餞別《せんべつ》の薬詰めバッグ

打ち上げの翌朝、ファイセルは旅支度を整えていた。


テーブルの上にリーネのビンを置いて荷物のチェックを行う。


リーネも目をこすりながら顔を出した。


「とりあえずまず持っていくのは非常食『ライネンテ海軍のレーション』かな。軽いし、少量でも満腹度と栄養がれる優れものさ」


なぜか少年は顔をしかめた。


黒い眉はとんがるようにして眉間にシワを寄せた。


目線は厳しく、手に取ったものをうらめしげに見つめている。


「だけど、すっごいマズいんだな。これが。実習の時、マズすぎてみんな泣きながら食べてたっけな……」


これは本当に最後の手段である。


出来るだけ食べないでおこう。そうファイセルは心に誓った。


「せっかくならおいしく作ればいいんじゃないですかね……」


リーネが至極しごく真っ当な感想を述べた。


「このマズさに非常食用のからくりがあるらしんだよね。あれこれ機能性を求めすぎると何かを犠牲にせずにはいられないって事かな」


確かに非常食の類は栄養素のみにおもきをおくものが少なくない。


しかし、ものには限度というものがある‥‥と少年は思った。


「あとは魔術局の地理課ちりか発行の地図とマギ・コンパス。地図には地理課ちりかから最新の情報が配信されてきて、地名や道の変更もすぐに反映されるんだ。天気予報機能もあるよ」


ファイセルは薄くて折り曲げ可能なマップをしまった。


「コンパスは基本的に地図とセットで使う物だよ。地図と同期してて地図上での自分の場所がわかるっていう優れもの。地図もコンパスもセットで買うと結構高いよ。僕は師匠せんせいからもらったんだけどね」


少年はコンパスのひもをベルトに結んで腰かららした。


「あとは懐中かいちゅうタイプのマギ・ウォッチ。まぁこれは普段から身に着けてるから特別に旅用に用意したものじゃないけど」


少年は徐々に旅人の顔つきにかわっていく。


そして懐《ふところのポケットに時計を入れた。


「後は……この間買っておいた爆裂海藻ばくれつかいそうヨウカン。これは師匠せんせいへのおみやげだね。師匠せんせいも昔、リジャントブイルに通ってたらしくてさ。これ、懐かしいかなと思ってね」


ファイセルは水菓子みずがしが潰されないようにカバンに収めた。


「結局、そのヨウカンはおいしいんですか? 普通、お菓子の名前に”ばくれつ”なんてつけないと思うんですけど……」


リーネは固形物こけいぶつが味わえないので、こればかりは口頭こうとうで解説するしかない。


「味自体は控えめな甘さで海藻かいそうの風味がしてかなりおいしいよ。でもね、口の中が痛くなるほどはじけるんだ。その刺激を受け入れられるかいなかによって好き嫌いがきっぱり別れるね。僕はあんまり好きじゃないかな」


一応、解説しては見た物の、あの味というか刺激は実際に食べてみないとわからない。


「マスターはそのヨウカン好きなんですか?」


リーネは恐る恐る聞いた。


一瞬だけファイセルが顔をしかめたのを妖精は見逃さなかった。


「う~ん……わからないなぁ。この前に帰省きせいした時には『懐かしいなぁ』とか言いながら無表情で食べてたけど」


「そ……そうですか」


妖精フェアリーはおみやげのチョイスに疑問を感じた。


そして、ファイセルの姿を見てまた一つ疑問を抱いた。


「服装は相変わらず制服なんですね」


少年は学生服のすそをつまんだ。


「いやー、学院の制服は性能高くってね。攻撃や魔法に対する耐久力がそこら辺の布とは段違いだから。もはや魔法のよろいだね。だから制服で旅をするのは僕だけじゃないと思うよ」


上着をざっと羽織はおり、準備を再開する。


「そういえば、私、ファイセルさんが武器を持っているのを見たことが無いんですが、呪文で戦うんですか?ウィザードさん?」


そういえば、妖精フェアリーの少女はファイセルがどんなバトルスタイルなのかを知らない。


「あぁ、気づかなかったのかぁ。いつも腰のベルトの内側に挿してあるから見えないのもしょうがないね」


そういって少年は腰のベルトから何かを抜き取ってリーネに見せた。


「これは……ブーメランですか?」


「そう。メインに使ってるのはこの”リューン”って名前を付けたブーメランと今、上着として羽織はおってる制服の上着、”オークス”なんだ」


フェアリーは目を真ん丸にして驚いた。


「ほぇ~、その制服さんは魔法生物さんだったんですね~」


ファイセルが魔力を込めると服がひとりでにはためきだした。


布類ぬのるいを魔法生物にしてる人は少なくて、黙ってれば能力がバレにくいって長所がある。だからオークスを奇襲に使う事はしばしばあるね。まぁモンスター相手には関係ないけど」


そう言われても一見ただの布にしか見えない。


リーネはどうやってこれを戦闘に使うのかがわからなかった。


「だからそんなにつくろった跡があるんですね……」


布使いは背後を指さした。


「あとは、連れて行くかで悩んでる奴が一匹」


ファイセルはクローゼットを開け、立てかけてある剣を手に取った。


「1万シエールで買った安物の剣。攻撃力を上げたくて初めて買った剣なんだけど、滅茶苦茶凶暴でね。危うく斬られるところだったんだよ」


ファイセルは刀を抜き、刀身を眺めながら軽く振ってみた。


彼は真剣な顔つきに変わる。


「え……で、それは持っていくんですか?」


ファアリーは不安そうな表情を浮かべながらそうたずねた。


「一応、腰から剣を下げていれば冒険者だと思われるでしょ。そうすると厄介ごとに巻き込まれずに済むことも多い。使うかどうかは別としてね」


そう言いながら少年は剣をベルトに差し、暗い紫のアルマ染めのマントを羽織った。


「うわ~、綺麗なマントですね~」


ますます旅人風になったファイセルはマントを揺らした。


「出かけてくるときに着てたマントだよ。これはもうダメになってるけどね。よし、これで旅支度は完了だ。心もとないように思えるけど、傷薬とかは必要だと判断した時点で現地調達していくよ。荷物は出来るだけ軽くしたいからね」


ファイセルはリーネのビンのフタを閉めて、脇のベルトにひっかけた。


少し重いが、ちょうどよく引っかかり、走ったりしても問題なさそうだ。


早朝のルーネス通りはいつもの喧噪けんそうが嘘のように閑散かんさんとしている。


人の少ない通りは味気ない、であっという間に街の出口の門へと着いていた。


「しばらくはミナレートともお別れだな……」


出発しようと街に背を向けた瞬間、ファイセルはビン同士がぶつかるような音を聞いた。



「ガチャ、ガチャッ、ガチャガチャ!!」


気のせいかと思ったが、振り返ってみると音は近づいてくる。


「あれは……リーリンカかな?」


バッグを肩からかけたリーリンカは、長い髪を振り乱して走ってきた。


「ハァ、ハァ……ま、間に合ったか……」


少女は前かがみになり、膝に手を当てた。


「リーリンカ。どうしてこんな時間に?」


「いいから……持っていけ……」


バッグの中には、リーリンカ特製の薬品類がいっぱいに詰められていた。


「どうせお前の事だ、軽装でふらふら出かけていくだろうなと思ってな……しょうがないやつだ」


図星すぼしと言えば、図星ずぼしである。


ファイセルは彼女にお礼を言った。


「わざわざありがとう! ありがたく使わせてもらうよ。リーリンカも休暇と帰省きせいを楽しんでね」


旅人は見送りの少女にそう笑いかけた。


「あ、ああ…………」


リーリンカはこちらの笑顔に返した。


それは普段見せないような突き抜けて明るい表情だった。


そして彼女は旅立つ少年が見えなくなるまで手を振っていた。


今回の旅は大河”ラグランデ川”にそって南下して故郷であるシリルを目指す計画だ。


「ラグランデ川の河口、マーク完了です。流れの上層は普通の水ですが、底の方はしょっぱいですね。これがウワサに聞く”きすいいき”ってやつですかね……」


冒険者は見送りの少女から受け取ったバッグの中身を確認していた。


「何々?飲み傷薬に塗り薬、魔力強壮剤まりょくきょうそうざい擬態香水ぎたいこうすいにカゼ薬……あとはなんだこれ。''死にそうになったら飲め''?リーリンカが走ったからかカバンの中がグチャグチャだよ‥‥」


薬を分類しながら少年は疑問に思った。


「それにしてもこのバッグ、普段リーリンカが身に着けてる愛用のバッグじゃないか。僕に預けちゃっていいのかな?」


それを見ていたリーネは安直あんちょくな予想をした。


「きっとファイセルさんの無事を願っての事ですよ!」


彼は納得したように2つのバッグを肩からかけた。


「ちょっと重いなぁ。まぁ使ううちに軽くなるでしょ。無事に旅を成功させて、バッグをリーリンカに返そう。大事にあつかわないとね。」


「そうですね! いきましょうか」


ファイセルとリーネは一歩踏み出して街道を歩き始めた。

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