第13話 長男幻想
東京からの去り際なので「どこへ行きたい?」とのユミさんからの問いに、少し考え「やっぱり東京タワーかなあ」と答えていた。二人で電車を乗り継いで、来ていた。
一瞬でも夜の濃く赤い東京タワーを目に焼き付けられ、満足して浜松町駅から地下鉄を乗り継ぎ、巣鴨で降りて、アパートに近いとげぬき地蔵商店街へと歩をすすめる。春の風が柔らかく、しかし強く、吹き付ける。春雨が降ってくる。濡れて歩く。
東京へ初めて来た頃からよく食べに来ていた安食堂へ入り、食事をする。
僕は焼きサバ定食、ユミさんは玉子焼き定食を食べながら「いつ帰ってくるの」と聞いてくる。
「それは分からへん。帰ってきいひんかも知れんよ」
冗談半分、半分本気だった。
「でも、長男だよね」
僕より三つ年上のユミさんが笑顔で、やんわりと言う。
東京へ来てからも、何で長男なのに一人で東京へ出て来たのか、としょっちゅう聞かれていたので、またか、この人もか、と思い、少し面白くなくなる。
「そうゆうのは、もう意味がなくなってるんやで」
思っていることをストレートに言い放つ時には、語尾のアクセントが完全に関西弁になってしまう。少し興奮気味に言ってしまったが、やで、という語尾が東京生まれ東京育ちのユミさんにとっては可笑しかったようで、笑いながら「何?どういうこと?」と聞いてくる。興奮が少しおさまる。必死で説明してもしょうがない。
長男だ長男だと言う人がどこへ行っても多いのには閉口するが、それだけ京都でも東京でも変わらず日本の社会というか世の中には、長男はこうするべきだという長男幻想とでも呼ぶべきものが、空気のようにあり続けているのだろう。
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