第三章 解毒のポーション
第19話 新商品開発して良いですか?
「残念でしたね、買い取って貰えなくて……」
「ああ」
アトリエに戻るなり、シュカがガッカリした口調で呟く。
マツモトは適当に返事をしながら、すぐに机の上に置いてあったマニュアルを開いた。
原価率の低いポーションは、いくつか目星を付けて折り目を付けておいたはずだ。その中から次のポーションを……
「でも、落ち込んじゃ駄目ですよ! 買い取って貰えないわけじゃないんだし、また頑張ってポーション作り続ければ……あれっ」
くるりと振り返って、両手を胸前で握りしめてガッツポーズをするシュカ。しかし、既にマツモトは背を向けてマニュアルを読み漁っており、シュカの言葉も耳に入っていない様子だった。
この前に露店で見たポーションのうち、『若返り』だけはマニュアルに載っていなかった。恐らく中級か、あるいは上級でないと取り扱いが出来ないのだろう。
残りの2種、『解毒』と『パワフル』は初級マニュアルにも記載がある。解毒は売値650レナス、パワフルは900レナス。原価や手間にもよるが、狙い目は売値でマナのポーションを上回る『パワフルポーション』だ。
高値が付いているにもかかわらず、作業難易度はマナのポーションよりも低い3つ星に設定されている。精製目安時間も8時間と、これが真実ならマナのポーションを遥かに上回る時間効率を叩き出せることになる。
解毒のポーションもパワフルポーションには及ばないものの、疲労回復の2倍以上の売値で、目安時間も6時間とかなりの高効率を記録している。とりあえず、マツモトはこの2種類に目星を付けることにした。
「……マツモトさん、マツモトさんってば!」
シュカの叫びで、マツモトは我に返る。
見れば彼女は足元で、ズボンの裾をぎゅっと握りしめ、必死な顔でマツモトを見上げていた。
「ど、どうしたんだ?」
「どうしたじゃないですよっ! 何も反応がないから、そんなに落ち込んでるのかと思って……!」
「ごめんごめん。次に作るポーションを考えてただけだから。……さ、材料を買いに行こう」
ポンポンと、シュカの頭を撫でてやる。シュカはごしごし涙を拭うと、何度か小さく頷いた。
*
解毒のポーションにしろパワフルポーションにしろ、主原料となる結晶は追加で買わなければならない。
結晶の価格はどれも一律で45,000レナスであり、原価を左右するのはその他の原料の部分だ。
解毒のポーションの精製には、『アマーラルート』という植物が必要となる。
アマーラルートは植物の根であり、外見は黒色をしている。非常に苦みとえぐみがあり、食用には適さない。しかし強力な除菌と解毒の作用があり、粉砕したものを食材にほんの少量かけるだけで、長期保存が可能となるそうだ。主には鮮魚の輸送などに用いられている。
1本あたり15,000レナスで購入できる。精製に必要な量はごく少量であり、1本あれば当面は買い足す必要もないだろう。
一方パワフルポーションは、『ブラッドベリー』と呼ばれる果実が原料に用いられる。
黒く輝くビー玉のような果実で、大きさは小さく4ミリ程度。潰れやすく、中身は独特の金属臭がすることから名付けられた。
発汗作用があり、大量摂取すると筋力増強の効果があるとされる。その効果を高めたものがパワフルポーションだ。
アドレナリンの分泌を促進しているのかもしれないが、その原理までは深く追及されていないため不明である。
問題はその価格だが────
「ゼロぉ!?」
マツモトは素っ頓狂な声を上げる。
行きつけの薬屋の店主は、頬杖をついたまま気怠そうに応対した。
「ああ、ブラッドベリーなんかウチでは取り扱ってねえ」
「こんなに薬草も種類があるのに……」
「言ったろ、ブラッドベリーは潰れやすい。商品は見た目も大事なんだ、あんなもん置けねえよ」
ブラッドベリーを取り扱っている店はまず無いだろう、と店主は言う。遠く離れた地、魔女の住む地域では瓶詰にして売っていることもあるそうだが、少なくともエトールでは存在しないとのこと。
仕方なくアマーラルートを手に取ろうとしたとき、店主はぼそりと呟いた。
「ま、欲しけりゃ西の森にでも取りに行くんだな。わんさか生えてるだろうよ」
「……西の森?」
ここにきて、新たな選択肢がマツモトに降りてきた。『原料調達』という選択肢が。
原料を購入するのではなく自分で集めることが出来れば、当然だがその分の原価はかからないことになる。
売値で『マナ』を既に上回っている『パワフル』を、『マナ』より低い原価で精製できるとしたら……その利益率は驚異的となる。
「……行くか。西の森に」
「えっ……」
不穏な気配を感じ取り、シュカは不安そうにマツモトを見つめるのだった。
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