第8話 劈開割りして良いですか?

異世界『アナザー』での生活、3日目。

マツモトはこの日、スマホのアラートが鳴るよりも早く目を覚ました。


スマホの充電はもうじき尽きる。充電ケーブルもコンセントも存在しないこの世界では、文明の利器も役には立たない。

メモ機能や照明機能も使いようによっては活躍しただろうが、こっちにあるもので何とかするしかないだろう。


アトリエを借りるためには、もう少し時間を待たなければいけない。

しかし、この時間も無駄には出来ない貴重な隙間時間だ。マツモトは布団を被ったまま手を伸ばし、枕元のマニュアル本を手に取った。



各種ポーションの原材料、作り方などが細かく載っている。

マニュアル本にもバリエーションがあったが、その中からマツモトがこの本を選んだのには理由がある。

勿論、説明が初心者向けであり間違った記述がないことは、3時間の立ち読みで他と比較済みだ。


このマニュアルには、精製するまでの目安時間が書かれている。

アトリエは借りている期間であれば24時間使用可能。精製時間の差が露骨に生産効率へかかってくる。

仮にAというポーションがあり、Bの1.5倍の利益が出せるとする。しかしAの精製に倍以上の時間がかかるなら、Bを作る方が結果的に効率が良い。

時間効率、精製難度など、多角的に検討して作るポーションを決めなければならない。


「……とはいえ、まずはこれだろうな」


マニュアル本の1項目、『疲労回復のポーション』。

初級マニュアルの中でも精製手順が簡易であり、また『嗤うヒツジ亭』が取り扱っていることも既に確認済み。

マツモトの薬学適性の試金石としてうってつけのお題だ。

共済からの貸付金のおかげで、現在手元には50万レナスある。しかしこれを失えば、もはや生活することすら困難になるだろう。


マツモトは朝食として、昨日同様買い置きしていたエピタン(※パン状の食べ物)を取り出す。

それから、日本人共済で購入した『シガルク』も使ってみることにした。

ある樹木の皮を乾燥させたもので、湯で煮出すとコーヒーのような味わいになるという。

飲んでみるとなるほど、苦みと濃さは及ばないものの、雰囲気は十分だった。

全く違う世界で、工夫を凝らして故郷の味を再現する。なかなかの贅沢だな、とマツモトは満足そうに笑った。




Q6:ポーション精製で、早速トラブルが発生。マツモトはどう対処した?



午前9時。開店と同時に、マツモトはアトリエの利用契約を行った。

慎重を期するため、契約はひとまず今日限り。9,800レナスを支払い、木板を受け取る。これが鍵として使えるのだ。

アトリエへ向かう途中で、添加剤と薬効成分原料も購入する。これは塊でしか販売しておらず、全部で実に9万レナスを要した。


「さて……」


作業机に、各種材料を並べる。50万レナスの軍資金の内、もう10万レナスを消費してしまった。

後戻りは出来ない……マツモトは意を決して、マニュアル通りに作業を始める。



まず、3本の脚の付いた器具に主原料となる結晶を固定する。

その下に受け皿を設置し、全体を魔力の籠った器具で覆う。こうすることで内部の温度が一定に保たれ、結晶が安定した相転移を起こすのだという。


最初の段階、器具に固定するところからマツモトは思わぬ苦戦を強いられた。

購入した塊は器具よりも圧倒的に大きく、固定どころか器具に収まりすらしない。

何か対処法はとマニュアルを読み直すも、それは触れられていなかった。立ち読みした記憶にも心当たりがないから、ポーション精製以前の問題なのかもしれない。


考えた末、マツモトは再び書店に向かう。勝手な真似をして結晶をダメにしてしまったら取り返しが付かない。時間がかかっても、確実な作業を行うことを優先するのがマツモトである。



Q6:ポーション精製で、早速トラブルが発生。マツモトはどう対処した?

A6:書店で対処法を探した。



『結晶が大きい場合は工具で適度な大きさに割りましょう』。

1時間の立ち読みの末、この常識的な結論に至り、マツモトはアトリエに戻ってきた。

『割る時は結晶の脈理を見極めて、筋方向に力を加えると綺麗に割れます』の情報を得られただけでも収穫だった。

何しろ、全てが初めての作業なのだ。トラブルは発生して当たり前。時間を無駄にした、などとは1ミリも思わなかった。


結晶を綺麗に割り、器具に固定する。ポーション精製は、まだ始まったばかりだ。

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