第9話 相転移させて良いですか?
器具に固定した結晶を、魔力の籠った器具で覆う。
これらの器具はポーション精製に欠かせないものであり、アトリエに据え置かれている器具だ。当然、その利用料もアトリエの代金に含まれている。
最初から道具を揃えなくて良いという理由で、ポーションを精製する者は大半がアトリエを借りて作業しているのだという。
自分だけのアトリエを持つのも悪くは無いが、金がかかりすぎるし、そこから動けなくなるというデメリットもある。他の町や旅先でも気軽に作業が出来るという面で、賃貸アトリエは非常に画期的と言えよう。
「この状態で……1時間程度待つのか」
マニュアルによれば、この器具で結晶内の温度を一定に保つことで内部が相転移を起こし、成分を抽出しやすい状態になるという。
相転移が完全に完了するまでは、結晶の品質にもよるが1時間から2時間程度かかる。
問題は、相転移の完了をどうやって見極めるかだ。
相転移が完了すると、青みがかった結晶の内部がほのかに桜色を帯びる。しかし外気に触れた部分は色味が変わらないため、中の状態は割ってみないと確認できない。
香りが僅かに酸味のあるものに変わるとも書かれているが、最終的には『感覚で慣れるしかない』と結論付けられていた。
「そういうのが一番困るんだがな……」
きっかり数値で示してもらえない状態で、マツモトは感覚で作業するのが大の苦手だった。
それがプロの腕だという者もいるが、初心者に分かるように説明することこそプロだろう。マツモトはそう考えている。
これから1時間。書店で時間を費やしたとはいえ、まだ昼食には早すぎる。
かといって、外出してまでするようなことは見つからない。マツモトは考えた末、結晶の状態を細かく観察して記録していくことにした。
結晶は完全に透明ではないが、向こう側が透けて見える。ということは、内部の色味が変われば何かしらの変化があるはずだ。
写真でも撮れれば良いのだが、スマホは既に電池切れ。仕方なく、割った残りの結晶と比較して観察を行う。
10分ごとに、マツモトは色味と香りの変化を探った。40分経っても、50分経っても、一向に変化はない。
そして1時間が経過。依然、変化はない。香りが変わったような気もするが、それは単純に器具のものだった。
そのまま待つこと2時間。全く変化がない。
流石にマツモトも、何か間違えたのではないかと焦りを隠せない。
このまま待つべきか、中断するべきか。悩んだ末、マツモトは中断を選んだ。
慎重に結晶をカットする。カットした途端、僅かに鼻を突く香りが立ち上った。内側はところどころ桜色を帯びていて、全体の半分ほどが相転移しているように見受けられる。
「結晶の品質が悪かったのか? 色の変わってないところは、不純物が多いんだろうか……」
ぶつぶつ呟きながら、マツモトはカットした結晶をビーカーに移す。そしてマニュアル通りの分量で溶剤を作り、ビーカーに流し込んだ。
この状態で1時間待てば、相転移を起こした部分が溶剤に溶け出し、ポーションの素が作られる。
そこから不要物質を取り除けばポーションに、更に粉末化することでポーション粉末が得られるのだ。
工程としてはようやく半分。粉末化には2時間ほど要する。
時計を見ると、もう昼時に差し掛かっていた。マツモトは作業を中断し、昼食のために外出することにした。
*
昼食を済ませて戻ってくると、溶剤に浸した結晶は溶け出して穴あきになっている。
早速、マツモトは不要物質を取り除く作業にかかった。これは濾過器に流し入れて分離させるだけで済む。
最後に添加剤を加えて直火にかける。焦げ付かないように適宜かき混ぜつつ、水分が飛んで粘性が高くなるのを待つのだ。
ところどころアクシデントはあったものの、決して難しい作業ではない。
マニュアル通りにやれば、完全初心者のマツモトでもなんとか出来るレベルだ。
問題は、これでどれだけの利益が出せるか。果たして生活が出来るのかという点。
「……まあ、完成品を酒場に持って行ってからのお楽しみ、だな」
金属製の薄い皿に紙を敷き、粘り気の強くなってきたポーションを流し入れる。
あとは水分を取り除き、残った粉末を回収すれば完成だ。
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