【3】絶望の中の希望
「出版という実績で就活で有利になりたいとか、そういう理由だろう。浅はかだな」
「そんなことは」
男はタバコに火を点けくわえた。
「どの企業もそうだが、一流大卒とそれ以下は業務内容を分けるべきだという方針を持っている。なぜだか解るか」
「それは」
「まあお前のようなFラン大生には解らんだろうな。努力をせずに成果を欲しがる連中だ。まあ今回は、自費出版で金を出すと言うから特別に教えてやる」
「企業や政府の方針は、階層固定による産業の安定化だ。低学歴は職人的な低賃金の仕事しか出来ないようにすることで、現在の人手不足を解決出来る。お前らFラン大生は一流大生が決して選ばない、単純労働や肉体労働がお似合いだ」
唐揚げを食べ尽し三杯目を煽る男は止まらない。
「そういえばうちの投稿サイトに問題作家がいたな。資格や経験でエリートを倒すとかいう話を書いてる奴だ。まさに妄想の垂れ流し。階層を破壊しようと躍起になって、熱心なファンもいるみたいだが、俺からしてみれば社会秩序を乱すテロリストも同様だ」
底辺は口先だけだ。どれだけ熱狂的に応援しても千円の本一冊さえ買おうとしない。無料でなければ見向きもしない。それがお前らFラン大生の実態だ。
「そいつの小説は常にSNSやネット掲示板で炎上している。そんなものを出版しようなら、ネットだけじゃなくテレビや週刊誌でも猛烈な批判に晒されるだろう。コンプラ重視の時代。火中の栗を拾う出版社はないだろうな」
「それがボクの小説が無視される理由ですか」
男が不思議な顔をする。いつの間にか周囲の客がこのテーブルを取り囲んでいたのだ。全員が大学生くらいの年齢で、全員がスマホのカメラを男に向けて構えていた。
「なんだお前ら」
「やったぞ。ついにソラーに会えた」
「ソラーってまともな容姿なんだな」
「あんな小説書いてるから、ニート引きこもりで頭おかしい奴かと思ってた」
酷い言われようだが、それでもこれだけ集まってくれたことが嬉しかった。
「ソラーって、まさか」
青空は男を睨み付けた。
「それがボクの小説のファンを無視し続けた理由なんですね」
無数のスマホで男は写真を撮られた。明らかに悪意を込めたフレームインだった。
「くそう俺を嵌めやがったな」
「いままでの会話は録音してあります」
「くそう」
男がテーブルに蹴りを入れると、ジョッキや皿がひっくり返った。
「それをネットに上げるのか? ならこっちもお前の顔を晒してやる」
「ボクが知りたかったのは、ボクの小説が出版されない理由です」
それ以上のことは興味がありません。だからこの音声は公開しません。
「ふん偉そうに。正規のルートで出版される小説の作者は、一流大の卒業生だけだ。学歴不問はタレントや有名人枠だけだ。底辺が国民を啓蒙しようなんて百年早いぞ」
底辺が上層に這い出すと、決まって賄賂や恫喝が横行する。あいつらは自分のことしか考えないから、社会のルールを平気で破壊する。
「底辺を排除することで社会は安定して発展する。違うか? 違うのかおい!」
怒りで青空を怒鳴り付ける男に、ひたすらレンズが向けられるが、こんな奴らに何が出来るかと男は強がった。
「お前の小説を投稿サイトから削除してやる。エリートである俺を騙した報いだ」
「ランキングに載らないだけでボクの小説は常に十位以内に入っています。その分の読者がいなくなれば広告収入にどれだけ影響するのか、解ってますか?」
「Fラン大生のくせに」
「この動画や音声を公開すればあなたの会社も荒れるでしょうね」
青空がスマホの画面を向けると、男は周囲を睨み付けた。
「あーやだやだ。Fラン生は悪知恵ばかりだ。楽することしか考えない」
男は紙幣をテーブルに叩き付けると、邪魔だとばかりにソラーのファンたちを突き飛ばし店を出る。
「覚えておけ。お前に出版化の話は絶対にない」
店の外でも数十人の連中が一斉にスマホのシャッターを切った。
「くそう底辺どもめ」
男は顔を隠しながら慌てて去っていった。
――――――――
「やったぞ」
「一泡吹かせてやった」
喜ぶ店内で青空は言った。
「みんなお願い。あいつのこともボクのことも、外には出さないでね」
拡散が当然のSNSの世界で、そんな無茶な要求に了承してくれた小説のファンたちを、青空は本当に好きになった。その中でファンの一人が聞いてきた。
「ソラー。本当に自費出版はしないの?」
「そんなお金ないよ。学費や生活費で奨学金もアルバイトのお金もみんな消えてしまう。みんなと同じだよ」
誰もが黙って頷いていた。
「ボクは必ず小説を正規の方法で出版させる。それがボクたちの考え方が社会に認められた証なんだ。だからみんな、待っていて」
外でも多くのファンに取り囲まれ、青空は写真や動画を撮られた。約束しても無駄かも知れない。さっきの男と違うのはみんなの撮影には悪意がないことだけだ。今日中にはこの映像が拡散され、自分の個人情報が特定されるかも知れない。
ここにいるみんなが解っていると信じたい。何の実績のない学生であるソラーの正体が特定されることが、実学教育のカリスマを失うことを。正体を明かすのは、自分の存在を、誰もが否定出来ないくらい大きくなったときだ。
この中にトモがいたとしても、きっと理解してくれる。だから青空は未来を賭けて堂々とファンに手を振り、街を後にした。
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