【3】救いたいし救われたい
「ボクは高校のときに受験勉強してたから特待生になっただけだ」
「私もほかの人と同じでお金に余裕なんてない」
学費は無料でも生活費まで支給されるわけではない。
学食から離れた平屋の棟に小さな購買があった。ノートやボールペンなどの横に惣菜パンやカップ麺の棚があり、外にはタープ屋根のベンチも並んでいる。楽しそうにランチをする学生から離れて、
「圭祐くん。あんな奴らの言いなりになっちゃダメだよ」
快晴は諭すが、彼は紙パックのジュースを手に小さく俯くだけだ。快晴はジュースとカツサンドを両手に頬張り、今度は青空の方に向いた。
「どうしてあいつらを叩きのめさなかったの。イジメは犯罪よ」
「快晴だって出来なかったくせに」
「青空くんが逃げ出したから。仕方なく」
快晴は口ごもってしまった。
「誰も大学の講義に興味がないんだ。みんな少しでも現実から逃げていたいんだ」
「また青空くんはそうやって。成績が良ければいい会社に就職出来るのに」
「だからあ。その言葉は過去の就職実績を見てから言ってよ」
入学してから何度言い合いになっただろう。
得体の知れない地方の中小企業ならましな方。進路の多くが派遣や契約社員の非正規ばかりで、この大学の就職実績は高校以下だ。そんな正論をぶつけているはずなのに、いつも快晴は全く折れなかった。
「それは卒業生の実力が低かっただけでしょ。もっと勉強すれば、もっと知識や教養を身につければ絶対に成功する」
「絶対にそれはないって。何度言えば」
大声を上げた青空に、近くのベンチの学生が驚き距離を開けた。気が付いて青空は口調を落とした。
「快晴。何回も言ってるけど、きみの努力は無駄なんだ。この大学の勉強、成績なんて誰も評価してくれない。企業は大学名しか見てないんだ」
「少なくとも私や圭祐くんは違う」
「違わないよ」
「成績が良ければ現状を変えられる」
「変えられないよ」
そう言い張る快晴に青空はため息をついた。
「ボクたちが街の人から何て言われてるか知ってる? 暴れて騒いで迷惑ばかり掛けてるバカ学生だって。ルールもマナーもなくて、万引きや傷害事件とかも起こして治安を悪くしてるって。こんな大学ない方が良かったって」
「だからって憂さ晴らしに圭祐くんをイジメるなんて絶対に許されない」
「それだけはその通りだよ。快晴」
――――――――
入学してすぐに始まった圭祐へのイジメを最初に告発したのは快晴だった。彼女は学生課に青空を連れて突撃した。だが大人たちはあいつらに軽く注意するだけだった。
「それは
「聞けば、嫌がらせを受けても反論ひとつしないそうじゃないか」
「本人が黙っているのに、それはイジメとは言わないと思うのだが」
「君たちはは特待生だ。いわば学生のリーダーだ」
「そういう学生とも仲良くなるのが、リーダーとしての資質じゃないのかね」
「人と合わせられないのなら、自分の勉強だけをしていなさい」
「どうして解ってくれないんですか!」
ハラスメント窓口に何回も突撃する快晴たちの相手は、最初は大学職員だったが、ついに学長が出て来た。だが年配の学長の役目はやはり彼女たちを諭すことだった。
「いいかね。私立大学にとって生徒はお客様だ。あまり厳しくして退学されると大学の経営が成り立たなくなる。きみたちが授業料全額免除の特待生でいられるのは誰のおかげなのか、考えてみなさい」
快晴も青空も何も言えなくなった。特待生という特権を失いたくなければ、弱い者のご機嫌を取るのが当たり前だと。それがこの大学の方針だと。
――――――――
「それなのに、青空くんは特待生の身分を失うのが怖くないの?」
あれだけ講義を妨害して、いつ処分されるかも解らないのに。
「快晴さん。それでもボクには卒業後の未来が見えないんだ」
最初に食べ終わった青空が、快晴に答えて立ち上がった。
「ボクはいま出来ることをやる。この大学を卒業出来て良かったって思えるように、大学を変えたいんだ。圭祐のためにも」
「それは私も同じだから」
快晴もベンチから腰を上げた。まるで方向性は違う二人だが、意気込みは変わらなかった。特待生だから三人は出会えた。圭祐はもぞもぞと食べ終わると、座ったままで二人に頷いた。
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