第4話 抑圧された進級
【1】否定された革新
投稿小説の作者『ソラー』。
十代と二十代の端境の作者が週数回、少しづつ投稿する連載小説には、数万のファンとSNSのフォロワーがいた。回を重ねるごとに人気が出て、読者の間ではすぐにでも書籍化され、大ヒット間違いなしだと期待されていた。
これだけの賞賛の言葉があるのに、彼はさっきまで小説を書いていたノートパソコンをリュックに乱暴にしまうと、築数十年の自宅の引き戸を思い切り開けた。
春の穏やかさは冷たい空気にかき消された。踏みつけるペダルの前に、降り出した水が服にしみ込む。レインコートを持ってくるのを忘れた。住宅地から幹線道路、そして大学が遠く遮られ、それでも漕ぐしかなかった。
男子は
――――――――
「あなた本当に大学生? このレポート、恥ずかしすぎるんですけど」
「何が言いたいの。わたしは宿題はちゃんとしてきた」
講堂に響く
「これ、あなた自分で書いてないでしょ」
「何を根拠に」
「AIに書かせたくせに」
「証拠でもあるの」
だが、快晴とは対称的な明るさ華やかさを身に纏う彩音は、雛壇の連なる講堂で、快晴の容赦ない言葉を浴び続けた。
「判定サイトで調べたのよ。結果は真っ黒。AIが捏造した、実存しない参考文献にも気が付かないのには笑ったわ。バレないように自分で書いた部分も追加したみたいだけど、こっちは論理破綻の上に誤字脱字だらけ。こんなレポートを恥ずかしげもなく出せるなんて、頭おかしいんじゃない?」
「……わたしは。本当に自分で書いたのに」
「そんなズルいことしてもすぐ解るんだよ」
「福井さんはお前と違って賢いからな」
「彩音。お前留年したいの?」
「そういうみんなだって、福井さんに教えてもらってばかりで、ロクなレポート書けないじゃない」
「俺らは彩音よりもましだ。何せ特待生だからな」
「わたしらはエリート教育のための改革委員だからね」
その名の通り『改革』の文字が大きく印刷された腕章を誇らしげに見せつけたのは、半年前まで同じ学年の友達だったリア充の一部だった。
二百人座れる雛壇の講堂は、珍しく三分の一の座席が埋まっていた。文学部の単科大学である同学年のほぼ全員が、この必修科目を受けていた。
「だいたいこんな難しい勉強、出来るわけないじゃない」
「あ、認めたんだ」
「やっぱりバカよねー彩音って」
彼ら彼女らにバカにされても彩音は主張した。
「みんな勉強嫌いじゃなかったの? みんな実学教育を受けたいんじゃないの?」
「実学教育とかバカな妄想、本気にしてるのかよ彩音」
あれだけ大学の勉強を否定してモラトリアム全開で遊んでいたのに、一部の連中は快晴と同じ腕章で、彼女のご機嫌取りに成り下がっている。
「福井さん。彩音って本当にバカですよね」
「福井さん。この大学はバカしかいませんね」
「福井さん。勉強に目覚めて本当に良かったって思います」
神輿の如く担がれて快晴はご機嫌だった。
演台の後ろのプロジェクターに拡大されるのは、彩音のレポートだ。快晴は『改革』腕章の男女からタブレットパソコンを受け取ると。そのレポートにスタイラスペンでで真っ赤な×印を殴り書きした。
「これも。これもこれも間違ってる」
「小学生でももっとまともな資料作れるわよねー」
「よくいままで生きて来られたね」
映し出される無数の×印に取り巻きが爆笑する。
「朝倉さんだけじゃないわよ。ここにいる二年生は特待生以外、全員劣等生よ」
マイクを通した攻撃に誰もが陰鬱な顔をした。彩音の前の人のレポートも同じようにバカにされていた。同じ学年のくせに、少し前まで、いや今も同類のくせに、こうやって勉強の出来ない学生を虐めて楽しんでいる。だが反撃は許されず、次は僕が私が攻撃されると俯いた。
小学校、中学校、高校と嫌なことや出来ないことから逃げ出した末路が、『教養知識大学』という名前さえ書けば誰でも入学出来るFラン大学のはずだった。なのにこの半年で、全ての講義が理不尽に厳しくなっていた。ノートの交換や既存のレポートの剽窃もAI判定ですぐにバレてしまう。誰もが自分の宿題を仕上げるのに必死で、友達を助ける余裕などここにはなかった。
「ちゃんと勉強すれば俺らみたいに勉強が出来るようになるんだ」
「そしたら改革委員になれる。特待生と同じ授業料免除。おまけに生活費支給」
「なんたって政府が僕らを後押ししてくれるんだからさ」
自慢する連中を後押しして快晴が言った。
「エリート教育は文科省および野党連合の全面支持を受けています」
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