特製! ヴィヴィッドでカラフルでデリシャスなスープ

ハ《や》ツ釜亭かまていの店内に入ると、ウェイターに座敷ざしきを案内された。


しばらくすると店員が来てオーダーを取り始めた。


学生証を見せて年齢確認をする。


ライネンテ王国では16歳からの飲酒が許可されている。


学院の入学可能年齢は満14歳からだ。


そのため、初等科エレメンタリィ4年目ともなれば全員が酒類を飲める。


チームメイトはそれぞれ思い思いの料理を注文した。


「じゃあ~あたしは六角ろっかくウサギのむらさきスープ煮と、新酒にいざけのヴァルナぶどう酒で!」


「私は……王国ヒトデのホワイトスープ漬けステーキと、新酒にいざけのトロピカルミックスをお願いします」


「僕は釜特製かまとくせい・魚介スープのスパゲッティと、オレンジジュースで」


「私もオレンジジュースで。あとラーグホウレンソウの水色コトコトを」


「俺は大王クラゲの激辛赤ソース煮と古酒こしゅのドラゴニカを水割りで頼む」


さすがにスープが売りな店だけあって、ここにくると誰でも大体スープ料理を注文する。


「なんだ、おめーらお子様はいつも新酒にいざけかぁ。古酒こしゅの良さがわかんねぇとはなぁ。哀あわれなモンだぜ。ファイセルとリーリンカに限っちゃ酒でさえねーじゃねぇか」


ザティスがひじをテ-ブルについて不満そうにぼやいた。


ミナレートでは主に新酒にいざけと呼ばれる酒が好んで飲まれている。


この酒は飲み過ぎても吐き気や頭痛、酩酊めいてい、意識障害、二日酔いなどが起きにくいのが特徴だ。


ほどほどに酔うことが出来る酒として都会を中心に流行っている。


一方、従来の酒は最近では古酒こしゅなどと呼ばれて区別されている。


こちらは強い酔いの快感がある為に古酒こしゅ古酒こしゅで根強い人気があった。


田舎などでは酒と言えば未だに古酒こしゅの事を指し、新酒にいざけを取り扱っていない酒場も多い。


「あたし古酒こしゅは相変わらず気持ち悪くなるからダメだわ。都会に出てきて新酒にいざけからお酒に入ったクチだし」


ラーシェはそこそこ飲むほうだ。


それに比べるとアイネのほうがヘビーだった。


「私は古酒こしゅ好きですけど」


ザティスがテーブルに乗り出して古酒こしゅの話題にくいつく。


「おっ、どんなのが好みだ?」


「先ほどザティスさんが頼まれたドラゴニカはのどが焼けつくような感じがして好きじゃないです。ランテアとかプルールあたりは割とサッパリとしたのどごしで好きですよ」


アイネは飲みすぎるとベロンベロンになるので家でしか飲まないという。


たまに打ち上げで飲んでいるのを見かけるが、ちょっとやそっとの量ではビクともしない。


もしかするとザティスより酒に強いのかもしれない。


「それにしてもおめぇらだよおめぇら。もうすぐ中等科ミドルだってのにいつまでもジュースなんか飲んでたらきょうざめだぜ」


どこから頼んだのか、青年は早くもほろ酔い気分だ。


そしてファイセルとリーリンカを指差してまたぼやいた。


「まったく、お前はそうやって打ち上げのたびに同じ説教をしてるぞ。いちいちからんでくるんじゃない。酒が嫌いな奴だっているんだ。少しは考えろ」


リーリンカが至極しごくまっとうなツッコミを入れた。


「へいへい……」


ザティスは気まずげにまゆをひそめて茶髪をいじった。


そして懲りずにファイセルの方に向き直って話題を振ってきた。


「で、ファイセルのぼっちゃんは何で飲まないのかな?」


酒を飲まないほうの少年もけむたい顔をした。


「知ってるでしょ。僕はお酒を飲むと頭が痛くなっちゃうんだって。うまいもまずいとかそれどころじゃないって。気持ちよくなるどころか、悪くなっちゃうよ」


ザティスは大げさにてのひらを額に当て、やれやれと首を振った。


そうこうしているうちにテーブルに料理と飲み物が届き始めた。


「では、今回の模擬戦もぎせんの優勝を祝って乾杯しよう! 今回もみんなよくやってくれたね。クラス代表を目指して二学期も頑張ろう!! 乾杯かんぱい〜!」


ファイセルの乾杯かんぱいとともに、全員がグラスを軽くぶつけ合って打ち上げが始まった。


テーブルに笑顔が満ちる。食事をしながら雑談に花が咲いた。


「最終戦のブレードダンサーはマジで厄介だったわ。剣の軌道が全く読めなくってさ~」


ラーシェが身振り手振りを交えながら、対戦相手の厄介さについて説明していた。


「またまた~、そんなこと言ってあっさり剣をへし折ってたじゃないですか~。殆ど攻撃も避けて、あんな浅い傷だけなのが信じられないくらいですよ。あっという間に傷をふさげましたし」


アイネは今回もラーシェが派手に暴れた事について改めて驚いているようだった。


口元に手をあてて笑う。


「まぁ刀剣類とうけんるい十八番おはこだからね~。あのくらいで傷負ってたらやってられないよ」


ザティスもコロシアムの結果で勝ち誇った。


「いや~、それにしてもこの間、ウィザードをコテンパンにのしてやったのは中々痛快だったぜ!!」


それを聞いていたリーリンカはため息をついた。


「お前、未だにウィザード連中に八つ当たりしてるのか……陰湿いんしつだな」


すぐにコロシアムの住人は反論した。


「陰湿とはなんだ陰湿とは! 過去の自分との決別と言ってもらおうか!!」


「どうだか」


ザティスはそれっぽい理屈をこねるが、ただの八つ当たりだと思えた。


二人の言い合いをよそに、ファイセルは魚介スープのスパゲッティを味わっていた。


(ふむ、イカとエビのプリプリがたまらないな……クラゲとヒトデの風味が混ざってこれも中々…)


食事に熱中していると、アイネが声をかけた。


「ところでファイセルさん、今回の模擬戦でまたずいぶん学生服の上着に傷がつきましたね」


ファイセルは食事を食べるのを止めて、自分の制服を改めて見てみた。


あちこちがほつれていて、雑にわれた跡がいくつもある。


遠巻きに見ても目立たないが、同じ座敷に座っているとさすがに目につく。


「名誉の負傷ってとこかな~。一応、デカい傷はつくろっておいたんだ。新品に買い替えてもいいんだけど、こいつは2年の時から使ってて愛着があるからね」


リーリンカはその修復の跡をみて図星をついてきた。


裁縫さいほうか……お前その様子じゃあんまり得意じゃないだろ?」


思わず制服の持ち主は後頭部こうとうぶいた。


「え?バレた?やっぱ服屋に持って行ってってもらうかな。でも学生服は素材が特殊だからお店に修復を依頼すると高額になっちゃうんだよね」


ファイセルは苦笑いしながら制服のほつれを指でなぞった。


「私がつくろいましょうか?」


「私がつくろってやろうか?」


アイネとリーリンカが同時に答えた。


家事全般が得意そうなアイネと、意外にも裁縫さいほうは得意だというリーリンカ。


そんなのは初耳だが――


「それは助かるね。でも帰省中きせいちゅうも上着は使いそうだから後で頼む事にするよ」


どちらかに頼むかすぐに決めるのが難しかったので、ファイセルは保留することにした。


帰省中きせいちゅうに使うというのも本当の話であるし。


自分で帰省と言って思い出したが、他のみんなの予定はどうなのだろうかと彼は疑問に思った。


そこでファイセルは話題を変えて、休暇の予定について振ってみた。


「あ、それはそうとみんなは今回の休暇の予定は?僕は2年ぶりに帰省するんだけど」


ザティスがグラスをこちらに向けながら、曖昧あいまいな記憶を引き出すようにして聞いた。




「おめぇの故郷ってアレか。南部ラーグりょうのシリルだっけか? ドラゴン・バッゲージ便びんを使ってもかなり距離があるんじゃねーか?」


ドラゴン・バッケージ便びんとはドラゴンを動力とする飛行船である。


国内各地で運行されているが、空港が少ないのが欠点だ。


ファイセルは首を横に振ってザティスの方を横目で見ながら言った。


「それがね、今回はちょっと寄り道しなきゃだからほとんど徒歩で行くんだよ」


それを聞いてその場の皆が驚いているようだった。


「シリルまで徒歩だぁ!?ちょっと寄り道どころじゃねぇじゃねぇか。また酔狂すいきょうな帰省手段だな。帰省ってよりほとんど冒険だろ」


ザティスは今にも「バッカじゃねーの」と言いそうな表情でこちらを見ている。


大丈夫だとファイセルはフォローを入れた。


「まぁ寄り道せずに行けばミナレートからシリルまで半月くらいで着くから用事を見積もっても一月ひとつきはかからずに着くと思うよ」


チームメイトはその狂い気味の距離感覚に唖然としているようだった。


「あ、あはは……。みんなあんまり長距離旅行とかしないのかな……?」


ようやくファイセルは場の空気を読んだ。


さすがに常識外れだったかもしれない。


「まぁアレだ。帰れる故郷があるだけいいと思うぜ。俺なんか留年しすぎがたたって一族からえんを切られちまったからな。帰る場所はここしかねぇのよ」


珍しくザティスがさびしげな表情を浮かべた。


一気に気まずくなりそうだったのでラーシェがそれをさえぎるように提案した。


「ファイセル君が無事に行って帰って来られることを祈ってるよ。みんなで見送りとかしようか?何時くらいに出るの?」


ファイセルは少し考え込んでいたようだがすぐに返した。


「旅は初日が大事だからね。気合を入れて朝5時にはミナレートを出発するよ。朝早いから見送りはいいよ。で、他のみんなはどうするの?」


他の仲間の近況も知っておこうと、ファイセルは改めて今後の予定を聞いて見ることにした。

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