【4】わからせ
雑談やスマホゲーム、おやつは当たり前。メイクに熱心な女子。カップ麺を食べる男子。平然と缶チューハイを煽る学生までいて、講堂は遊び場でたまり場だった。なのに講師は淡々と黒板にチョークを当てるだけで、決して彼ら彼女らを注意することはなかった。
下手に叱責して学生や親からクレームを入れられたら、学長や理事長が黙っていない。学生はお客様だと何度も自分に言い聞かせ、講師は講義マシンになり切っていた。当然、ショッピングモールのフードコートのような騒音で、その声が掻き消される。
そんな中、目を血走らせ板書をノートに写すのはたった一人だった。諦めれば未来を失ってしまうとばかりの
「いい加減にして!」
快晴が立ち上がり叫ぶと騒音が止まった。周囲を睨み付け快晴が歯ぎしりした。
「本当にみんな大学生なの? もっと勉強しようよ。授業料がもったいないよ。みんなもいい成績取りたいよね?」
だが快晴の後頭部に空き缶が飛んだ。
「誰なの」
アルミ缶は軽い音で床に転がった。ニヤニヤ悪意に満ちた連中の席に快晴が駆け寄ろうとする。だが講堂の雛壇の途中、誰かが出した足に躓き派手に転んだ。
爆笑が起こった。
よろけながら起き上がる快晴の横で、とくに派手に笑うのは
「
「何か証拠があるの?
停学処分の明けた朝倉彩音は明るさを取り戻し、地味な快晴とは対称的にどこにも紛れることのない存在だった。あれだけ無関心だった講師が快晴を心配して近付いたが、それを無視して彩音に掴み掛かろうとする彼女に、周囲からペットボトルや紙くずが投げ込まれた。
「やめなさい皆さん。やめなさい」
講師は快晴と同じように飛んでくるゴミによろけるだけだ。
「だからこの大学はFラン呼ばわりされるのよ。だから就職がないのよ。みんなは悔しくないの? 大人や企業からバカにされて腹が立たないの?」
自覚を促してもゴミ攻撃は止まらなかった。この大学は他に行き場所のない連中の掃き溜めだ。そんな思いが快晴の口をついて出た。
「くそう底辺どもめ」
彩音は立ち上がり、服も髪もジュースやコーヒーで汚れる快晴を笑い続けた。
「ほんと。福井さんは勉強だけしか取り柄がないんだから」
「努力を放棄したくせに! 炎上したくせに! 自業自得のくせに」
「そうやってわたしたちをバカにしてるんだ」
「それは朝倉さんが大学生としての勉強をしないから」
「一人で張り切って。無意味な自己満足をわたしたちに押し付けないで」
彩音は自分を停学させた原因だと快晴に恨みをぶつけたが、快晴にとって彼女は信賞必罰を理解出来ない、低能で野蛮な存在でしかなかった。
「黙れ黙れ黙れ底辺!」
だが彼女が何を言おうが、周囲から見れば無勢の駄々っ子だった。
「快晴も同じだよ。この大学にいる以上は」
雛壇の後ろ、高い場所から見下したのは
「前にも言ったよね。そんな自分勝手じゃ嫌われて当然だって」
「私は間違っていない」
「間違ってるよ」
青空はSNSの投稿を、彼女のだと知ってそのまま送り返した。
――未成年飲酒、みんな許せないよね。
――こんなことされるから大学の品位が落ちる。就職に影響する。
――こんな奴ら単位剥奪とか留年とかにして、動画やSNSで公開しよう。
――そうすれば、この大学は生徒を厳しく指導していると評価される。
――みんなも学校に掛け合って。
「これを、ボクや彩音さん以外のみんなに送ったんだよね」
いまの快晴は自業自得だよ。青空が言うとほかの学生も続いた。
「そうだそうだ」
「役に立たない勉強なんかやめろ」
「お前邪魔なんだよ」
ゴミより酷い悪意をぶつけられ心を痛める快晴。見上げる雛壇には
「おい
「特待生同士仲良くしたら」
「陰キャ同士の間違いだろ」
停学になっていた奴らは、圭祐をイジメていた奴らでもある。そいつらに囃し立てられると圭祐は雛壇を降りた。青空と彩音が心配するのは、また彼が、そっち側に戻ってしまうことだった。
だが彼は、無表情で落ちていたペットボトルを快晴にぶつけた。
ニヤニヤ笑っていた連中も、彩音や青空も、何より快晴が呆然としていた。彼は彼女に吐き捨てた。
「福井さんにはゴミがお似合いだ」
静まる講堂で彼は自分の席に戻ってゆく。しばらくすると周囲が湧いた。
「福井ぼっち確定」
「黒川にさえ嫌われた」
「これで解っただろ。快晴を助ける人はどこにもいないことを」
いつものようにスマホで録画する学生に混じって、青空が言った。
「これ拡散したら面白いだろうね」
「停学になった奴らの復讐だ」
「撮るな! 撮るな」
快晴が顔を隠すが、青空も圭祐も、その行為を誰も止めようとしない。快晴を庇おうとする講師にも青空の厳しい声が飛んだ。
「講師のあなただって解ってるだろう。就職に必要なのは学問じゃない。企業が欲しいのは資格や経験だってことを」
「……そうです」
「やったぞ!」
「ついに認めさせた!」
この大学に来た意味を考えるたび、誰もが澱を溜め続けていた。それが堰切ったことに学生は歓喜し、講師はいつも以上に黒板を背に震えた。
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