第11話 東京タワーがきれいに見える場所

 展望台から都内のありとあらゆる建物を一望できるが、見降ろすと、砂粒のような人達がうごめき、行き交っているのが分かる。

 ユミさんと二人で、人がいる、動いてる、とつぶやきながら、見下げる。いつしか、身を乗り出すようにしている。

「これだけたくさんの人がいると、たくさん知り合えるはずなんだけどな」

「そうやなあ。単なる知り合いやったらそれなりに増えるけど、心が通じ合う友達となったら別やからなあ。逆に、気の合わん人と会う数は増えるんかな」

 東京に来てからも、関西弁のアクセントを直そうという気持ちが希薄だったので、テレビであれだけ芸人が関西弁をしゃべっているのに、実際目の前にいる人物がしゃべっているとなると別らしく、職場でからかわれたり口まねされたりと、いやな思いもした。そんな話をする。

「私は東京生まれ東京育ちなんだけど、ここがふるさとって感じは全然しない。こんなに多過ぎる人の中に混じって、東京生まれも地方出身もないよ」

「そうなんや。俺も、京都がふるさとって感覚が全然ないのと一緒なんかな。こうして上から見てたら、色んな人の姿や動きがよく見えるけど、自分があの中に混じって人の中に埋もれてしまうと、人がどこでどんな風にうごめいてんのか、見えんようにななってしまう。そう言えば当たり前やけど、今ここでこうしてたら、東京タワーが見えへんな」

 東京タワーを見るためには、東京タワーの外へ出なくてはならない。向かいにある赤坂プリンスホテルの最上階に登ると、東京タワーがきれいに見えることを思い出した。週刊誌記者をやっていた頃、都内各所を夜間張り込んで得た知識のひとつだ。

 赤坂プリンスホテルには芸能人やプロスポーツ選手がよく宿泊する。その日もテレビ局から某芸能人を追い掛けたら赤坂プリンスホテルに入った。不倫を噂されている相手の女優が遅れてホテルへ入ってくる可能性があり、ロビーで人待ち顔をしてソファに座ったり立ったりうろうろしながら偵察する。

 Jリーグの人気チームのメンバーが宿泊しているらしく、女性ファン達がロビーにたむろしている。これから選手達が試合を終えてホテルに入ってくるらしい。夏真っ盛りで、ボディコンブームは去りつつあったが名残りはあり、身体の線がはっきりした服装の女性が目立った。

 張り込み記者顔負けのフットワークの軽さでJリーガーを待ち続ける彼女達がソファに座り、色鮮やかな膝上数十センチのスカートから出たロビーの照明に照らされて光るストッキングに包まれた両脚を上げたり下ろしたりしながら、自分の目当ての選手の話題に黄色い声で興じている。

 そうして騒いでいてもらうと、某芸能人を張り込んでいるこちらは目立たなくなるので、彼女達の存在は歓迎すべきことかも知れなかった。しかしあまりに彼女達が目立ち過ぎると騒ぎの渦の中にスーツ姿の男性がいることがホテルマンから見て不自然に思われないだろうか、と警戒する気持ちにもなった。

 不倫相手の女優とみられる人物がロビーに入って来た。サングラスを掛け、紺のロングワンピースと目立たない服装なのでJリーガーのことで頭が一杯の女性達にはまったく気付かれない。

 女優はフロントへ足早に歩きチェックインを済ませ、エレベーターに乗り込む。エレベーターがグランドフロアへ降りてくる直前に速過ぎず遅過ぎずの歩調でエレベーターに近付き、何気なく女優と同乗する。女優はこちらの方は見なかった。つけられているとは思っていない様子だ。

 高級ホテルのエレベーターは内部もどことなく気品がある。女優はハンドバッグから手鏡を出し、髪などを気にしていた。最上階まで行く。ここまでの動きは全てホテル敷地内の駐車場に停めた張り込み車からの無線による指示に従っての行動で、無線機は上着の内ポケットに差し込み、イヤホンで指示を聞いている。

 最上階に着いたエレベーターから女優が降りた後、一呼吸置いてから降りて女優の後ろを歩き、女優が入った部屋の番号を確認する。無事相手から怪しまれず部屋の確認を終えた後、赤系の装飾が鮮やかに施された廊下をエレベーター方面に歩くと正面に見える大きな窓から闇夜に光る東京タワーがくっきりと赤く輝いて見えることに気付いた。

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