第16話 業務効率化しても良いですか?

異世界『アナザー』での生活、5日目。

この日、マツモトは朝早くから『嗤うヒツジ亭』へ足を運んだ。


「おっ、朝早くからお疲れ様じゃーん」


支度をしていたミシュアが、朗らかな笑顔で出迎えてくれる。

マツモトはいつものカウンター席に腰かけると、ポーション粉末の入った袋を置いた。


「マナのポーションだ。買い取って貰えるか」

「えっ! ってことはお兄さん、あの子は……」

「ああ」


結局、日付が変わった頃にマナのポーションは完成した。

依頼主の少女──シュカはついさっき飛び起きて、寝てしまったことを平謝りしていた。

マツモトはそれを適当にあしらい、粉末を少し包んで少女に渡したのだ。

慌ててお金を取り出そうとするシュカに、付き合ってくれたお礼だ、と何も受け取らずに。



「そっかそっか、それなら良かったよ。私からもお礼を言わなくっちゃね」

「良いって。俺のせいで儲け損ねたんだし」


放っておけば、シュカはこの店でマナのポーションを買うはずだっただろう。だがマツモトがポーションを渡してしまったことで、ミシュアは僅かだが損害を被ったことになる。マツモトはそれを申し訳なく思ったのだが、当のミシュアはケラケラと笑い飛ばした。


「あの子、喜んだでしょ? それなら、それで良いのさ」

「……あんたも商売っ気のない人だなぁ」

「それよりお礼に、どう? 今晩だけぇ……付き合ってあげても良いけどぉ?」

「いやいいです……それよりあの、早く精算して頂けると助かるのですが!」


焦ってる焦ってる、とミシュアはクスクス笑う。

ポーションの検査が終わり、金貨が机の上に載せられた。



「マナのポーション70本分、しめて33,600レナス。私からのお礼も込めて、40,000レナスで買い取りするよん」

「いつも悪いな。また昼飯はここで食べさせてもらうよ」

「あー……それなんだけどお兄さん。しばらくの間、この店閉めようと思うんだよね」

「えっ!?」


マツモトは思わず立ち上がる。現状、『嗤うヒツジ亭』の買い取りがマツモトの唯一の収入源だ。

これを失ってしまえば死活問題になりかねない。マツモトが慌てるのも無理はないことだろう。

しかし、ミシュアはまた笑い声をあげた。


「やだなあ、一週間くらいだけだよ。ほら、最近仕入れの状況がかなり悪いでしょ。そのことでちょっとね……」

「……ちょっと?」

「山賊だかモンスターだか、悪さする奴が流通の妨げになってるらしいの。それの対策について話し合いがあって、城に行かなきゃいけないんだよ」


なるほど、とマツモトは適当に相槌を打つ。酒場のマスターであるミシュアが、わざわざ城に召集されるのは疑問だが、依然としてマツモトはそういったことに興味はない。ミシュアも奥歯に物が挟まったような物言いだし、無理に聞くこともないだろう。


「そういうわけだからさ。悪いんだけど、次の買い取りは一週間後になるからね」

「そうか、分かった。それまでにポーションを精製しておくよ」


貸付金の残りは、まだ20万レナス近くある。一週間程度であれば全く問題ない。

であればこれから一週間、アトリエをフル稼働して大量にポーション粉末を用意しておこう。一週間分のポーションを見せたら、ミシュアもさぞ驚くに違いない。マツモトは心の中でクスリと笑い、『嗤うヒツジ亭』を後にするのだった。




「マツモトさん! おはようございます、お邪魔しますね」

「……ああ、シュカちゃんか。誰かと思ってびっくりしたよ」

「えへへ、ごめんなさい」


マツモトがアトリエで作業をしていると、シュカが尋ねてきた。

作業の手は止めず、その辺の椅子に腰かけるよう促す。シュカは椅子を運んで、マツモトと向かい合うようにちょこんと座った。


「あれから、お母さん調子はどう?」

「あ、はい! お陰様で、外にお出かけできるようになったんです! 毎日2回、欠かさず飲んでます!」


それは良かった、とマツモトは微笑む。

マナのポーションが完成してから、もう数日が経った。あれからというもの、マツモトはアトリエに篭ってポーション精製を続けている。

宿舎に帰っても、風呂に入って寝るだけ。目を覚ましたらすぐにアトリエへ向かい、作業をしながらエピタンとシガルクを食す日々。

お世辞にも健康的とは言えないが、不思議とマツモトは安心感を覚えていた。


──ああそうか。仕事をしていた時と同じ生活なんだ。なるほどね。



「ちょっと待っててくれるかな。今、手が離せなくてね」

「はい! ……なんだか、凄く忙しそう……」


この数日で、マツモトの作業効率は極限まで高められていた。

相転移用の装置が1組しかないこと、鍋で加熱する作業中は手が離せないため、他の作業と輻輳しないようにすること。(特にマナのポーションの第1溶剤の浸しすぎは厳禁)これらにさえ気を付ければ、同時並行で作業を進めることが可能なのだ。


すなわち、現在のマツモトの作業スケジュールは以下の通り。


6時 作業開始

6時 マナのポーション・相転移作業1(約1時間)

7時 マナのポーション・溶剤作業1(3時間)

8時 マナのポーション(2回目)・相転移作業1

9時 マナのポーション(2回目)・溶剤作業1

10時 マナのポーション・相転移作業2(約3時間)

13時 マナのポーション・溶剤作業2(1時間)

   マナのポーション(2回目)・相転移作業2

14時 マナのポーション・加熱作業(2時間)

16時 マナのポーション(2回目)・溶剤作業2

17時 マナのポーション(2回目)・加熱作業

   疲労回復のポーション・相転移作業(約2時間)

19時 疲労回復のポーション・溶剤作業(1時間)

20時 疲労回復のポーション・加熱作業(2時間)

22時 作業終了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る