【9】こんなに希望に満ちて
「これで知識や教養とかいう無駄な教育を守る奴らの正体が拡散されました。いまどきこんなパワハラ、ただで済むわけがありませんよね」
教授との舌戦に勝利した司会の学生が向かったのは、青空の席だった。
「今日はすごいゲストが来ています。僕たちよりもずっと先に実学教育を大学で広めようと戦っている
立ち上がったところでピンマイクの音声入力が、放送ブースから入れられたこと気付き、緊張が頂点に達し頭が真っ白になった。
「須崎くんは講義で資格試験の勉強をするべきだと、講師と口論したんですよね」
「そ、そうです」
声が裏返ったが、客席からの数百のスマホのレンズは集中をやめなかった。
司会は続けた。
「須崎くん。実際に資格試験の勉強をした感想を教えてください」
「ええ?」
司会の声を横に、
「ボクは資格試験の本をいくつも買って勉強しました。でも何を勉強すればいいのか解らないんです。要点も、試験に出る問題も」
「資格試験の勉強は簡単なものではない。やり方を教えてくれる人が必要だということですよね」
「ボクも勉強は出来ない方だと自分でも解っています。でも効率のいいやり方さえ教えてくれれば、絶対に資格試験に合格出来ると思っています」
それは一流大学の奴らが、受験のテクニックを塾や家庭教師から教わったのと同じだと、たどたどしい言葉で青空は語った。そこで司会の学生が青空の言葉を補足するように言った。
「親の経済力が一流大学、一流企業への就職を決め、その子供も裕福な親に課金され同じ道を進む。それが格差の固定を生み出すと言いたいんですよね」
「……そうです。だからボクたちの通うような大学が果たすべき使命は、一流大学生に対抗できるよう、資格や実務経験を効率よく学ぶテクニックを教えることだと思います」
さっきの教授を追い出した他の教授や講師が、青空に立ち上がった。
「私は資格や実務経験そのものは否定しないが、それはやはり、専門学校とかが行うものではないのかね」
「専門学校ではダメなんです」
青空は言った。企業が選ぶのは大卒で、たとえ経営者が大卒でなくても、求めるのは高学歴の学生なのだと。
「だからボクは実学教育を実現したいんです」
講堂の拍手の密度が最大になる。言いたいことを言い切って安堵する青空と、反論を掻き消され憮然とする教授たちの姿が、全国のFラン大学の、午後の講義中の生徒をスマホやパソコンに釘付けにさせた。
――ソラーの小説と同じ考えの人がここにいるんだ。
――小説読んでいてよかった。
――ソラーの小説みたいに。絶対諦めないように。
主人公の挫折や失敗。それが自己責任ではなく固定された階層が原因だということが、フィクションではなく現実という悔しさ。それを乗り越え成功しようとする主人公の姿が、無数の読者と一致した。
青空の大学である
――――――――
討論会は大成功だったと、この大学の学生は帰りのバスに乗っても取り囲み喜び続けてくれた。
「須崎くんの演説、本当に良かったよ」
「ソラーの小説の趣旨を完璧に伝えてくれた」
「須崎くんの言葉はみんなの想いと一致してるんだ」
バスの座席に座り、圭祐と二人で窓から彼らに手を振った。キャンパスを出るバスには青空たちのほかにこの大学の学生もいた。彼ら彼女らの声が聞こえてきた。
「そういえばソラーの小説って、ネットでしか見ないよね」
「本とか出ていないの?」
「まだ連載が続いているからね」
「ということは完結したら出版か。楽しみだ」
その学生の言葉が耳に痛かった。これだけネットで人気になっているのに、出版化の話が来たことが一度もない。
圭祐は自分のスマホをずっと眺めていた。
――高卒とかゴミじゃないか。
――永久に大卒に従うだけの単純労働者。
――派遣とか契約社員とか恥ずかしくないの?
――政府はお前らゴミクズのために減税したり給付金を配っているんだよ。
――その原資はエリートから搾取された税金だ。
――まさに大卒でなければ人にあらず。
青空からは見えない画面は、高卒や非正規を全否定してマウントを取る圭祐のSNSだった。傍目には圭祐はいつもの弱々しい存在で、青空には彼の本当の顔を知る由はなかった。
そのときスマホが振動した。SNSのメッセージに青空は鼓動を早くした。
「須崎くん。助けて。早く来て」
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