【3】現れた味方

 ある日、ネットの世界を光が照らした。


「主人公の気持ちが心に染み入ってきました。底辺と呼ばれる人たちは頭の悪さや出自が原因ではなく、貧困と怠惰が生み出すのだと知りました。本当の知識や教養を、親の金だけで成り上がったエリートは持っていない。だからそれを武器にすれば格差社会で勝ち上がれるって、本当にそう思いました」


 学校でも家でもない。自分が自分でいられる場所は、投稿サイトの小説を宣伝するために作った、SNSのアカウントだった。


 青空そらは急いで返信した。


「ありがとうございます。ボクの書きたいことが正しく伝わってとても嬉しいです」


 相手は嬉しそうに文字を綴ってくれた。


「この小説を読んで私の考え方が変わりました。今までは努力は無駄だと思っていました。いい大学に入っていい会社に就職するなんて別世界の人のことで、何の取り柄もない私は、夢も希望も持てず、毎日生きるために働くしかないと諦めていました」


「勉強すれば絶対に変われます」

「努力すれば、私もいい大学に行けますか?」

「もしかして高校生ですか?」

「来年は受験生です」

「ボクも同じです」


 ――――――――


「お前の小説がネットで話題になると底辺が叩かれる。だから僕はお前とお前の小説がどれだけ非現実的な妄想なのかを毎日発信している。毎日徹底的に攻撃してやる」


「底辺が勉強ても何も変わらない。お前に行けるのはFラン大学だけだ」


 そのアンチは、おかしいくらい悪意に満ちていた。そいつの言葉を嘘にしたくて、青空は毎日必死で勉強した。


「小説、すごく面白くなってるね」


 そして合間の僅かな時間で、毎日のようにたった一人の味方と語った。二人だけのプライベートのアカウントを作った。顔も名前も高校名も知らないのはお互い様だ。共感に個人情報は必要なく、こうやってSNSで繋がるだけで十分だった。


 やがて青空は、その人が隣の県の女の子だと知った。


 主人公の努力を妨害しようと、終わらない仕事を押し付ける会社の上司が、知識や教養で強くなった主人公の圧倒的な成果に土下座する場面は、つい先日投稿したものだ。


「すごく嬉しいよ。やっと主人公が報われたって思った。すごく面白いよ」


 そう言って褒めてくれる女の子が、写真をアップロードしてきた。名前や学校名を加工アプリで黒塗りしたのは、ひとつ前の実力テストと今回のテストの結果の比較だ。学年百人中八十位だった前回のテストから、三十位になったことに青空は驚いた。


「勉強って面白いんだね」

「ここまで努力するのって、大変じゃなかったの?」


 語り合ううち、文字から敬語は消えていた。まるで女の子が自分のクラスにいるようだと青空は感じるようになっていた。


「大変だったよ。夜もほとんど寝てなくて。こんなことならもっと早く勉強を始めればよかったよ」


 女の子が聞いてきた。


「あなたの成績も見せて」


 この前は真ん中より少し上だったよね。


「小説の主人公と同じように、あなたの努力の成果が見たいの」


 スマホをなぞる青空の指が止まった。


「ごめん。今日は遅いから。もう寝るから」


 返信して青空はスマホを学習机に置いた。どれだけ勉強しても上がらない成績。効率のいい学習法をネットで調べて真似してみた。なのに知識も自信も増やせず、この高校ではおそらく初めての、いい大学への推薦を獲得する点数にはほど遠かった。


 ――――――――


 塾や予備校は金持ちの行く場所だ。自分には古本の参考書が精いっぱいだ。日曜日も副業に行く親。同じようにファミレスでバイトをする自分。僅かな給料は家の食費や電気代、そして高校の学費に消えてゆく。クラスの奴らが手っ取り早い就職を望むのは、同じような経済状況だからだと青空は知っていた。


「これが本当のボクの成績だ」


 女の子に押されて、青空は自分の学力が伸び悩んでいることを白状した。小説であれだけ偉そうなことを言っているのに、自分の実力がまるで追いついていないことを悔しがった。


「仕方ないよ。家を助けるためにアルバイトに行ってるんだから。あなたは勉強のほかに小説も書いているんだから、時間が取れなくて当然だよ」


 そう慰めてくれて青空は安堵した。


 大学に行けばたくさんの選択肢を手に入れられる。楽で給料の高い仕事だって選べる。だから絶対に進学しろと言うのは、女の子の親も同じらしい。



 女の子は、毎日のようにSNSで写真を送ってくれた。通学路に咲く花や用水路の魚。自分の部屋の写真。彼女の姿や居場所を特定出来るものは何もないが、自分と同じで友達がいないことを知り、青空は親近感に安心した。


「今までは大学に行く気なんてなかった。親に負担を掛けたくなかった。でも今は、もっと将来を選びたいって思ってる」


 青空は答えた。


「絶対できるよ。がんばって!」

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