見わきみをしていた妖精フェアリーはなにかを感じたようで、それを伝えてきた。


「あ、この近くに水源すいげんがありますよ。街道かいどうから少し外れたところです」


ファイセルは地図を取り出しながら確認した。


「げっ、の真ん中じゃないか。モンスターに遭遇そうぐうしそうだなぁ」


街道かいどうから外れた場所にはが広がっていた。


あたりに草一本くさいっぽんえない不毛ふもうの地だ。れ木だけが物悲ものがなしく立っている。


「そんなに広い荒れ地じゃないな。水源は……こっちかな?」


すぐに上空からの視線を感じた。地面には大きな影が落ちている。


影の主は地面をぜるように背後から滑空かっくうしてきた。


ファイセルは横っ飛びしてこれを間一髪かんいっぱつでかわした。


その正体は大鷲おおわしだった。つばさの全長は大人2 人分はある。


「バディ・イーグル・アルバトロスか!!」


目視もくしすると同時にはっきゅう球のような卵を地上めがけて連射れんしゃしてきた。


少年の頭上に高速のボールがせまる。


「っッ!!」


直撃ギリギリでファイセルは赤くて小さなブーメランを取り出した。


「ルキシー!! 僕を守ってくれ!!」


するとルキシーは高速であるじの周辺をグルグルと回った。


上下左右360度をカバーしている。


超近距離で指を伸ばしただけで接触しそうだ。


だが、その猛回転もうかいてんが盾となり、すんでのところで、卵を撃ち落とした。


この赤いブーメランは攻防一体の立ち回りが可能な迎撃タイプである。


ファイセルは手で日光をさえぎりながら、上空をうかがった。


影をとらえたファイセルは、両刃もろはのブーメランを取り出すと素早く命令した。


(高速回転!! 旋回姿勢せんかいしせいに入ったイーグルのつばさねらえ!!)


''リューン''は素早く上昇するイーグルに回転しながら追いついていく。


わしは高度を上げると風に乗った。


それを追い掛け、距離をつめる。小回りでは、はるかにこちらが有利だ。


ブーメランはイーグルをとらえると、両翼(ょうよくをバッサリと切り落した。


大鳥はそのまま、グルグルと回まわりながら墜落ついらくしていった。


そしてリューンがを描いて戻って来た。


持ち主が着地を命令すると少年の指にやいばが静かにとまった。


「ふぅ、直撃をらわなくてよかった。あれで捕まったら空中旅行でそのまま巣送すおくりだよ……」


かんよこびした割には、うまく回避ができてファイセルは安心した。


彼は肉体強化や反射神経アップ、速度アップなどの補助魔法は全く使えなかった。


「結構遠くまでリューンさんの制御は効くんですね?」


リーネがそう尋ねた。


「うん。結構遠距離までコントロール可能だよ。普通のブーメランより遠くへ飛んでいくし、呼べば障害物とか避けて戻ってくるからね」


荒れ地から水源に着くと何人か人が居た。


なぜこんなところに人が居るのだろうと疑問に思いえる。


とりあえず話を聞こうとファイセルは彼らに歩み寄っていった。

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