【5】意識高く生きるはずだったのに

「告白どうだったの?」

「うまくいかなかったの?」


 女の子はその動画の存在を知らないみたいだった。

 何も答えないでいると、彼女は言った。


「これ以上聞かないよ。ごめんね」

「絶対ボクは一流大学に合格してみせる。未来を掴んであいつらを見返してやる」

「応援してるよ。私は一流大学には行けないから」

「え?」


 どうして。


「理由は、あなたも解ってるよね」


 二年生までの成績が悪いのに、三年生でいきなり一位になっても、推薦入学に必要な評定値には届かない。今はどの大学も定員の半分以上は推薦枠だ。一般入試は倍率数十倍で、この程度の成績では一流大学の合格は不可能だと女の子は語った。


「残念だけどしょうがないよ。私は私の行ける大学で満足なの」


 誰も名前を聞いたことのない大学だと彼女は言った。


「それでも、私みたいなのが大学に通えるのが、夢みたいで嬉しいんだ」


 ――――――――


 青空そらの小説はクライマックスに突入していた。


 ――知識と教養で多くの人を味方につけ、政府の巨額のプロジェクトを受注する最終選考会に出席した主人公。そこでは主人公をバカにし続けた、ライバル会社の社員が優位に立っていた。


 圧倒的な資金力と実績を誇らしく語る大企業のライバル社員。主人公のことを無学で無能だと罵倒し、政府の役員もそれに迎合していた。だが批判の中で主人公は、今までの努力の成果である、知識と教養を、データと言葉にして出席者全員にぶつけていた――。


 ――――――――


 女の子の言った通り、筆記試験の点数だけで決まる一般入試はどこも高倍率だ。担任も親も止めたが、青空は最初で最後のワガママだと、受験料や交通費を出してもらい、一流大学の一般試験を受けていた。


 ――――――――


「連載止まってるけど、受験、もう終わったんだよね」

「結果はまだなの? 教えて」

「何かあったの? 病気とか」

「ねえ返事して。ねえってば」


 何度も女の子はSNSに書き込んでいた。高校の卒業式が終わっても待ち続けた。まだ見ぬ春に書き込みがあったのは、一般公開の青空のSNSだった。


「ボクの考えは間違っていました。うちにはお金がないから、知識も教養も手に入れることは出来ませんでした。今日で小説もSNSもやめます。今までありがとうございました」


 小説の投稿サイトとSNSのアカウントを消した青空は、三月でも募集している地元の私立大学に願書を送った。常に定員割れの大学は、名前さえ書けば誰でも合格できる、いわゆるFラン大学だった。自宅から通えるからちょうどいい。小説を書いていたから文学部でちょうどいいと、彼は自分に言い聞かせた。


 親は何も言わず、ただ大学合格を祝ってくれた。久しぶりに回転寿司の店に連れて行ってくれた。どれだけ遠慮しても親は高い皿を取ってくれた。それはこの先決して選ぶことの出来ない、青空にとっての精いっぱいの贅沢びだった。


 ――――――――


 ――あーあ。受験失敗したらアカウント決して逃げやがった。

 ――もともと底辺のくせに。どんだけ自分に酔ってるんだよ。

 ――金もないくせに知識や教養が身に着くわけないじゃないか。


 突然消えたネットのおもちゃだが、掲示板は死体蹴りで盛り上がっていた。


「出来もしないことを口にするのは恥ずかしい。こいつはそれが解ってないんだ」


 ――そういうお前もいつも偉そうだよな。


「僕は偉くないよ。お前らと同じただの底辺さ」


 ――聞くけど、お前が上級国民になったら、何をしてみたい?


 青空を執拗に攻撃していたアンチは、笑いながらスマホの入力を指でなぞった。


「もちろん。お前ら底辺を全員奴隷にするさ」


 ――怖っ。

 ――ガチのサイコパス現る。

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快晴《かいせい》のユートピア すが ともひろ @tomohiro_suga

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