第3話 自分を捨てて受け入れる
【1】真実を突き止めるために
『またFラン大学が炎上してたね』
二人だけのダイレクトメールでトモが送ってきたURLは、まさに
「未成年飲酒のニュースは、ボクの学校でも話題になっています」
『ソラーはどう思う?』
「大げさすぎます。未成年で飲酒や喫煙なんて誰でもやっています。なのに炎上するのは、社会のルールが一流大卒の奴らを基準にしているからです」
『でも法律は法律だよ』
「それがおかしいんです。飲酒喫煙に法的な罰則は存在しません。なのに叩かれるのは、社会全てが一流大卒の奴らに媚びているからです」
『いつもキミが小説で書いてることだよね』
「こんな不条理は許されません。今日もこのことを小説で書きます」
『ソラーは本当に行動が早いね。それが人気の秘訣だよね』
「ボクは絶対に社会を変えます。絶対に成功させます」
『これだけ人気があるのなら、出版化の話も来ているんじゃないのかい?』
トモの書き込みにスマホをなぞる青空の指が止まった。
小説の投稿サイトは、あらゆる出版社がアクセス数や人気の動向を追跡していて、少しでも売れそうなら書籍化の話が来るのだと、実際にデビューした作家がSNSで言っていた。だが彼らの数倍のアクセスや人気がありながら、青空の投稿サイトのメールボックスには今まで何の連絡もなかった。
さすがに異常だと、ソラーの小説のファンも言った。
――ソラーの小説がデビューしたら僕らの境遇が広く知られるようになる。
――みんなの声が大きくなれば社会を動かせる。
――こんな面白い小説がデビュー出来ないわけがない。
――みんなで出版社に請願しよう。
――みんなでソラーをデビューさせよう。
小説が本になれば、ボクそのものが認められる。実学教育の中心で、みんなを動かす地位に立てば正体を隠さなくてもよくなる。
青空は彩音のことを思い出した。彼女が心の中で笑ってくれた。
なのに現実はあさっての方を向いている。小説投稿サイト主催の賞でさえ、名前すら掲載されなかった。おかしいと思った読者が何人も問い合わせていたが、投稿サイトから返答はなかった。
トモは言った。
『どこかの誰かから圧力が掛かっているのかも知れない』
「ボクの小説が有名になるのを妨害して、何のメリットがあるんですか」
青空が言うまでもなく、既にこれは異常事態だと、フォロワーがSNSでファンが拡散していた。
――Fラン大生が社会に認められるのを嫌がっている奴がいる。
――出版社の社員も一流大卒の奴らだよな。
――自分の地位が脅かされるのが怖いんだ。
そうやって悔しがり、怨嗟で溢れかえる書き込み。
――おいおい。こいつら陰謀論とか言ってるよ。
――こんな妄想の垂れ流し、出版される方がおかしいっていうの。
――そのうち弱小出版社がスカウトするんじゃないの?
――売れるわけねーだろ。底辺の貧困読者が本なんか買うわけない。
――あいつら投稿サイトで無料で読めるから喜んでるだけだよ。
だが一流大生やその卒業生を名乗るアンチが、野次馬の一般人を味方につけ、圧倒的な数で、青空のペンネームである『ソラー』のファンを徹底的に攻撃した。
――底辺どもは本を買う金があったら、すぐゲームに課金する。
――底辺のSNS見てみろ。廃課金でサラ金だって。
――女子はブランドものが欲しいから風俗でバイト。
――お前らまともな就職が出来ると思うな。現実の厳しさを思い知れ。
全国のFラン大生のフォロワーは個人情報を特定され、その怠惰な日常生活を晒されネットの笑いものになり、SNSから消えてゆく。
境遇だけで格差を強要される現実を見ていられなかった。差別をなくすための活動は反社会的行為だと批判される。一流大学の奴らと自分たち能力の差はない。立場が逆転すれば、奴らは自分たちと同じように炎上騒ぎを起こす。そうに決まっている。
親が上級国民というだけで地位も名誉も金も手に入れる奴ら。それを叩き潰す力がソラーの小説だ。投稿サイトに掲載された数百キロバイトの文字が同じ境遇の人を動かし、自分の考えと一体になってくれる。
「トモに話したいことがあります」
トモもボクも、お互いに正体を知らないまま活動してきました。ボクが真に支持を集めるまで、まだその約束を続けたいと思っています。だからお願いします。
――――――――
ネットの地図や写真で、投稿サイトを運営する会社の場所を確認した。青空はSNSのフォロワー数人と、ダイレクトメールで作戦の打ち合わせをした。
小説投稿サイトのスタッフの一人は人気ブロガーであり、SNSで顔出ししていることを知った。自意識過剰なのか、自分のファンに出会ったときにサインをしたことを自慢していた。その社員にダイレクトメールを送ると、返信はすぐに来た。
青空は生活費に使うはずの、入ったばかりの僅かなアルバイトの給料を学割に替え、駅のホームに立っていた。朝の眩いレールに新幹線が滑り込んだ。
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