【10】やっと触れることが出来た
頼ってくれることが嬉しかった。日の傾いた帰りの電車では、討論会の余韻に浸る暇もなく彼女とのSNSに没頭した。大学の街に帰ってきた
木造アパート二階のドアの前で、息を整え堂々と振舞ってみせる。チャイムを押すと疲れた
「おじゃまします」
「ごめん。暗いよね」
部屋に入った青空が躓きそうになる。
それでも灯りをつけようとしない彩音が、重い足取りで案内したのは荒れた部屋だった。目が慣れると、弁当の殻やペットボトルや脱いだ服が散乱していた。室内干しのタコ足に下着が掛かっているのを、見ちゃいけないと青空は目を反らした。
窓もカーテンも閉じられ、埃っぽく淀んだ空気。彩音は髪も服もよれよれで部屋と同様だった。言われるままフローリングの床の僅かな隙間に青空は座った。
「みんなもバイトをクビになった。次のバイトも見つからないって」
彩音は力なくベッドに腰を落としていた。
「ここはまあまあ大きな街だよ。国道バイパスには人手不足の店がたくさんあるよ」
「
彩音は無理に口を開いた。
「鼻で笑われた。あの大学の学生かって。こんな大学だから蔑まれて当たり前。こんな大学だから炎上しても誰も助けてくれない」
同じ思いだと青空は言いたかった。
「一流大学の奴らは社会のルールを勝手に作っているから。あいつらはボクらのストレスから富を奪っているから。行き場所のないボクらの僅かなルール違反を、自分たちの基準で一方的に裁こうなんて、最悪の差別だ」
「もうこんなの嫌」
彩音は履歴書の束を床から掴み取り、泣き叫び振り回し破り散らかした。
「落ち着いて。落ち着いて
「どうすればいいの。どうすればいいの須崎くん」
暴れる彩音の両手を青空は思わず取って、握っていた。
「今日ほかの大学に行ったんだ。千人以上の学生が集まるすごく大規模な討論会だった。そこで実学教育に反対する頭の固い教授を負かしたんだ」
「一回だけの成功が何の役に立つの。ソラーの小説は小説の中だけの出来事。須崎くんも本当は解ってるんだよね。小説で社会は変わらないことを」
「違うよ朝倉さん。変わらせるんだ。これから本当になるんだ」
彩音の細い指を全力で抑えつけた。青空は未来を教えたくて声を大きくした。
「ボクは確信したんだ。実学教育は絶対に勝てる。教授たちがあれだけ反対するのは、自分たちが間違っているのを認めたくないからなんだ」
「でも、でも」
「ボクたちは絶対に勝てるんだ」
ソラーの小説は現実なんだ。だから諦めないで。
彩音の力が抜けてゆく。
「須崎くん痛いよ」
「ごめん」
青空は慌てて両手を離した。彼女はまた力なくうなだれたが、もう自我の暴走は止まっていた。
「飲酒なんか大したことないよ。今までも未成年飲酒は何百回も炎上したよ。でも一か月もしないうちに全部収まってる。それに」
青空はスマホを見せた。彩音が目を逸らす炎上騒ぎのSNSだった。
「いいから朝倉さん」
――この子かわいい。
――すごく明るくて活発そうだよね。
――こんな子がレストランとかいたら毎日通っちゃう。
――素直そうだから、女子にも人気あるはずだよ。
――友達になりたい。
――こんな子がFランなんてもったいないよ。
薄目でタイムラインを追う彩音が驚いている。
「ね。アルバイトとかすぐに見つかるよ」
青空に誘われ彩音も小さく笑った。
「わたしって人気あるんだ」
「自覚なかった?」
「……ちょっとは。ないわけでも」
照れる彼女がたまらなく可愛くて、青空は安心していた。
「停学処分って言ってもたった二週間だよ。留年するわけないじゃないから」
――――――――
夜も更ける頃には彼女はすっかり落ち着いていた。二人で割引になったコンビニ弁当を買い、少し片付けた部屋でいくつかアルバイト候補を探した。自転車の帰り道、静かな街灯の住宅地で青空が見上げると、無数の星が散っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます