第17話 瀋陽で中国人向け旅社へ泊まる
大連のバスターミナルを昼過ぎに出発したバスが高速道路を降りる頃、辺りが薄暗くなってきて、目にする建物の看板に『沈阳』の文字が見え始める。中国の簡体文字で『瀋陽』ということだが、文字通りに読むと、日が沈む街、となる。
大連では安い宿を見つけることができず一泊で出発することになってしまったので、瀋陽ではもう少し安い宿を探してゆっくり滞在したいと思っていた。
バスはバスターミナルには入らず、普通の、交通が行き交う路上に停車し、降ろされた。辺りはもう暗い。これから宿を探すのか、と少し暗澹たる気分になったが、バスを降りると『旅社』の看板を持った中年女性が二人、中国語で声を掛けてくる。中国人だと思っているのだろう。
中国では外国人が泊まることのできる宿とできない宿に分けられていて、外国人は『飯店』『賓館』等にしか泊まれず「旅社」は中国国内観光客向けの宿となっているが、だめもとで、そのおばちゃん二人にポケットから出したメモ帳に「外国人宿泊可能?」と書いて見せると、まあついてきなさい、という感じで「来(ライ)」と言われ、連れられる。多分そういうことを知らないのだろうと思いながら付いて歩き、受付で断られることを覚悟で建物に入る。
割にこぎれいな内装のビルだが、中国国内からの観光客達の怒鳴るような話し声が行き交っている。看板を持ったおばちゃんから受付にいる化粧の濃い女性に話をしてもらうが、女性は話を聴きながら、こちらを睨み付けるようにして見ている。これはダメかと思うが、受付へ歩み寄り、筆談で交渉してみる。
女性の答えは予想通り外国人はダメだ、というものだったが、この人達が大丈夫だと言ったとか、今日は夜で暗くて宿を探せないとか、あまりお金を持っていないとか、思いつく限りの理由を、それに当たる中国語が正確には分からないが、大体思いついた漢字を並べてメモ帳に羅列してみると、二人部屋に一人で二人分の料金を払って泊まる『包房(パオファン)』なら良い、と譲歩してきた。
一人分なら一泊二十六元五角のところ包房なので五十三元になると言うが、大連で泊まった三百五十元の宿代の七分の一ぐらいなので、快諾する。早速支配人らしき太った中年男性が現れ、荷物はないか、と問うてきたが、今背負っているデイパック一つが荷物のすべてなのでそう伝えると、驚いたような呆気に取られたような口の開け方をする。
エレベーターで四階に案内された。薄暗い廊下はコンクリートで、奥にある共同トイレからの異臭が漂う。日本の戦後間もない頃の会社の事務室を思わせる重厚なドアを中年男が開ける。
室内も何か廊下と変わらない感じの同じ色のコンクリートの床に簡易ベッドが二つ置かれている。窓は閉まっているが、すきま風が入ってきているようで、寒い。広さが寒さを増幅させている。風呂はない。
別料金を払えば洗面器一杯のお湯をくれるそうだ。お茶を飲むためのお湯(カイシュイ)は、大きなポット一杯分を常備してある。
中国のどの宿でもそのようで、人々は皆、果物の瓶詰を空けた広口の空き瓶を持ち歩き、お湯とお茶葉を入れ、水筒代わりに持ち歩いている。お湯の中に直接お茶っ葉を入れて飲むのが中国流で、お茶っ葉が唇に張り付いてくるが、ぺっぺっと吐きながら飲む。天津から大連への船中で教えてもらい、大連の果物屋で瓶詰めとお茶っ葉を買い、瓶の中の果物を食べ、空けていたので、早速お茶っ葉とお湯を入れることにする。
トイレへ行って、出ると、寒々としたコンクリートの廊下で、客室係と思われる若い女性がさっき僕を部屋に案内した太った男性から何か言われていて、緊張した表情で神妙に聴いている。大仰な口調での「日本人(リーベンレン)」という言葉が聴こえる。
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