願わくば美しき華のように

草木くさきねむ丑三時うしみつどき、ドアの鍵がガチャリと開けられる音がした。


床がギィギィ音を立て、誰かがベッドのそばに近づいてくるのがわかる。


「ッシャァアアアアア!!」


突然の叫び声とともに大きな牛刀ぎゅうとうが突き立てられた。


ファイセルは素早く横に回転してこれをかわした。


そしてベッドから転げ落ちる。


「うわああぁぁ!! ああ……こっ、これはどういう事なんですか!!」


侵入者しんにゅうしゃは激しくヒステリーを起こした。



「お前が、全部お前が、お前がお前がお前がお前が全部悪いんじゃぁ!! エモノは逃すし、くさいわで最悪じゃぁ!!」


今度はあしそうと宿娘やどむすめ包丁ほうちょうを突き立ててきた。


少年はこれを後ろに飛びのいて更にかわした。


うなり声を上げながら彼女は武器を引っ張った。


床のささりどころが悪かったのか、どうやら抜けないらしい。


娘は得物えものを必死に引き抜こうとしている。


そのすきにファイセルがランプをつけると、彼女の顔があらわになった。


美人だったのが嘘のように、とてもみにくい化け物の顔に変貌へんぼうしていた。


肌の色はさお青筋あおすじが立っている。まるでゾンビのようだった。


長い牙と角も生えていて吸血鬼ヴァンパイアのようにも見える。


それなのに体は華奢きゃしゃな女性のままだ。


あまりのアンバランスさに少年は嫌悪感けんおかんを隠さない。


「これが……オウガーか!!」


娘の姿をしていたモノは包丁をベッドから抜くと、ファイセルを壁際かべぎわに追いやった。


じりじりと距離をつめてくる。今度は外さないと言わんばかりだ。


食人鬼オウガーは本能をむき出しにして笑顔を浮かべた。


「お前も他の連中と同じにってやるよォ。クッセぇが、はらしにゃあなるだろうよォ。あたしゃ今とっても肉がくいてぇんだよォ!!」


モンスターが本音を漏らした瞬間、窓からコフォルが飛び込んできて素早すばやくレイピアを引き抜いた。


またたく間。いつ抜刀ばっとうしたのかわからないくらい速い。


突然の乱入者らんにゅうしゃにオウガーは気を取られた。


タイミングを見出すとファイセルは腕を振って制服の上着に命令した。


(オウガーに突っ込んではりつけにしてやれ!!)


上着はフワッと壁にかけたハンガーから浮き上がり、オウガーめがけて一直線いっちょくせんに飛んで行った。


まるで忠犬ちゅうけんのように命令に忠実ちゅうじつで正確だ。


制服はオウガーを壁に押し付けるようにしてガッチリと拘束こうそくした。


オークスは壁にめり込むように張り付いており、ターゲットの自由をうばった。


「でかしたぞファイセル君!!」


コフォルはレイピアをしならせながら、先端せんたんをオウガーの首元に当てた。


食人鬼しょくじんきあわを吹きながらあばれている。


われを忘れていて、剣を恐れる様子は微塵みじんもない。


「グアァッ、ゴアッ!! 離せ~!! は~~~な~~せ~~!!」


鬼は激しく身をよじるがオークスがピッタリりついていて身動きが取れない。


制服はますます相手をめ上げて圧迫あっぱくしていた。


「ふぅ、もうちょっと早く助けてくれても良かったんじゃないですか?」


ファイセルは黒髪くろかみしたたるる汗をぬぐいながらコフォルの方を見た。


ホッとしたからか、いくぶんか少年の張りめた顔はゆるんだ。


「待たせて悪かったね。でも生けりにしてくれるとは思わなかった。嬉しい誤算ごさんだよ」


食人鬼オウガーはだんだん自分が置かれている状況じょうきょう理解りかいし始めた。


そして今更になって恐怖きょうふの表情を浮かべた。


「や、やめろ。剣先をこっちに向けるのはやめろ!!」


タスクフォースの隊員ははオウガーの首筋にレイピアを突きつけた。


拷問ごうもんのようで悪趣味だが、仕方あるまい。で、何人なんにんったんだ?」


オウガーは再び暴れだしたが、オークスの拘束こうそくねのける事は出来ない。


「何人、っただってぇ!? そんなの覚えてるわけねぇだろくそったれがァァァ!!」


さお皮膚ひふには気味悪きみわる血管けっかんが浮き出ていた。


更に暴れると筋肉がふくらみ、服がやぶけた。


ゴツゴツした筋肉質きんにくしつの体格があらわになっていく。


もはや体まで女性の原型げんけいをとどめていない状態になった。


「オウガーは怪力かいりきで知られているんだけど、この制服はすごいちからだね。まだ余裕はあるかい?」


ファイセルはコクリとうなづいた。


レイピア使いは関心したようにオークスを観察かんさつすると、オウガーへの尋問じんもんを続けた。


「繰り返えしになるが……どこで何人なんにんったんだ? けばたましいすくってやる」


魔物モンスターはそれを聞いてすぐさま暴れるのをやめた。


そして、思い出すようにしながら自分が食べた人間のことを話し始めた。


王都ライネンテを出て、しばらくは道がにぎやかで不都合ふつごうだった。だから夜に街道かいどうを通る旅人を何人かいながら南下した」


急に大人しくなったオウガーの語り方は普通の人間のそれだった。


人喰ひとくらいのことを思い出しているのか、よだれをだらだらとらしている。


「アルー街道かいどうとソラル街道かいどうでの捜索願そうさくねがいが出ている数名だな……続けたまえ」


散々暴れたからか、相手は気が抜けたようだった。


がっくりと力なく、壁からぶらさげられている。


「そのまま、だんだん腹が減ってきてこの村を見つけた。宿屋やどやあるじ年寄としよりで乗っ取るのは簡単かんたんだった……」


追求ついきゅうするコフォルの目つきがするどく、けわしくなった。


「で、宿のあるじはどうした?」


化物ばけもの不気味ぶきみうすら笑いを浮かべた。


「殺して、った。それ以降は村の混乱のんらんじょうじて放題ほうだいだった。一人旅の客ばかり狙った。めきクスリを混ぜてな!! 一人で旅してるやつなんかいつ、どこで居なくなろうが、だっれも気づきやしないんだぜ!!」


コフォルは顔をしかめ、更に追求した。


った人の骨はどうした?」


「食い残しの事か? そんなもん台所のかめにぶち込んである。あんなもんうまくもなんともないんでな。もういいだろ? 離してくれよ!! 人間の肉はもうわねぇからよォ!!」


ファイセルにもコフォルにもこれっぽっちの同情どうじょうねんはなかった。


あきらかにその場限ばかぎりの反省はんせいをしているのがまるわかりだったからだ。


こいつをはなてばまた同じようなことをするのはあきらかだ。


その時、暗闇くらやみから長髪ちょうはつの女性が現れた。


「コフォル、骨は確認したわ。人肉じんにくし肉と燻製肉くんせいにくも確認したわ。それでも満足しないということは、アナタ本当に生肉なまにくが好きなのね」


妖艶ようえんな女性は男性2人に近づいた。


「了解だ。ルルシィ。これをもって、オウガーの問題を解決とする」


鬼は歓喜かんきして、自分に都合つごうのいいことを言い始めた。


「解決? 終わったんだな!? すくってやるって言ったよなぁ!? 無罪放免むざいほうめんが希望なんだけど、どうだよ?」


コフォルはその態度にかなり苛立いらだっているようだった。


「私が救ってやるといったのは”たましい”だ。そのけがれたたましいをこの剣ではなってやる。せめて来世らいせでは美しきはなになるよういのりたまえ。まぁ今よりは少なからずマシになるだろうがね!!」


オウガーは今になってがけから落とされたかのように絶望した。


「ファイセル君!! 制服がよごれる。いますぐがしたまえ!!」


ファイセルの制服はバサバサと魔物モンスター拘束こうそくを解いた。


すれちがいに音速おんそく刺突しとつが化け物にびせられた。


モンスターははちの巣のように穴凹アナボコだらけなり、倒れこんだ。


コフォルはレイピアをヒュンヒュン振るとさやおかめた。


「これにて本当の任務完了だ。ファイセル君、協力に感謝するよ」


そういいながら男女2人がファイセルに向けて頭を下げた。


ファイセルはいきなり女性が現れたので驚いた。


「あの……そちらの女性は?」


彼女は顔を上げると名乗った。


「私はルルシィ・オーネ。私もタスクフォースの一員なの。天然てんねんダムが決壊けっかいしそうだった件があったでしょ? あれを解決するために私は派遣はけんされていたの」


大人の色気のある女性だ。


「オウガーの調査ちょうさも兼ねてミナレートからやってきたわ。実はあなたにはすでに出会っているわ。''アクアマリーネ''の真贋しんがん見極みきわめて報告する必要があったから」


少年はルルシィに全く見覚みおぼえがなく、初めて見た顔だなと思った。


同じ旅路たびじを行けばたとえ後ろを歩いていたとしても、どこかで気づくと思うのだが。


「ははは、おどろくのも無理は無い。彼女は周囲しゅうい呪文じゅもん″ミミクリー・サラウンディングス″という魔法の使い手でね。普段は景色に擬態ぎたいして潜伏せんぷくしているんだよ」


次の瞬間しゅんかん、ルルシィは部屋にんで見えなくなった。


道理どうりで見つかるわけがないわけだ。


だが、考えてみれば今までつけられていたことにな る。


思わず少年は眉間みけんにシワをよせた。


ひそかに追跡ついせきされていたと言われ、いい顔をするなというのが無理がある。


「おっと。そんな顔しないで。私の任務は"アクアマリーネ"の追跡調査ついせきちょうさ。なにも盗んだりはしないわ。私は君が盗難とうなん事件じけんに巻き込まれないための護衛こえいよ。ウロコは自由にあつかってもらってかまわないから」


姿を現したルルシィは同時にれいるような仕草しぐさを見せた。


「それにしてもダム決壊けっかいの件は見事だったわ。私が解決する前に片付けてしまうのね。まさかあの濁流だくりゅうおさえきれるとは思わなかったわ。いい妖精ようせいさんみたいだったから大事だいじにしてあげるのよ?」


ファイセルはうなづいてビンの水を見た。


今はまだ休眠中きゅうみんちゅうなのでただの水にしか見えない。


だが、確かにそこには彼女の気配があった。


「さて、我々はしばらく宿を調べて混乱が起きない夜中のうちに村を出るよ。きっと明日には大騒おおさわぎになるに違いない。君も早めに村を離れたほうがいいだろう」


リーネが復帰するまで村に滞在しようとしていたが、計画がくるった。


酒場でコフォルとの会話は地元住民じもとじゅうみんに聞かれている。


それに、もぬけのからになった宿に1人でまっているのもおかしなものだ。


「はい。わかりました。僕も今夜中に旅立とうと思います」


タスクフォースの2人もうなづいた。


「おっと。そうだ。報奨金ほうしょうきんわたすよ。小切手こぎって小切手こぎって……いや、田舎いなかではこんなもの紙切かみきれに過ぎんな。現金支給げんきんしきゅうにしよう。命をけたのだからいくらわたしても足りない。だが、ひとまず50万シエール程度ていど勘弁かんべんしてはもらえないだろうか?」


ファイセルは首を横に振りながら遠慮えんりょしがちに言った。


「いえいえ、こちらこそ大したこともしていないのに。50万とは十分すぎるくらいです」


するとコフォルはファイセルのかたたたいた。


「はは、君はきもたまもすわっているし、うでも良い。そんなに謙遜けんそんするもんじゃあない。もっと自分に自信を持ちたまえ」


ルルシィも笑いながら称賛しょうさんの言葉を送った。


学院がくいんに『おたくのファイセルさんがダム決壊阻止けっかいそし、アテラサウルス討伐とうばつ、オウガー退治たいじを達成した』って連絡しといてあげるわよ」


精鋭集団せいえいしゅうだんに評価されるとは思わず、ファイセルはれずにはいられなかった。


今回の冒険ぼうけんではお金だけではなく、学院がくいん成績せいせきにまでいい影響を与えそうだった。


もっとも、学外がくがいの人物からの評価なので実感はかなかったが。


「では、僕は一足先に村を出ます。コフォルさん、ルルシィさんもお元気で!」


3人はお互いの健勝けんしょうを祈り、解散した。


そして少年は真夜中のうちに、そそくさと村を後にするのだった。

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