血塗れの妖精と青臭い剣士

ファイセルは戦いを終わらせるとすぐ重症者じゅうしょうしゃった。


大きな傷は霊薬れいやくふさがったが、冒険者の女性の出血が止まらない。


手立てが見つからず、みるみるあおざめていく彼女を見ている事しかできない。


あまりの歯がゆさに少年は奥歯おくばをかみしめた。


これまでとあきらめかけた時、ビンの中にリーネが現れた。


「ファイセルさん!! 液体の複製ふくせい増量ぞうりょうです!!」


少年はリーネの言っていた特殊魔術エクストラスペルについて思い出した。


「血液を複製ふくせいして体内へ送る⁉ そんな事できるのか……いや、迷っているひまはない!!」


少年は女性の傷口を指でなぞると、それをビンにつっこんだ。


するとフェアリーはうなっている。


「ぐぬぬぬ~~。普通の水と違うので複製ふくせいにてこずっています。人間の血液ってフクザツですね……」


少しずつビンの中に複製された血液がたまっていく。


リーネの魔術まじゅつは"コピー"だ。


本人から抜き取った血なら拒否反応きょひはんのうは起こらないと思われた。


「いいぞ!! で、人間の体内に入ったことはある?」


血の色にまりきって、真っ赤になったリーネは困惑で大声を上げた。


「あるわけないじゃないですか!! 全然わかりませんよぉ!!」


血液の流れを説明するのは困難こんなんを極めた。


「体内に入った後、細い血管から流れにに乗って体中をめぐるんだ。くれぐれも流れに逆行ぎゃっこうしたら駄目だからね!」


そうこうするうちにビンは女性の血液と同じ構成こうせいの血で一杯になった。


するとファイセルは口にびんの血液を流し込んでいった。


強引だが、彼には医学いがくの心得がないのだからしょうがない。


ましてや緊急時きんきゅうじである。平常心へいじょうしんを保つのは難しかった。


リーネはすぐに身体にけ込んだので、のどに行く前に血管けっかんみ込んだ。


そして彼女は血液の流れをつかんだ。


「血管が破裂はれつしない程度に血を増やして!! 心臓しんぞうにたどり着いたらそこに留まって更に血液を増やして!!」


幸い、リーリンカの薬のおかげで、女性の心臓の動き自体はおとろえていないようだった。


今は意識が無いが、呼吸はしている。


血液さえなんとかなれば持ち直すはずだ。


しかし、リーネはかなり疲弊ひへいしていた。


「ハァ、ハァ……心臓に到達しました。本格的な血液の増量に入ります……」


短期間に液体の複製ふくせい増量ぞうりょうの繰り返し。


なおかつ精密せいみつな動作を要求されているのだ。無理もない。


その甲斐かいもあって、女性の肌の血色けっしょくがだんだん赤みをびてきた。


順調に血がなじんでいる証拠しょうこだ。


だが、一方でビンの水位がとんどんさがった。


「無理をさせ過ぎたか!! もうちょっとこらえて!!」


あと少し、あと少し持ちこたえれば女性は助かる。


だが、急激に液体のリーネが減り始めた。枯渇こかつ秒読みである。


「あとちょっと、あとちょっと!!」


ファイセルがいのるように見守っていると、リーネがげた。


「残念ながら本当にあと少ししか持ちません!! しばらく休眠きゅうみんしてしまう事になるので、水質すいしつチェックが出来なくなってしまいます。あぁ…ファイセルさん……ごめんなさい……」


少年はビンを優しくなでた。


目をうるませたフェアリーがこちらを見上げている。


「何言ってるんだい。リーネはよく頑張がんばったよ。ほら、そんな永遠えいえんのおわかれみたいな顔はやめてさ。ゆっくり休んで。いつまでも待ってるからさ!!」


少年はにっこり笑って親指を立てた。


リーネは感極かんきわまったのか号泣ごうきゅうしだした。


「ゔぇぇぇぇえ〜〜!! ばいせるしゃああぁん!! うわああああ〜〜ん!!」


その泣き方はまんま人間の幼子おさなごのようだった。


ファイセルは村の子供達をあやしていたのを思い出した。


「よしよし。リーネ、ゆっくりおやすみ」


ビンをかかえるようにしてそれをゆらゆらすった。


すると、フェアリーは静かになった。


そして彼女は親指を口にくわえたまま、丸くなった。


「ボスン!!」


その直後、音と共にビンの中身の液体が空になった。


見る限りではただのビンにしか見えない。


ファイセルはにこやかな表情で彼女を見送った。


そして、生命をつなぎ止めた冒険者達に声をかけた。


「村に戻りましょうか。みんな待ってますよ」


彼らは目の前で起こった出来事を何一なにひとつ信じられないようだった。


だが、肌の色が正常に戻ったのを見てこれが現実であることを確信した。


帰りを待っていた商人や旅人が森から出てきたファイセル達を見て、称賛しょうさんの声を上げた。


「おまえさんら、本当に生きとるのか? 幽霊ゆうれいかなんかじゃあるまいな?」


思わず少年はかたをすくめた。


「冗談はその辺にして、早く怪我人けがにん手当てあてしてあげてください。幽霊ゆうれいだったら手当てなんかいらないでしょう……」


さいわい、キャラバンには数人ヒーラーが居たようで冒険者の治療ちりょうにあたり始めた。


だが、なぜだかファイセルの周りの人たちが彼をけていく。


「ママー、あのおにいちゃんすっごいくさい!!」


「こらっ!!」


若い母親が娘の口をふさいでお辞儀じぎをしながらあとずさりしていった。


ファイセルはすっかり忘れていたが、擬態香水フォレスト・パフュメの臭いがべったり付いていた。


すでに鼻が馬鹿ばかになっているため、どれだけくさいのかわからない。


キャラバンの商人たちが遠まわしににおいのひどさを示唆しさした。


「兄ちゃん……とりあえず風呂に入ってきた方がいいんじゃねぇか? 宿屋はあすこだからよ」


ファイセルは宿屋で風呂場を借りた。


念入ねんいりに洗ったつもりだが、においが落ちたのかどうか全くわからない。


風呂場を借りた礼を言い、カウンターの若いむすめに自分の体臭たいしゅうについて聞いてみた。


「ぜ、全然臭いませんよ。大丈夫です」


一瞬いっしゅんむすめの顔がしかめっつらになったのは見逃せなかった。


(あぁ……まだくさいんだなこれは‥‥)


大人しく諦めて宿の外に出ると、キャラバンの商人と旅人達が集まってきた。


しかし、妙な距離感きょりかんがある。やはりよっぽどにおうらしい。


ファイセルは森での経緯いきさつを話した。


聴衆ちょうしゅう勇気ゆうきあるこの学院生がくいんせいねぎらった。


「おっ、もしかしてその出で立ち、アンタ、洪水こうずいを食い止めた魔法剣士様まほうけんしさまだろ!? あんたのウワサでもちきりだぜ」


少年はれくさげに頭をいた。


「あはは……魔法剣士まほうけんしでは、無いんですけど‥‥」


旅人達たびびとたちはは不思議ふしぎそうそうな顔をしてファイセルをながめた。


「剣士じゃない? するってぇとアレかい? 剣を使わずにアテラサウルスを仕留しとめたんかい?」


あちこちから質問攻しつもんぜめにあい、どこから答えていいのかわからない。


どうしようかと考えていると、森からキャラバンの偵察役ていさつやくが戻ってきた。


「確かにアテラサウルス8体の死体を確認。周囲しゅういれも見当たりません。今なら安全に通行つうこうできそうです!!」


一同はそれを聞いて歓喜かんきの声を上げた。


キャラバンのリーダーはそれを制止せいしするよう声をって発言した。


「足止めを食らっていた連中れんちゅうは身分にかかわらず、この少年に謝礼金しゃれいきんはらえ。それがスジってモンだ。がく多寡たかは問わん。各々おのおのが無理をしない程度に金を払うのだ」


そう名乗りを上げたキャラバンリーダーが集金を始めた。


今回はあぶなげなくアテラサウルスを撃破げきはできた。


学院受験がくいんじゅけんの旅のときに、大怪我おおけがをさせられた。


そのリベンジマッチに打ち勝ったのである。


学院生活で実力がついた手応てごたえを感じた。


これなら洪水こうずいの方がよっぽど命がけだ。


それにしても、お金を受け取ってばかりの旅にどうにも違和感がある。


(こんなにお金持ちになるとは思わなかったなぁ。お金があって困る事はないんだけど‥‥。でも年齢には不相応ふそうおうな金額だよ。なんだか複雑フクザツな気分だなぁ……)


クソ真面目な学生の感想だった。


リーダーがファイセルの元へやってきてお金の入った袋を渡した。


「よくやってくれた、これでワシらもあきないができる。冒険者を救ってくれたのにも礼をいうぞ。あと少しで彼らを見殺しにしてしまうところだったからな」


リーダーかくの男が手を差し出す。


ファイセルはマントで手をぬぐって握手あくしゅした。


「よーし、諸君しょくんら解散だ。各々の旅の無事をいのって!!」


冒険者ぼうけんしゃ商人しょうにんたちが声を上げ、お互いの旅の無事を祈った。


ファイセルはどっと疲れが出て、宿屋のデッキにこきかけた。


もらったるくろの中身は確認せず。カバンに入れる。


だいぶ軽くなったリーリンカのバッグが目に付き、その中身を確認した。


滋養強壮剤じようきょうそうざいは……もうないな。魔力回復剤マナサプライがあるけど、これは取っておこう」


ファイセルは多くの魔力を消費したため、強い倦怠感けんたいかんを覚えた。


人が死にそうになる現場にも遭遇したのだ。疲れるのも無理はなかった。


いきなり宿屋のドアが開いてさきほどの若いむすめが顔をのぞかせた。


「そこの雑草臭ざっそうくさい兄さん。アンタ、どうしてくれんだい。ここ1週間くらい宿屋は大繁盛だいはんじょうだったのに、アンタが恐竜倒きょうりゅうたおしちまったからガラガラじゃないか!!」


彼女は人が変わったかのようにヒステリックに怒鳴どなりつけてきた。


擬態香水ぎたいこうすいの臭いにまゆしかめ、嫌悪感けんおかんを隠さない。


きっとこれが彼女の本性ほんしょうなのだろう。


気持ちはわからなくもないが、八つ当たりもいい所である。


いかくる宿娘やどむすめのご機嫌きげんが取れないかと、今後の予定を語ってみた。


「僕が数日の間、まるんで勘弁してください……」


宿屋の主は綺麗きれいな顔をゆがませ、さら苦虫にがむしつぶしたような表情ひょうじょうを浮かべた。


「アンタがいたら部屋中ににおいがみ付くじゃないかい!! 一日3回は風呂に入りな!! それと、特別清掃料金とくべつせいそうりょうきんで定価よりプラス5000シエールだよ!!」


無茶苦茶むちゃくちゃ値段設定ねだんせっていだ。これならミナレートのかなり良いホテルに泊まれる。


むすめはニコニコしていれば美人びじんだ。


しかし、怒り出すと顔が豹変ひょうへんし、おにのように見えてくる。


この村には他に宿屋が無い。


この女性に数日間ドヤされ続けるのだろうなとファイセルは頭をかかえた。


今までがチヤホヤされすぎていただけである。


本来、ながれの旅人なんてこんなものである。


「ママー!! あのお兄ちゃんくさいよ~!!」




さきほどの幼い少女がまた笑いながら、無邪気むじゃきに大声で叫ぶ。


またもや母親は幼女の口をふさぎ、あやまりながらとおざかって行った。


「あはは……そんなにくさいかな? 全然わからないや……」


再びすごい勢いで宿屋のドアが開く。


「ほら、玄関げんかんに居たらアンタがくさくて人がってこないだろ!? まるならまるでさっさと部屋取ってお入り!!」


ファイセルは重い体をなんとか動かし、カウンターに立った。


「うわアンタ、近寄るとますますクッッサッッ!! 一泊12000シエールだよ!! あんたたっぷり謝礼金しゃれいきん貰ったんだからとっとと払ってもらおうか」


もはや、この態度は接客業せっきゃくぎょうとは言えない。


まるでタチの悪い借金の取り立ての様だ。


その上、ボッタクリとは救いようのない宿屋である。


少年がさっさと代金を支払って部屋に行こうとすると若い女性に止められた。


「部屋のベッドにくささがみ付くじゃないか!! 風呂に入ってから部屋に行きな!!」


さっき風呂に入ったので、ほとんど時間が経ってないのだが。


部屋の前で仁王立におうだちされてはなすすべがない。


ファイセルはグッタリ疲れながらも風呂に入った。


入念にゅうねんに髪の毛とマントを洗ってようやく部屋入りを許可された。


まだ昼だったが、あまりの疲労感ひろうかんに倒れるようにベッドに入る。


そしてくさい少年は深い眠りに落ちた。

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