第二章 マナのポーション
第12話 10時間待ってもらって良いですか?
フリッターバーガーを黙々と食べていると、日本のファーストフード店が懐かしくなった。
ここにフライドポテトと冷たいコーラがあれば、気分は最高だろうに……
だが、無駄遣いは出来ない。今日の失敗で約6,000レナスが吹き飛んだのだ。贅沢が出来るような余裕はない。
「あの、マナのポーションを買いたいんです……」
ぼんやり考え事をしていたマツモトの耳に、『ポーション』の単語が飛び込んできた。
振り返ると、昨日ぶつかった少女が立っている。ミシュアは困った顔で、
「ごめんねぇ、最近仕入れが悪くって。当分、入荷はなさそうなんだ」
「そんな……」
少女はがっくりと肩を落とした。
どうフォローしたものか……と悩むミシュア。ふと、こちらを見るマツモトと視線が合う。
「……あ。お兄さんお兄さん、ちょいと」
「うん?」
くいくい、と手招きされ、マツモトは素直に従う。
フリッターバーガーを口に詰め終えて、皿をカウンターに返却すると、横で少女が小さく叫んだ。
「昨日の……」
「ああ、どうも……」
反射的に会釈をする。
何故ミシュアはこの人を呼んだのだろう……少女はそんな顔で、ミシュアとマツモトを交互に見比べている。
ミシュアは咳払いをひとつして、「マナのポーションって知ってる?」とマツモトに尋ねた。
「……それは、薬効の話? それとも製法の話か?」
「にゃはは、いいね。話が早くて」
マツモトの問いには答えず、ミシュアはマナのポーションについて説明をしてくれた。
この世界には魔法が存在し、人々は誰もが魔法を使える素質を有している。魔力、あるいはマナと呼ばれるそれは、魔法を使用するために必要な『要素』だ。
まだまだマナについては謎が多いものの、魔法を使用することで体外に放出され、呼吸や食事により体内に取り込めることは分かっているらしい。
そのマナを豊富に含み、効率的に補給できるのが『マナのポーション』なのだという。
「で、お兄さんにはマナのポーションを作ってもらいたいの」
「それは、この子のためにか?」
マツモトが隣の少女を指さすと、ミシュアは黙って頷いた。
一体どんな理由が……と聞こうとするが、ミシュアは先に釘を刺す。
「個人的な事情については、私からじゃなくてその子から聞いて。今私が聞いてるのは、お兄さんがマナのポーションを作れるか、作ってもらえるかってこと」
「いや、いきなり言われてもだな……」
「つ……作れるんですか?」
傍らの少女が尋ねる。マツモトは否定しようとして、思わず口をつぐんだ。
──少女はぽろぽろと涙を零して、マツモトをじっと見つめていたのだ。
マツモトの服の裾を遠慮がちに掴むと、少女はかすれがちな声で懇願する。
「お願いします……! お金はあまり出せないですけど、お礼ならどんなことでもしますから! お願いします、お願いします……!」
悲痛な願いに、マツモトの心も思わず揺らいだ。どうにかしてあげたい、と本気で思った。
しかし、一方でビジネスに対し冷静なのもマツモトである。ポーションを作るとなれば、自分の生活もかかってくる。手放しで引き受けるわけにはいかない。
「……俺は、昨日からポーション作り始めた駆け出しだぞ」
それでも頼むのか、とミシュアに対して問いかける。
「知ってるよ。誰がお兄さんの適性検査したと思ってんの」ニヤリと笑うミシュア。
「お兄さんなら、初めて作るポーションでも……それが難しい製法でも、絶対作れるって信じるよ。お兄さんはどうなの?」
「……どうって?」
「無理に作れとは言わない。出来るか、出来ないかはお兄さんが決めて。それが仕事ってものでしょ」
ミシュアの言葉に、マツモトは息を呑んだ。
まさにミシュアの言う通りだ。作ったことがないから、素人だから。そんな言い訳をしたところで、失敗していい理由にはならない。
今まさにポーションを必要としている人がいて、信じてマツモトに託すのだ。ならば全力で期待に応えるのが、プロというものだろう。
企業勤めを続ける中で、いつの間にか忘れていたビジネスの鉄則。『責任感』の三文字を、マツモトは改めて胸に刻み込んだ。
「マナのポーションの仕入れが滞ってるって言ってたな。余った分は、ここで買い取ってもらえるか?」
「もちろん! 1本480レナスで買い取るよ」
「あ、あの……作っていただけるんですか?」
少女がおずおずと尋ねる。
マツモトはその場にしゃがみ込んで、ぎこちない笑顔を少女に向けた。
「ああ、おじさんに任せとけ」
「あっ……ありがとう、ございます……!」
涙を滲ませながら、にっこりと笑う。
引き受けて良かった。その笑顔が見られただけでも、そう思えた。
マツモトも微笑み返し、
「……今から作るから、10時間待ってもらうけど良いかな?」
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