ふるさと巡り

松ヶ崎稲草

第1話 大文字をどこから見るか?

 今年の大文字はマミコと二人で見ることにしたので一ヶ所に落ち着いてじっくりと鑑賞する気になったが、どこから見れば良いのか迷った。

 鴨川の河原から大文字を見るのはカップルに人気と言われるが、凄まじい人出らしい。今年ダイアナ妃が訪れたことで話題になった京都御所も人で溢れ返る、と聞く。

 京都生まれなのに、いや京都生まれだからか、人が大勢集まる所が嫌いで、人混みに紛れると途端に元気がなくなり無口になる自分の性分がよく分かっているし、マミコも人混みでは気分が悪くなると言う。中学時代の友人からの紹介で付き合い始めて三ヶ月になるが、京都のデートスポットと呼ばれるような所へは一度も行っていない。京都生まれの人はみんなそうかも知れないが、清水寺とか金閣寺銀閣寺とか、名前を聞くだけでうんざりする。

 お互い左京区内に家があり、左京区内の歩きか自転車で行けるような所で待ち合わせて、そのまま歩きか自転車で喫茶店へ行ったり買い物へ行ったりしているだけだった。河原町へも出ないし、祇園祭へも人混みが嫌なので行かなかった。

 祇園祭の日は左京区の高野のイズミヤの四階の寿がき屋でラーメンを食べて食後にソフトクリームを食べ、イズミヤの向かいのトゥモロウという喫茶店で僕はアイスコーヒーを飲みマミコはさっきソフトクリームを食べたのにチョコパフェを注文した。店のテレビではKBS京都の番組が流れていて、今日は祇園祭です、宵山です、と連呼し、今年代わった新しい京都府知事が出演してアピールしている。

 店は異常に空いていて、僕達と、初老の男性一人客が居るだけだった。その一人客は真夏なのに重たそうな濃紺のスーツを着てソフト帽を深く被り、コップにかじりつくように水を飲んでいた。こういういかにも変わった感じの人しか地元には残っていないのだろうか。

「みんな祇園祭に行ってんのかな」

 と普段の上品さとは違った夢中な感じでパフェを食べるマミコに話し掛けた。

 コンコンチキチンという無意味で退屈極まる音と、暑いのに鉾や山にくっついてだらだら歩く群衆を思い浮かべただけで気分が悪くなり、できれば一生行きたくない。マミコも祇園祭については同じ意見だが、大文字は生まれてから去年まで十七年間欠かさず見てきたことでも僕達は一致していた。

 大文字は観衆が一ヶ所に密集することがなく、家の前からでも街を歩きながらでも気軽に見ることができる。子供の頃は家から少し出て川端通りを横切った所にある工芸繊維大学のグラウンドまで家族で歩いて行って、見た。中学生になって家族では行動しなくなると、友達数人で川端通りや東大路通り、白川通りを自転車に乗って、高校生になってからは原付バイクで走りながら見ることが多くなった。ドライブしながら見る人も多いらしいが、車の免許はまだない。十月に十八歳の誕生日を迎えるので、教習所へ通うつもりではある。

 一乗寺公園を選んだのは、大文字山のある白川通りから近いが、河原のような激しい人出はなく、浴衣姿の人なども少なく、地味ではあるが、日曜日には草野球の試合などもやっている大きな公園だ。

 行ってみるとわりに人が集まりざわついていたが、河原のように身動きできないほどの人出ではなく、我慢できる程度だ。普段着の人が多い。僕達も普段着だ。僕はTシャツと綿パンでサンダル履き、マミコはブラウスとキュロットスカートに紐付きサンダルで公園内から山の方向を見上げている。明かりがなく見えないが軽く砂埃が舞っているようで、さほど歩き回っていないのにサンダルの足にうっすらと砂が付いているのが感じられる。空気はじっとりと湿気を含んで肌に張り付いている。

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