ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?

chocopoppo

第一章 疲労回復のポーション

第1話 職場に連絡してもらって良いですか?

20XX年10月XX日金曜日 14時23分、天気・薄曇り。

松本(35)は見知らぬ異世界にて目を覚ました。


Q1:彼は目覚めてすぐに何をしたか?



「………………」


なんだ、ここは。起き抜けのぼんやりした頭で、松本は考える。

確か自分はいつものようにオフィスで、パソコンに向かって単調なデータ入力作業をやっていたはずだ。


昼食後で眠たかったのは間違いない。大欠伸をして、隣に座る浦谷に呆れられたことも覚えている。

もしかしたらちょっと目を閉じたかもしれないし、一瞬、ほんの一瞬だけ気を失っていたかもしれない。

しかし、そんなに時間は経っていないはずだ。目を閉じる前にパソコンの時間表示を見た記憶がある。それが14時15分だから、まだ10分も経過していない。


「……よく分からんけど、とりあえず連絡しないと……」


無断で社外に出たことが後で知れたら、問題になりかねない。

彼はズボンのポケットからスマートフォンを取り出して、会社の連絡先に電話をかけた。



Q1:彼は目覚めてすぐに何をしたか?

A1:会社に連絡した。



「繋がらん……」


よく見ればスマホは圏外だった。周囲に障害物もなさそうだが、電波障害でも発生しているのだろうか。

ここにきて松本、ようやく周囲の異常に気が付く。


ヨーロッパ風の建築物。土埃と何かの焼ける香ばしい匂い、ほんの僅かに鼻をつく腐敗臭。

道行く人々には獣のような耳だったり、尻尾だったり、鱗だったり、見慣れないものが付いている。一瞬ギョッとするが、すぐに思い直す。

今の時代、他人の身体的特徴をとやかく言わない方が良い、と。



松本は道から外れた街路樹の陰で、座り込むようにして街並みを眺めている。

オフィスからどう移動してきたのか、ここがどこなのか、知りたいことは山ほどあった。


しかしまあ、誰に聞いたものか。何しろ外見が全く違うのだ。些細な食い違いで怒らせてしまうかもしれない。そもそも言葉は通じるのか。

そんなことを悶々と考えながら、なかなか一歩が踏み出せず、松本は腕時計と周囲を忙しなく見比べていた。時間だけが刻々と流れていく。


「あのー、もしかして日本人ですか?」


不意に声をかけられ、松本は顔を上げた。目の前に、(少なくとも外見上は)自分と同じ人間が立っている。

地獄に仏とはこのことか。飛び上がらんばかりの喜びを何とか押さえつつ、目の前の男に尋ねることにした。



Q2:松本が聞きたかったことは何か?



「ええ、私は日本人です。失礼ですが貴方は……」

「気にしないでください。私も同じようなものですから」

「同じような、と言うと……?」

「いつの間にか来てたんでしょう? こっちの世界に。結構居るらしいんですよ、意外と」


男は事もなげにそう言った。

全く持って理解不能、いや理解したくもないのだが、ここまでの状況から推察するとこうなる。

自分もこの男も、日本から『こっちの世界』とやらに移動した。原理は分からないが、『こっちの世界』にも日本人は少なからず居る。


「申し遅れました、私は松本と言います。貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」

「私はサイトウです。貴方みたいに『こっち』へ来た人に、色々と説明をする、まあボランティアみたいな活動をしてます。私の知っている範囲であれば、何でもお答えしますよ」

「あ、じゃあ元の場所に戻る方法を教えてもらえませんか?」


松本の質問に、サイトウはうんうんと頷いている。


「分かりますよ、その気持ち。日本でやり残したことがおありなんでしょう。皆さん、何割かは同じ質問をされます」

「ええ、職場に戻らないといけないので」

「職場……ですか。貴方は随分と、仕事がお好きだったんですね」

「いえ、別に好きじゃないですね。ただ無断欠勤になると困るので、せめて連絡でも取れると助かるんですが」



Q2:松本が聞きたかったことは何か?

A2:職場への連絡手段。



サイトウの顔色が少し変わった。松本の両肩に手を置いて、諭すような口調で語りかけてくる。


「良いですか、松本さん。私達は今、『こっちの世界』にいるんですよ。好きでもない仕事のことなんて、どうでもいいじゃないですか」

「そう言われても……」


改めて、松本は自分の経歴を振り返る。

35歳独身。交際経験、女性経験ともになし。そこそこの大学を出て、そこそこの企業に勤める。

職場はブラックでもホワイトでもなく、好きでもないが辞めたいというほどでもない。

収入は多くはないが、生活に困るほど少なくもない。堅実な性格なので結構貯金はある。


「松本さんは、第二の人生を歩むチャンスを手に入れたんですよ。これって幸せなことじゃないですか。それでも日本に戻りたいというのなら、私は止めませんが……」

「そうですか。ありがとうございます」

「最後にアドバイス。まずはあそこの建物に行くと良いですよ。『ライセンス協会』と言って、資格試験会場みたいなとこです」


そして、サイトウはその場から去っていった。

松本はサイトウの言葉を反芻する。第二の人生か。やりたいこと、出来なかったこと……

そう言われても、すぐには思いつかない。頭に浮かぶのは、作りかけのエクセルのグラフとか、より効率的なデータ整理の手順とかばかり。


いつの間にか、仕事が自分のキーパーツになっていたんだな。

幾ばくかの虚しさを覚えつつも、松本はライセンス協会へ足を向けた。

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