第18話 デマンドプランニングして良いですか?
「……あっ」
シュカはマツモトを振り返り、思わず息を呑んだ。
「……どうした?」
マツモトの問いかけは答えず、ただ黙って後方を指さす。マツモトもつられて振り返ってみた。
その瞬間、茜色の街並みが一斉に、急坂の中腹に立つマツモトの瞳に飛び込んだ。
石造りの建物も、通ってきた露店のテントの群れも、石畳の上を行き交うたくさんの人々も。
空も雲も海も、何もかもが夕陽を受けてオレンジ色の輝きを帯びている。
「……綺麗だな」マツモトは溜息混じりに呟いた。
「こんなに綺麗なのに……」
綺麗なのに? マツモトは続きを聞きたくて、視線をシュカの方へ戻す。
シュカは遠くを見つめたまま、どこか寂しそうに微笑んだ。
「街の人達も……マツモトさんも、気付かないまま走っていくんですね」
シュカも。マツモト自身も。
夕陽に染められて美しく輝いていることに、そこでようやく気が付いた。
二人の両脇を、次から次へと人影が通り過ぎていく。
もうじき日は沈み、この儚い輝きも一瞬で黒く染め上げられるだろう。
「……今日はありがとうな」
マツモトは指で目頭を押さえた。
今までもこれ以上に素晴らしい景色、名所を見る機会はあった。だが、これほどまでに心揺さぶられたのは初めてだ。
やはりシュカの言う通り、精製作業で疲れていたのかもしれない。
そうでなければ、これほどまでに────
「えへへ、気晴らしになったなら良かったです」
満面の笑みを浮かべるシュカ。
──これほどまでに、この光景を美しいとは思えなかっただろう。
*
それから、更に数日後。
シュカは毎日のように、マツモトのアトリエを訪れるようになっていた。
外出に誘うわけではなく、ただじっと精製作業を見つめているだけ。何が面白いのかは疑問だが、マツモトの側に拒む理由は特段ない。
この日は丁度、『嗤うヒツジ亭』が店を閉めてから7日。そろそろミシュアが戻ってきても良い頃だ。
マツモトは精製作業を午前中で切り上げ、今まで貯めておいたポーション粉末を買い取って貰おうと考えていた。
「ミシュアさん、これ見たらびっくりしますね!」
「ああ、そうだな。我ながらこの一週間は頑張ったし」
大きな袋2つをパンパンに膨らませて、二人は『嗤うヒツジ亭』へと向かう。
まだ帰ってきていない可能性も考えたが、店は既に開いており、ミシュアはいつもと変わらずカウンターの奥にいた。
マツモトとシュカの姿を認めるなり、朗らかな笑顔で出迎える。
「やあやあ、しばらくぶり。お兄さん……と、あの時の女の子じゃん。元気してた?」
「ミシュアさん、こんにちは!」シュカは深々と頭を下げる。
薄ら笑いをなんとかこらえつつ、マツモトは袋をドサドサとカウンターの上に置いた。
一瞬、ミシュアの表情が強張ったのが傍目にも分かった。
「買い取ってくれるか」
「えっ……これ、もしかして全部ポーション?」
「ああ」
「いや、どう考えても一週間で作れる量じゃないって……!?」
予想通りの反応。頑張った甲斐があったと、マツモトとシュカは目配せして笑い合う。
……しかし次のミシュアの言葉は、2人が予想していたものではなかった。
「……お兄さん。悪いんだけど、こりゃウチでは買い取れないわ」
「ど……どういうことだよ!? 買い取れないだって!?」
「正確に言うと、全部は買い取れないよ。これ全部は棚に収まらないし、すぐに支払いが出来ないからねぇ」
今度はマツモトが硬直する番だった。
考えてみれば当たり前の話だ。作れば作った分だけミシュアが買い取ってくれる……それはあまりにも現実離れした仮定だった。
バリエーションがあれば話は違っただろうが、まだ2種類のポーションしか精製できていない。
呆然自失のマツモトを気の毒に思ったのか、ミシュアは腕組みしながら付け足す。
「……とりあえず、これの半分は買い取ってあげる。残りの半分は、在庫が無くなったらまた買わせてもらおうかな。当分先になると思うけど……」
こうして、マツモトはなんとか半分を買い取って貰うことが出来た。
疲労回復のポーションが500本分と、マナのポーションが800本分。その半分なので、250本と400本が売れたことになる。
買い取り額は、それぞれ45,000レナスと192,000レナス。計237,000レナス、1ヶ月分のアトリエ利用料が回収出来た。
しかし、当然このままでは赤字だ。新規取引先を開拓するのも良いが、この街の中で開拓しても『嗤うヒツジ亭』と需要を取り合うだけになりかねない。それでは根本的な解決にはならないだろう。
やはり、新しいポーションの精製に着手するしかなさそうだ。マツモトは早速アトリエに戻り、次なるポーションを模索するのだった。
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