第10話 買い取ってもらって良いですか?

「これ、買い取って貰える?」


『嗤うヒツジ亭』に入るなり、マツモトはポーション粉末の入った袋をカウンターに載せた。

ミシュアは目を丸くして、袋の中を覗き込んでいる。



Q7:初のポーション精製。マツモトの利益率は何%?



「買い取りって……お兄さん、まさかポーション精製したの?」

「マニュアル通りにやってみた。どうかな?」

「んー……ちょっと待ってねぇ」


店の奥から何やら器具を取り出して、粉末をその上に広げる。

その後、粉末を一匙すくって水に溶かし、試薬を垂らした。どうやら検査をしているらしい。



「……うん、文句なし。にしてもお兄さん、まさか1日でやっちゃうとはねぇ。大変だったでしょ?」


マツモトは首を傾げる。まあアクシデントはあったものの、初めての作業ならこのくらいは当然だ。

特に大変だとは思わなかったが、何か見落とした工程でもあったのだろうか。

そんなことを考えていると、ミシュアはマツモトの前にどさりと金貨を置いた。


「ポーション80本分ってところかな。1本あたり180レナスで取引。今回は初めての精製だし、お祝いも込めて15,000レナスでどう?」


マツモトは素早く脳内で計算をする。

結晶と添加剤の値段から今回の原価を割り出すと、3,000レナスかかっている計算になる。

そこにアトリエの利用料9,800レナスで、計12,800レナス。

15,000レナスで売れて、儲けはたったの2,200レナス。食費は賄えるが、これでは貸付金と共済金の返済に充てられない。



Q7:初のポーション精製。マツモトの利益率は何%?

A7:2,200÷15,000≒14.7%



「……不満そうな顔してるね。言いたいことは分かるよ? 苦労して作ったポーションがこれっぽちじゃ……」

「ん、ああ。値段は別に良いよ、それで買い取ってもらえるなら」

「……そう? ウチとしちゃありがたいけど……普通、値段交渉とかするもんじゃないの?」



マツモトには卸値の相場など分からない。黒字が出ていれば十分だろう。

今後も買い取りをお願いするわけだし、ここで揉めて心証を悪くするよりは素直に従う方が結果的に有利だ。

争いを避けたがる『典型的日本人思考』のマツモトは、そう考えてすぐに立ち上がった。


「え、お兄さんどこ行くの?」

「作業の続きをしないといけないんだ。お金ありがとう」


テーブルの上の金貨を回収して、マツモトは足早に酒場を出る。

だが、入り口で走ってきた何者かと強くぶつかってしまった。


「いたっ……」

「あ、すみません」


とりあえず謝る日本人マツモト。持っていた金貨が散らばってしまい、慌てて掻き集める。

ぶつかった相手は、可愛らしい女の子だった。見た目は普通の人間だが、尻尾が生えているので純粋な人間というわけではないのだろう。

少女は申し訳なさそうにしながらも、金貨を拾わずマツモトに頭を下げた。


「ごめんなさい、急いでいるので……」

「いや、お気になさらず」


マツモトの言葉を聞いてすぐ、少女は『嗤うヒツジ亭』に駆け込んでいく。

金貨を拾い集めていると、中でミシュアと会話しているのが聞こえた。


「マナのポーションを買いたいんです」

「ごめんねぇ、今日も仕入れてないんだよ」



マナのポーション、か。確か、マニュアルにそんな名前が書いてあったような気がする。

しかし、ここで時間を無駄にするわけにはいかない。


原価の殆どはアトリエの利用料だ。そして、契約が終了するまでまだ時間はある。

あと1回くらいはポーションが精製できるのだから、精製してしまえば結果的に原価を抑えることが出来る。

マツモトは金貨を拾い終えて、すぐにアトリエへと向かった。



2回目の精製ともなると、作業もスムーズに進んだ。

やはり品質が悪いのか、結晶から抽出できる成分が少ないように思える。本来なら100回分の粉末を精製できる量なのだが、初回と同じくらいの量しか作れなかった。

流石に3回目の作業は無理だろう。途中で時間切れになってしまっても困るし、今日はここまでにしよう。

マツモトはアトリエの鍵を返却して、夕食をとって3日目を終えるのだった。



#異世界人『マツモト』

3日目・収支……

+15,000レナス (ポーション買い取り代金)

-45,000レナス (ポーション原料代)

-45,000レナス (添加剤代)

-9,800レナス (アトリエ利用料)

-1,340レナス (食費)

残金 455,460レナス

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