第20話 リスケジュールして良いですか?

「ま、待ってください、マツモトさん!」


西の森に行く。

そう言ったマツモトの行く手を阻むように、シュカは両手を広げて立ちはだかった。


「どうしたんだ? そんなに慌てて」

「危険すぎます、森に行くなんて! 森にはモンスターがいるんですよ!?」


モンスター。『アナザー』に来てから、何度か耳にした言葉だ。

まだ街の外に出たことがないマツモトは、当然モンスターを見たことがない。何か恐ろしいものが棲みついている……そんな漠然とした想像だけが、フワフワとマツモトの脳内に浮かんでいた。


「……と言われてもなあ。ブラッドベリーを手に入れるためには、森に行かなきゃいけないわけだし……」

「せめて護衛を雇うとかしてください! モンスターに遭遇したらどうするんですか!?」

「護衛か……」


しかし雇うとなれば、当然報酬の支払い義務が発生するだろう。危険を伴う業務でもあり、決して安くはないはずだ。

時給2,000レナスと考えても、半日で24,000レナス。それだけ払ったとして、何回分のブラッドベリーが回収できるのか。

すると、薬屋の店主が豪快に笑い声を響かせた。


「街の子どもは、みんな森に近づくなって教えられてるのさ。確かにモンスターはいるが、ブラッドベリーは森の入り口にも生えてる。森の中に踏み入らなきゃ平気だよ」


マツモトとシュカは顔を見合わせる。シュカは不満そうな顔をしているが、すぐに返す言葉は見つからなかったようだ。

「子どもじゃないです……」ともごもご呟いて、口を尖らせるのが精いっぱいだった。


「……ありがとうございます。今日は帰って、明日の朝に行ってみようと思います」マツモトは店主に頭を下げる。

「わ、私も行きますっ!!」

すぐ横で、シュカが真っ直ぐに手を伸ばしていた。小さな体をぴんと張って、懸命に主張するように。


「……シュカちゃん? わざわざ君まで行くことないだろ、森は危険なんだから」


今度はマツモトが引き止める側になってしまった。

実際、シュカにそこまでさせるつもりはない。興味があるようだったから、作業風景は好きなように見学させていただけだ。シュカに貸しを作っているとは一切思っていないし、事実、大したことはしていないのだから。

だが、シュカは引き下がろうとしない。


「何かあったら、私がマツモトさんを守ります!」

「はっはっは、こりゃあ大した嬢ちゃんじゃねえか! お前さんもさぞ頼もしかろう」

店主はたまらず大笑いしている。

一回り以上も歳の離れた少女に『守る』と宣言されているのだから、まあ笑われるのも致し方ない。


「……分かったよ、明日一緒に行こう。ただし、危なくなったらすぐに逃げてくれ。俺のことは構わずに」


マツモトが真剣な顔でそう告げると、シュカも負けじと真顔で言い返す。

「はいっ。マツモトさんも、私には構わず逃げてくださいね?」



その途端、店主はまた腹を抱えて笑い出した。



#異世界人『マツモト』

5日目~12日目・収支……

+277,000レナス (ポーション買い取り代金)

-12,840レナス (食費)

残金 451,470レナス


所持品……

疲労回復のポーション:250本

マナのポーション:400本

原料セット(疲労回復):21/30

原料セット(マナ):20/30

添加剤:11/30

薬学初級マニュアル




異世界『アナザー』での生活、13日目。この日、マツモトは初めて街の外に出た。

シュカとは西門の外で待ち合わせている。西門から一歩を踏み出した途端、朝の爽やかな空気が鼻を通って胸の中を満たした。

──空気が美味しいと感じたのは、これが初めてかもしれない。


「さて……」


シュカの姿は見えない。それもそのはず、待ち合わせの30分以上前なのだ。

別に、初デートで定番の「今来たところだよ」をやりたくて早く来たわけではない。マツモトはシュカを連れていく気などなかったのである。


危ないのが分かっていて、子どもを連れて行くわけにはいかないよな。

昨日はシュカが諦めてくれそうになかったので、同意するフリをしていただけだ。さっさとブラッドベリーを回収して、シュカがやってくる頃に戻ってくれば問題ない。

彼女は多分怒るだろうが、危険な場所に連れていくよりはずっと良い。


鞄の中には、採集したブラッドベリーを入れておくためにスペースを確保している。

空いたスペースには水筒ともしものための食料、更に念のため、精製したポーション粉末をいくつか入れている。


「……よし、行くか」


マツモトは西の森へ向けて歩き出した。

一度だけ振り返ったが、シュカは勿論、そこには人の影ひとつすら見えなかった。

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