第9話 ねちっこい空気

 就職試験の結果は学校の事務局に一週間後、封書で届き、呼び出されて受け取りに行き、その場で開封したが、当然のように不採用だった。

 もともと一人しか採用されない求人に十数人が応募して来ていたのでだめもとなのだが、いざ不採用という現実を突きつけられてみると、役立たずの烙印を押されたようで、また面接で張り切って喋った言葉が空回りした記憶がよみがえり、気持ちが落ち込んだ。他の就職志望者のほとんど全員が採用通知をもらっていたのも、気持ちを暗くした。

 十月末になって、もう一社、四条河原町から四条通りを寺町まで行き、寺町通りから細い筋を入った所にある文房具店の面接へ行った。

 同時に受ける志望者はいないようで、一人で店舗奥の畳の部屋へ通され、社長と一対一でじっくりと話をする形式の面接だった。

 社長は終始笑顔でよく話す人で、面接というよりは、創業者でもある社長の経験談を聴くような形になった。

 時々、履歴書を見ながら、質問をしてくる。山科の会社でと同じように、剣道のことを聞かれる。山科でと同じように答える。答えることに飽きがきている。

 欠席についてやはり触れられ、山科でと同じようにかわした。身体は健康であることだけははっきり伝えた。夢や希望については聞かれなかった。もうひとりぐらしとは言わないでおこうとは思っていた。

 ほとんどの時間、社長にとって仕事とは何か、勉強とは何か、などとの語りや創業時の苦労話などを聴いていた。年長の人の話を聴くのは嫌いではないが、この社長の話は、自分がいかに頑張ってきたか、頑張れば上手く行く、人間は頑張るべきだ、というような考え方で占められていて、話を聴いていると自分が小さな鋳型にはめられてしまいそうな息苦しさがあった。質問は少なめだったが、人物をじっくりと見られているような気はした。

 面接終了後、ねちっこい雰囲気が充満した面接の後味を噛みしめながら、寺町にある会社から四条河原町付近を人ごみに嫌悪感を持って歩いた。欠席については、学校からの斡旋で行く限り、どこを受けても聞かれるだろう。学校に自分の行く手を阻まれている感じもする。いや、自業自得か、とも思う。

 四条河原町の、京都特有のねちっこい人ごみが嫌だ。いやらしくむさ苦しい暑さの夏は去ったが、秋でもどこか京都の中心部にはねちっこい空気が漂い、纏わりついてくる感じがする。就職のために自分を偽るのにも、ほとほと嫌気が差した。今回も落ちるだろうが、これ以上就職を受けるのはやめよう、と思った。じゃあどうしよう。

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