第11話 ちょっとミスしても良いですか?

異世界『アナザー』での生活、4日目。

この日マツモトは起床予定時刻よりも早く目を覚まし、布団の中でマニュアルを読み耽っていた。


まだまだ材料は余っているから、当面は疲労回復のポーションを精製していくことになる。

2回の精製でかなり手慣れてきたし、急ぎ何かをする必要はない。


マツモトはそれよりも、昨日耳にした『マナのポーション』が気になっていた。

それはマニュアルのかなり後ろに記述されており、精製難易度も疲労回復のポーションとは比べ物にならない。

初級マニュアル内の難度表記では、疲労回復のポーションは最低レベルの1つ星。対してマナのポーションは、上から2番目に高い4つ星になっている。

何しろ、精製目安時間が10時間なのだ。昨日の精製時間が4時間程度だったことを考えれば、それだけでも高難度だと推測できる。


「……しかし、マナのポーションってなんなんだ?」


マツモトは首を傾げる。マニュアル本には、そのポーションの効能などは一切書かれていない。

確かにポーションを使うためのマニュアルではなく、精製するためのマニュアルなのだから、使う場合の説明は不要だ。作った後どんな目的で利用されるかなどどうでも良い、と言わんばかりのスタイルに、マツモトは不思議と親近感を覚えた。


企業勤めの頃は、言われるままに資料を作成したな。中身は全く目を通してもないし、興味もなかったが……

日本での生活を懐かしみつつ、マツモトはエピタンとシガルク(※パンとコーヒー的なもの)で朝食を済ませるのだった。



「……お兄さん、またポーション持ってきたの!? こんな朝早くから!?」

「昨日帰ってから精製したやつだ。買い取って貰えると良いんだけど」

「んー……分かった、良いよ。買い取ったげる」


ミシュアは手早く粉末の検査をする。最初の時よりも簡易な検査であり、殆ど待つことなく終了した。

そして、どさりと金貨の入った袋が置かれた。


「昨日と同じ量だから、同じ金額で買い取るよん」

「……15,000レナス入ってるぞ。お祝いって話じゃなかったか?」

「いいのいいの、生活困ってるだろうし。お返しならご飯でも食べてってくれれば良いからさ。お酒呑んでくれると、もっと嬉しいかな~」

「分かった。朝はもう食べたから、昼食はここで食べるよ」


金貨を受け取り、マツモトは『嗤うヒツジ亭』を後にする。

その足で店に向かい、アトリエの利用契約を結んだ。今回は1日ではなく、最長の1ヶ月契約だ。

契約期間が長ければ長いほど、1日当たりの利用料が安くなるため原価が抑えられる。20万レナスもの出費はかなりの痛手だが、背に腹は代えられない。

早速借り受けたアトリエで、今日も今日とてポーション精製に勤しむのだった。



「しまったな……」


3回目のポーション精製。既に2回成功させているという自信が、不慮の事故を招く結果となってしまった。

添加剤を加えて水分を飛ばす段階で、うっかり目を放してしまい、鍋底を焦げ付かせてしまったのだ。

当然、こうなってしまえば精製できる粉末量も激減する。ポーション粉末はかき混ぜなければ底部に沈殿するので、焦げ付けば見た目以上の損失となる。


結局、3回目の精製で作れた粉末は、前2回と比較して約50本分。1本180レナスで取引と言っていたから、今回は9,000レナス。

アトリエの利用料は抑えられたが、1日あたり6,000レナス以上はかかっている。原料代が3,000レナスなので完全に赤字だ。


気を抜いたつもりではなかったのだが、一瞬の油断が大きな損失に繋がることを再認識した。やはり、一工程ごとにしっかりと気を引き締め、丁寧に作業をしなければならない。

すぐにでも4回目の精製に取り掛かりたいところだが、そろそろ昼食の時間だ。約束通り、今日は『嗤うヒツジ亭』で食べなければ。

マツモトは作業を中断し、外出の支度を整えた。



マツモトの予想通り、ポーション粉末は9,000レナスで取引された。

「ちょっと失敗したんじゃない?」とにやつくミシュアをあしらい、昼食にフリッターバーガーを注文する。


#備考

・フリッターバーガー

シーギャングと呼ばれる魔物を揚げ物にして、エピタンに挟んだ『嗤うヒツジ亭』の名物料理。練り込むのではなく挟むという発想は、とある日本人のアイデア。シーギャングは白身魚のような味わいで、脂肪が多く濃厚。650レナス。

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