第18話 撫順観光へ

 部屋に入り、重厚なドアを閉め、ソファに座ってみるが、寒いのでくつろぐ感じにはならない。革ジャンを着込んだままテレビをつけ、入れたばかりのお茶をお茶っ葉を吐き吐き飲んでいると、ノックの音がする。

 ドアを開けて応対すると、先ほど廊下に居て太った男性の話を神妙に聴いていた女性が立っていた。緊張した表情で中国語で話し掛けてくるが、分からないので、メモ帳を出し、筆談をもちかける。立ったままでも何なので、ソファへ座るようにすすめる。何でも聞いて下さい、ゆっくり過ごして下さい、ということを言いたかったようだ。伝わると、笑顔になった。

 普通はそれで終わるはずだが、彼女はソファに座り続け、徐々に好奇心丸出しの表情に変わっていき、色々とたずねてくる。一人で旅行しているのか、とか、大学生か、などと聞いてくる。

 大学生ではないと答え、筆談が進むと、徐々に身体をぴたりと寄せてくる。何が入っているのか、と僕の小さなデイパックの中身を見たがる。日本語の中国のガイドブックを見せると興奮し、瀋陽のページに何が書かれているのか、と見たがり、見せると、日本語の本だが、漢字の部分を声を出して読み上げる。

 仕事しなくて良いのかと思うが、楽しくなってきたので彼女のするままに任せていた。

 瀋陽の観光地の話題になり、おすすめの場所を聞いてみると、メモ帳に万人抗、と書き、有名だから行くべきだ、と力説する。

 関東軍と呼ばれていた満州駐留の日本軍が中国人を虐殺して遺体を遺棄した場所だが、僕を日本人だと分かっているのに無邪気にすすめてくる。私は三日おきの当番なので、三日後このフロアに来ます、と自分の予定を教えてくれた。

 万人抗のある撫順へは瀋陽からバス一本で日帰りできる。翌日、早速行ってみることにした。

 朝、旅社を出る時、ロビーで昨夜睨み付けていた女性が満面の笑顔で何かをまくしたてながら駆け寄ってくる。

 眠れたか、大丈夫か、と言いたかったようだが、昨夜との態度の急変ぶりに驚きながら、笑顔でうなずく。

 旅社のすぐ近くにある食堂へ行き、注文の時にメモ帳を出して書いて示すと初めて中国人ではないことが分かり、どこから来たのかと問われ、日本人だ、と答えると店員が一人一人、厨房の奥に居る人までも出てきて、なぜか一人ずつ挨拶に来る。撫順へはどう行けば良いのかも、しつこいほど詳しく教えてくれた。

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