第21話 素材収集して良いですか?

街から離れるにつれて、次第に道の砂利が粗い粒に変わっていく。

しばらくは鳥の囀る声が聞こえていたが、森が近づくにつれてそれも聞こえなくなった。


エトールの西にある広大な森は、奥深くになれば日の光も差し込まぬほどに、木々が鬱蒼と生い茂っている。

入り口付近に生えている木も、競い合うように枝葉を四方へ伸ばし、日差しは殆ど遮られる形となっていた。



ここが西の森か。なるほど、確かに街の子ども達が近づかないよう言われているだけはある。

薄暗い森の中ではどこから来たかさえ分かりにくくなり、知らぬ間に奥へと迷い込んでしまいそうだ。


しかし、今回のマツモトの目的は森の探索ではない。

薬屋の店主によれば、ブラッドベリーは森の入り口にも生えているはず。マツモトは周囲を注意深く観察した。

程なくして、茂みの中に黒く輝く小さな果実を見つけた。


「……あった! 多分、これだよな」


アトリエから持ってきた瓶容器を鞄から取り出し、ブラッドベリーを詰めていく。

少し強く摘まみすぎたのか、いくつかの実は皮が裂けて赤黒い果汁が飛び散った。確かに持ち運びが大変そうだ。



採集を終えたものの、ブラッドベリーは瓶の底に少ししか集まっていない。これでは精製できるか怪しい。

しかし、ブラッドベリーの果実は他に見当たらなかった。よくよく見てみると、同じような茎を持つ植物はあるのだが、果実が付いていない。

誰かが既に取ったか、あるいは動物に食べられたのか。マツモトは舌打ちして、他にベリーがないか更に観察を続けた。



────そして、マツモトはブラッドベリーを見つけた。

しかしそれは森の外ではなく、少し入ったところ。光が届いていない場所に、目を見張るほどの数が群生しているではないか。


「あんなところに……」


マツモトは顔をほころばせ、ブラッドベリーの方へと歩き出す。

不意に、足元の感触が変わった。砂利道は途切れ、腐葉土のふかふかした地面に変わったのだ。それと同時に、シュカの必死な顔が脳裏をよぎる。


森の中は危険だ────マツモトは足を止めた。

遠くで、微かにだが鳥の鳴き声がする。ここで引き返す? それでは来た意味がない。あのブラッドベリーを取らずには帰れない。

辺りを見回すが、モンスターどころか動物の気配さえしない。物音ひとつしない静寂だ。

何か近づいてきたとして……音で分かるはずだ。木々の間もそれなりに間隔があるし、注意を払えば……



マツモトは生唾を呑み込んで、再び足を進めた。

土を踏みしめるたび、湿り気のあるシュクシュクという音が僅かに聞こえる。息をするのも躊躇われるほどの静寂だった。


ブラッドベリーの群生地でしゃがみ込み、黙々と採集を開始する。

プチ、プチと実を摘む音。立ちのぼる金属のツンとした香りと、掌から滴り落ちる赤黒い汁。

早く終わらせないと……その一心で、ひたすらブラッドベリーを瓶に放り込んでいく。実が潰れようが、もはやそんなことに構っている余裕はなかった。


かなり長い時間に感じたが、実際は数分しか経っていなかっただろう。瓶は果実で一杯になった。

マツモトは深い安堵の溜息を吐き、額の汗を拭う。そして立ち上がろうとして……そこで、彼は硬直した。



森の入り口の方向。採集中も注意を払っていたつもりだったが、いつの間にか小さな人影が立っていた。

一体誰が? もしや、シュカが自分を探しにここまで来たのか……

目を凝らして観察する。それはゆらゆらと揺れているように見えた。

不意に風が吹きすさび、木々を揺らす。それに合わせるように日光が揺れ動き、一瞬だけ森の入り口の人影を顕わにした。


それは人ではなかった。尖った耳、大きく裂けた口。『小鬼』──この世界ではゴブリンと呼ばれるのだが、マツモトには知る由もない。

刹那、マツモトの額から汗が噴き出した。ばくばくと心臓が早鐘のように鳴り、思わず口を両手で押さえてしゃがみ込む。


────目が合った? 見られた? 俺は向こうの姿を見たが、向こうはこっちに気付いている……!?


呼吸の音も漏らすまいと、小さく何度も吸って、そして吐く。本当は僅かでも動きたくはないのだが、目線だけをゴブリンへと向けた。

相変わらずゆらゆらと揺れるだけで、近づいてくる気配はない。気付いているのなら、何かしらのアクションを起こしているはずだ。


大丈夫。大丈夫、まだ気づかれてはいない────

竦む足をなんとか動かして、マツモトはしゃがんだまま後ずさりした。

とにかく、この場を離れなければ。木々の間を縫って、森の外に出なければ……



──その時。マツモトは、背後からほんの微かに、息遣いのようなものが聞こえたような気がした。


ゆっくりと振り返る。そこには木々が立っているだけだ。

……いや、そうではなかった。木々の間から、金色に光る無数の眼。それは、明らかにマツモトへ向けられていた。

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