【4】もっと現実を見て

「いい加減諦めろ。お前の味方はどこにもいないぞ」

「仲間ならいる。お前らは知らないだけだ」

「良かったな。狂人が増えて。そいつと仲良く無駄な努力を続けてろ」


 三年生になった。立身出世する小説の主人公とは違い現実での青空そらは、陰キャの代表としてクラスのおもちゃにされていた。ネットの世界でも、底辺が底辺を貶める差別主義者として、またおもちゃでしかなかった。


 伸びない成績に押し潰されそうな毎日に、それでも青空が学校に通い続けるのは、三年でも同じクラスになったあの女子がいつも助けてくれたからだ。


「あいつら本当に酷いよね」

「自分のことを棚に上げて真面目な須崎すざきくんを目の敵にして」

「あいつらいつも動画撮ってるけど、炎上が怖いからネットには上がらないよ」

「須崎くんは大学行くんだから。卒業するまでの我慢だから」


 そう慰めてくれる女子に、どれだけ救われたことか。


「わたし? わたしは進学は無理だよ。お金ないし。大学行ってやりたいこともないし。適当に就職して適当に楽しく過ごすだけだよ」


 彼女は悪いことは悪いとはっきり言うだけでなく、気遣いも出来るから、クラスの女子や男子にも結局は一目置かれていた。気付けば青空は彼女の方ばかり見ていた。ふと目が合い顔を反らしても彼女は笑んでくれて、それがたまらなく嬉しかった。


 ――――――――


「こんなに面白い小説なのに、どうして出版されないの?」


 ネットの世界で、SNSで女の子が聞いてきた。


「アンチしかいないから。あいつら荒らすだけで、小説が本になっても買ってくれないことを出版社は知っているからだよ」

「私はあなたの味方よ。他にもあなたの小説を好きな人は絶対いるよ」

「そうかも知れない。でも批判の数には勝てないんだ」


 ――努力が報われるなんてご都合主義も甚だしい。

 ――知識があれば認められる、教養があれば成り上がれるとか言ってるけど、それって作者の願望だよね。

 ――学歴コンプの方がまだまし。勉強が出来ないから、いい大学に入れないから現実から逃げて、自分の理想の姿を主人公に投影してるだけだよ。


「こいつらにボクの何が解る」


 どれだけネットで有名になっても、どの出版社からも連絡はなかった。投稿サイトなら無料で読めるのに、わざわざお金を出して書籍を買ってくれるのは、読者がその小説を所有することで優越感や満足感を得られるからだ。


 青空の小説はバカにされるためだけに存在し、それに対価を払うことは自分の価値を貶めることだと喧伝される。たまらなく悔しかったが、それでも書くのを止めなかった。


 勉強の合間に毎日三百文字程度、原稿用紙で一枚分。少しづつ書き溜め週一回の更新を続けてきた。小説は後半に差し掛かり、主人公が身に着けた豊富な知識や教養が、貧しさから抜け出そうと努力する人を啓蒙する場面に差し掛かっていた。


 ――――――――


「あなたの小説のおかげだよ」


 夏を前に女の子はクラスで一位になったことを報告してきた。


「すごい! これなら一流大学にも行けるよ」


 まるで自分のことのように興奮する青空が尋ねた。


「どこの大学受けるの?」

「ネットで不用意に個人情報を晒さない方がいい。そう教えてくれたのはあなただよ」

「そうだった。ごめん」

「ところで」


 女の子が聞いてきた。


「前に言ってたクラスの女子には告白しないの?」


 そう聞かれ青空は胸を詰まらせた。


「ボクにはそんな資格がないよ」

「成績のこと?」


 女の子が絵文字で笑った。


「こんなすごい小説を書ける、あなた自身が魅力的だよ。だから勇気を持って」


 女の子の言葉が青空を動かした。


 ――――――――


 現実での希望に胸を高鳴らせ、教室で女子が一人なのをを見計らい、ノートのページを切って折り、女子の前にそっと置いた。不思議な顔の女子のその後を確認しないまま、青空は逃げるように教室から出た。


 夏休み直前の遅い放課後、体育館と塀に囲まれた細長い敷地で汗をかきながら青空は待った。女子が現れると、詰まる想いを最後まで言い切った。


「好きです。キミのことがずっと好きでした」


 夕刻の眩しい照り返しで女子の顔を見失った。

 声が聞こえた。


「須崎くん、本気で言ってるの」


 眩しさで顔を塗り潰された女子が、クスクス笑い出したのだ。


「どうして」


 逆光のマスキングが突然増えた。女子と同じように笑いながら取り囲んだのは同じクラスの連中だった。


「こいつ本当に告白しやがった」

「陰キャが告白とか受ける」

「これはアクセス爆増間違いなし」


 彼らは全員でスマホのカメラを向けてきたのだ。


「お前ら。まさかアップロードする気じゃないのか」

「あ。上げてほしいの?」

「それいいね。こんな面白いシーンほかにないし」


 爆笑が起こる中で青空は女子に駆け寄った。


「いつものように言ってよ。この動画を拡散したら炎上することが。きみはネットリテラシーが高いからみんなに注意してくれるよね」


 こんなふうにボクを晒すのって、冗談だよね。


 だが青空の悲痛な叫びは打ち消された。


「ちょっと優しくしたら本気になるの、すごく面白かったよ。これがぼっち陰キャなんだって。あ、これって暴力とかじゃないから、公開は問題ないからね」

「なんで。なんで裏切るんだ」

「キモっ」


 女子は青空をおもちゃにし続けた男子に並んだ。男子に体を密着させると、男子は自慢げに女子の腰を抱いた。


「解ったか陰キャ」


 情けなくて恥ずかしくて青空は逃げ出した。追われるスマホのレンズに映った醜態は、その日のうちに動画投稿サイトやSNSで晒された。顔にはモザイクが入れられていたが、同じ高校の人にはすぐに知られた。無数の侮蔑にも関わらず、先生も学校もただの遊びだと何も対処してくれなかった。

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