第17話 息抜きしても良いですか……?

「はい、お待たせ」


作業の合間に、マツモトはシュカにポーションの入った袋を手渡す。

シュカは首を傾げて、袋とマツモトを交互に見つめた。


「あの、マツモトさんこれは……」

「そろそろマナのポーションが無くなったんだろう? 『嗤うヒツジ亭』は店を閉めてるから、こっちに来たんだと……違った?」

「あっ、ありがとうございます……けど、そのために来たわけじゃなくてですねっ」


相変わらずあたふたと忙しないシュカに、まずは落ち着いて、と水を差し出す。

それを一口飲み込んでから、シュカは意を決したように表情を引き締めた。


「マツモトさん、一緒に……お出かけしませんか?」

「……お出かけ?」

マツモトの手が一瞬ぴたりと停止する。


何故、わざわざアトリエにまでやってきて外出を提案するのだろうか?

重要な話ならここですれば済むことだ。ということは、外でしかできないこと、例えば何かを見せたいとか?

それとも、何かを手伝わせようということだろうか? いや、あるいは……

ぐるぐると思考を巡らせるマツモト。


「マツモトさん、ずっとここで作業してるんですよね」

「まあ、そうだね。夜は家に帰ってるよ」

「そんなことしてたら倒れちゃいますよっ! たまには息抜きしないと……!」


マツモトは呆然とする。息抜きをするほど疲れている気はしない。

企業勤めだった頃もこのくらい働いていたし、今は作業の合間合間で休息を挟める。それに、この作業が楽しくて苦にならないのだ。

ともかく、シュカの真意はようやく分かった。せっかくの申し出でもあるし、必死な顔のシュカをここで追い返すのも忍びない。


「たまには息抜きしても良いかもな」

「本当ですか!?」

「ああ、この作業が終わったらね。夕方くらいになるけど良いかな」

「はい! ここで待ってますねっ」


1つ目のマナのポーション精製で作業を終えれば、16時からは自由時間だ。

仕事量を自由に変えられるのも良いものだな、とマツモトは思うのだった。




かくして、マツモトは『アナザー』に来て初めての観光をすることとなった。


連れ出したは良いものの、どこに行こうか悩むシュカだったが、正直マツモトはどこでも構わなかった。

何があるかも知らないし、どこを見ても新鮮なのだ。極端な話、道端に座り込むだけでもマツモトは満足しただろう。


「……お、ここにもポーション売ってるんだ」

不意に、店先に並んだポーション粉末入りの箱が目についた。

マツモトが精製済みの『疲労回復のポーション』は勿論、『パワフルポーション』『解毒のポーション』、更には『若返りのポーション』などというものまで売られている。『マナのポーション』は値札だけがかかっていて、品物は置いていなかった。


「若返りのポーションはお金持ちがよく買うんですけど、肌に張りが出るとか言われてて……ホントに若返るわけじゃないですよ」


シュカがひそひそと耳打ちする。だが、マツモトの興味は別のところにあった。

疲労回復のポーション、300レナス。マナのポーションは800レナス。『嗤うヒツジ亭』は卸売価格を小売の6割に設定しているらしい。

パワフルポーション900レナス、解毒のポーション650レナス、若返りのポーション1,400レナス。原価率の低いポーションを探せば、更に利益を上げることが出来るかもしれない。


「初級ライセンスで作れる範囲にもよるけど……帰ったらマニュアルで確認してみるか」

「もう、マツモトさん!」


ぐいぐいと腕を引っ張られた。見るとシュカは頬を膨らませて、思いっきりマツモトを睨みつけている。


「また仕事のこと考えてるんでしょ! ちゃんと休まなきゃ駄目ですよ!」

「ああ、ゴメンゴメン……」マツモトは頭を掻いた。



また別の店では、剣やハンマーのようなものが並んでいる。武器や防具を取り扱っている店だと、シュカが教えてくれた。

どれも数万レナス、高いものだと100万レナス近い物もある。当然強固な鎖で固定されており、屈強な男が数人、目を光らせていた。

自分には縁のないものだろう。マツモトは男たちの前を、そそくさと通り過ぎる。


「マツモトさん、こっちこっち!」


シュカに手招きされ、マツモトは人をかき分けつつ進む。

ようやく視界が開けると、そこには露店がずらりと並んでいた。


「これは……宝石か?」

「宝石ってほどではないですけど、装飾石って呼んでます。それぞれに精霊のマナが宿っていて、邪なるものから所有者を守ってくれるんですよ」

「へぇ、これがね……」

「加工してアクセサリーにしたものが、冒険者に人気なんです。防具はゴテゴテしたものになりがちですけど、アクセサリーはお洒落も兼ねられるし、ファッションとして取り入れられてるんですって」


シュカはしゃがみ込み、まじまじと石を見つめている。

視線の先には、透明な中に黄色が混ざった石があった。『1カット1200レナス』と書いた値札がかかっている。1カットがどの程度なのかすら分からないマツモトには、それが高いか安いかも判断できなかったが。


「……欲しいのか?」

「えっ!? い、いえ、そんなんじゃないですっ!」


慌てて立ち上がり、シュカはその場から離れる。

マツモトは首を傾げつつ、小走りにシュカの後を追うのだった。

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