都市伝説はお好きかね?

ファイセルは疲労困憊ひろうこんぱいだったので、昼間から爆睡ばくすいしてしまった。


そして、起きたのは夜のとばりがおりてからだった。


少年はだるさを感じながら黒髪頭くろかみあたまをガサガサといた。


ふと棚の上のビンに目をやるが、そこに妖精は居なかった。


悪い夢のような出来事だったが、フェアリーとの別れは現実だったようだ。


永遠の別れではないらしいので、気にんでも仕方がない。


きっぱらめようと少年は村の酒場へ向かった。


この辺りは冷たい空気に覆われていたので、マントを羽織はおる。


どうやら冬季とうきが近づいているらしい。


ヨーグの森が解放された今、酒場の客はまばらだった。


また恐竜きょうりゅうが出るかも知れないと、旅人や商人たちはそそくさと森を抜けていった。


少年はカウンター席に座り、マスターにたずねた。


「ソフトドリンク、置いてありますか?」


筋肉質きんにくしつでいかにもあらくれ者といった雰囲気のマスターだ。


腕の大きなタトゥーが目立つ。


店主はまゆり上げ、怪訝けげんな表情をした。


「ボウズ、まさかミルクを頼むとかいうんじゃねぇだろうなぁ? ここはヒョロガキの来る店じゃねぇぜ。おめえのおかげでこちとら商売あがったりなんだ」


マスターからあからさまに敵意てきいを向けられた。


これは厄介やっかいな事になりそうだと、ファイセルが酒場をろうとしたその時だった。


隣のカウンター席の男が店主にチップのコインを投げたのだ。


「まぁまぁマスター。彼は英雄だよ? 彼に一杯いっぱいミルクをおごろうじゃないか」


かなり高めのチップに、マスターは急にこびを売り始めた。


「へえへえ。こりゃあ……へへっ。申し訳ねぇこって。そちらのお客さんも先ほどは粗相そそうがあって申し訳ありませんや」


清々すがすがしいまでに露骨ろこつな手のひら返しだ。


マスターは人が変わったように飲み物を用意し始めた。


「さすがに酒場ですし、ミルクはおいてねぇんでさぁ。ぶどうジュースで我慢してくだせぇ」


アルコールの飛んだぶどう汁が目の前に置かれる。


ファイセルは隣の紳士しんし会釈えしゃくをしながらお礼を言った。


「すいません。ありがとうございます。いただきます」


紳士しんきは軽く手を振って答えた。かなり身なりの良い男性だ。


年齢は若いように見える。20代といったところだろうか。


細目でシュッとした輪郭りんかくからは、まるでキツネのような優雅ゆうがな印象を受けた。


赤茶色あかちゃいろのとんがり帽子ぼうしに同色のローブを身につけている。


帽子の下には同じような赤茶をしたかみのぞいている。


腰には銀色シルバーに光るレイピアを差していて、冒険者のようだった。


おそらく都会から来たのだろう。


こんな辺鄙へんぴな酒場にはつかわしくない風体ふうていだ。


「時に少年、君はミナレートから来たのだろう? おっと、まずは私から名乗るべきかな。私は王都おうとライネンテから来た''コフォル・ヴィーネンバッハ''だ」


この垢抜あかぬけた雰囲気。やはり都会から来た人だった。


ライネンテは王都おうととも言われ、この国の首都である。


王族によって統治とうちされているが、選挙があったりと民主主義的ではある。


それを聞いてすぐにファイセルも名乗り返した。


「リジャントブイル魔法学院まほうがくいんのファイセル・サプレです。御察おさっしの通り、ミナレートからきました


コフォルは突如とつじょ、別の話題を振ってきた。


細目ほそめで常にニコニコしているように見える。


「ところで君、いきなりだがオウガー・ホテルの都市伝説としでんせつを聞いたことがあるかい?」


ファイセルはいい大人が、大真面目おおまじめ都市伝説としでんせつを語りだしたので拍子抜ひょうしぬけした。


「宿屋に泊まりに来る客を食べる食人鬼しょくじんきがいるっていう話でしたっけ?」


キツネ顔の男は首をたてに振り、マスターに聞いた。


「この村の宿屋を経営してるお方は?」


マスターは少し考え込んでいたが、徐々じょじょに顔がこわばっていく。


「つ、つい最近まで老夫婦が経営してたんですが、なんでも孫娘まごむすめが手伝いに来たって話で。手伝ってもらってる間、老夫婦は旅行に出ると孫娘は言ってました。なので最近は夫妻の姿をみかけねぇでさぁ……」


コフォルはファイセルの方を向き直って尋ねた。


相変わらずニコニコしているように見える。


逆にファイセルの表情はくもった。自然と眉間みけんにシワがよる。


「ファイセル君、オウガーの特徴は?」


「う、噂によればオウガーは妙齢みょうれいの美人な女性に化けている……と」


鬼のような形相ぎょうそうで、まくし立ててきた宿屋の娘が思い浮かんだ。




「私はね、オウガーを追ってきたんだよ。人の流れが滞とどこおって、よそ者が集まったこの村ならば、どさくさに紛れて人を喰らう事も容易よういだったというわけサ。どうだいファイセル君、心当たりはなかいかね?」


ひどい表情をしていたが、たまに見せる普段の顔は美人だった気もする。


そうだ。あの宿の主はもうけけが減ったことに怒っていたのではない。


人肉じんにくを食べるチャンスが減った事に激しく苛立いらだっていたのだ。


少年は身震みぶるいいしながらゾーッとした。


「言われてみればいくつか思い当たるふしがあります。もしかしてオウガーは臭いに敏感びんかんだったりします?」


コフォルは拍手はくしゅを送った。かわいた音が酒場に響く。


周りで飲んでいた人々は思わず、彼らの会話に聞き耳を立てて、釘付くぎづけになっていた。


いい大人の都市伝説としでんせつとたかをくくっていたものの、出てきたのは説得力のある恐ろしい話だったからだ。


「オウガーはモンスターのくせにグルメでね。変なにおいがする肉は当然、食べたくないわけだ。今日の昼の一件で旅路たびじが開け、今晩は例の宿屋には君しか泊まっていない」


コフォルにゆびをさされ、ファイセルは青ざめた。


ひたいにだらだられる汗を腕でぬぐう。


「チャンスはいくらでもあった。それでも君が襲われなかったのはその香水こうすい…フォレスト・パフュメでみ付いた臭いのおかげだ。ラッキーだったね。どうせ何度も風呂に入るようにとでも言われただろう」


まさか2回もリーリンカに命の危機を救われるとは思わなかった。


もし、これが出来の良いの香水だったら……。


オウガーに寝込みを襲われ、食べられていたに違いない。


「それではオウガー退治たいじと行こうじゃないか。申し訳ないが、ファイセル君にはおとりになってもらうよ。今頃、人肉じんにくの味にうえているだろう。今夜中に耐えきれなくなって臭いを無視して襲ってくるはず。なぁに、怖がっておびえるふりをしてくれればそれでいい」


いつのまにかファイセルは囮役おとりやくにされてしまったらしい。


不満そうに彼が口を開こうとするとコフォルがそれをなだめた。


「なぁに。君は学院生がくいんせいだろう?こういう厄介で危険な事を率先してけ負ってくれるものと思っていたが…。なに、腕を買っての頼みだよ。適任てきにんは君しか居ないしね。当然ながら報酬ほうしゅうを出すよ」


気軽に言ってくれると襲われる身の少年は思った。


だが協力を必要され、「腕を買う」、「学院生がくいんせいなら」と言われてしまうと断るのは気が引けてくる。


真面目まじめな性格の人がいつも引く貧乏びんぼうくじだった。


「ハァ……やりますよ。制服を見せている以上、人助けは基本ですからね……」


それを聞いたキツネ顔の男はバチンと指を鳴らした。


「グッド!! 簡単に退治たいじと言ってしまったが、これが危険な計画であるという事は私も承知しょうちしている。安心したまえ。君は私が絶対に守ると約束しよう」


男性からはみょうな自信が感じられた。


彼はとんがり帽子を被りながら立ち上がり、同じ色のマントを羽織はおった。


そしてファイセルとそろって酒場を出た。


「人前では言えなかったが私は魔術局タスクフォース》の一員いちいんだ。国内の緊急性きんきゅうせいの高い問題に取り組んでいる国立の特殊部隊とくしゅぶたいさ」


タスクフォースの名は師匠せんせいに聞いたことがある。


なんでも凄腕すごうで精鋭部隊せいえいぶたいらしく、国内のあらゆる問題を解決して回っているとのことだ。


特に戦闘を中心とするミッションに強く、こういったあらっぽい事案じあんに出てくることが多い。


コフォルは少年に自らの身分を明かした。


通常では身分を明かすのはまずありえないが、命をける相手に対する誠意せいいを示したのだろう。


「それでね、私はオウガーを追いつつ、ヨーグの森のアテラ・サウルスを退治する任務についている。もっとも恐竜退治は君がげてしまったがね。残る課題はオウガー狩りというわけだ」


彼の素性すじょうを知って、ファイセルの疑問は一気に解けた。


魔術局のタスクフォースの隊員になら身を任せられる。


そう思ったファイセルは改めて囮役おとりやくを引き受ける事にした。


そして気持ちを引きめ直して打ち合わせを始めた。


奇襲きしゅうされるとわかっていればこちらでも応戦が可能なので、出来るだけカマをかけてみます」


コフォルは満足そうに笑った。


「おっ、学院生がくいんせいきもすわってていいね。話が早くて助かる」


そうこうして、二人は宿屋のそばまでやってきていた。


「私は君の部屋の窓の下で待機している。オウガーが本性を現したら助けに入る。本当は君が退治してしまってもいいのだが、おびえてるフリをしないとオウガーが本性ほんしょうを現さないかもしれないからね」


そしてファイセルは宿に戻った。


例の娘が声を張り上げてどやしてくる。


「あ~クッッッサッッッ!! あんた、今度は酒かい!! 料理を作っておいたのに外食なんかして! おまけに雑草臭ざっそうくさにおいも抜けてない!! また風呂に入りな!! さもないと部屋に入れないよ!!」


まだ夜遅くでないのに彼女は宿屋入口のかぎを閉めた。


コフォルから話を聞いた後、宿屋の主に対する印象が一変いっぺんした。


ギリギリ取り繕つくろえているが、やはりひどい顔をしている。


もはや隠し通すのも限界といったところだ。


作っておいたという夕飯にも…何が入っているか分かった物ではない。


再度、入浴するように命令された。


ファイセルは素直すなおしたがうフリをして、風呂には入らなかった。


何か音がするので耳をませると、キッチンの奥から刃物はものを研といでいるような音がする。


夕飯の時刻はもう過ぎているのに、熱心にいでいる。


少年は気づかれないように部屋に戻り、窓のカギを開けた。


「コフォルさん、お夕飯を用意していたようです。普通の宿屋なら当たり前といえば当たり前ですが、この宿の夕食は……。おまけに刃物はものいでる音がします」


窓枠からとんがり帽子ぼうしだけひょっこり出ていた。


窓の外の真下に立膝たてひざをついているのだろう。


すぐ室内に飛び込めそうな姿勢である。


「夕飯に何か混ぜて寝込みを襲う気だったんだろう。だが、もうここも人喰ひとくいの拠点としては使えなくなった。最後に君をくって、真夜中のうちに村からずらかるつもりだ」


そう言いながら帽子は上下にヒョコヒョコれた。


こういったトラブルには強いのか、落ち着きはらった様子でコフォルは状況把握じょうきょうはあくに務めた。


「やはり……この隙を逃す手はないな。まだ寝込みを襲うには時間が早い。寝込んだふりをして深夜まで待機してみてくれ。私もいつでも突入できる体勢でスタンバっている。頼んだよ」


ファイセルは群青色ぐんじょういろの上着をハンガーにかけて吊つるした。


窓を長いこと開けていたので、部屋が冷え込んでしまった。


緊張感きんちょうかんで全く眠くならなかったので、そのまま夜遅くまで部屋のランプをつけておいた。


そろそろ頃合いかなと思い、ファイセルは明かりを消してベッドの中で身構えた。

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